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星の烙印  作者: 加藤爽子
9/12

その異変は突然起きた

 予め出立の準備をするように伝えていた部下達は、指示通りに荷物を纏めて待っていた。

 ダグラス達が森へ入るとにわかに神殿が騒がしくなる。

 追ってくる者は打ち負かし、逃げる者は追わない。ただひたすらに王都を目指すのみだった。


 一方キャロルはというと、再び翼の力を借りて聖杯を神殿へと運んだ。十分に休養を摂ったので、聖杯に多少気力だか生命力だかを奪われたとしても支障はなかった。

 ダグラスの後を追った騎士達は四分の一ほど。まだ多くの騎士が残っていたが、亜空間を進むキャロルが広間に潜り込むのは容易かった。

 見張りの目を盗んで姿を現すと、神官の護衛だった同僚に声を掛ける。


「……っ!キャロル無事だったのか?」


 キャロルは、最も騎士達に被害を出した兵士だった。

 兵士と神官達が広間に集められる中、見せしめの為にみんなの前で殴られ、別の場所に連れて行かれた唯一の兵士でもある。元来争いとはあまり縁のないこの村で反抗の意志を折るには十分な効果があった。


 キャロルが兵士の使う手振り(サイン)で静かに、と送ると相手もコクリと頷いた。

 サインは進め、停止、退けなどの簡単な指示しか無いので結局は口で伝えるしか無い。キャロルは要件だけを端的に口にした。


「神殿長と話したい」

 

 同僚は再度コクリと頷くと、キャロルの名にこちらを伺っていた他の兵士達に声を潜めて見張りの気を引いてほしい、と告げた。

 反抗をする訳では無い。ただ「体調不良の者達だけでも村に移して貰えないか」とか「せめて水の量を少しだけでも増やしてくれないか」とか、そんなささやかな要望を何人かで見張りに頼み込む。

 実際、長く一所に閉じ込められ多くの人達が疲労していた。切実なお願いであった事も確かだ。

 最初の何人かが呼び水となって、病人や体力のない老人達を解放してあげてほしいという嘆願となった。

 神殿長や高位の神官達はとりわけ見張りが多く付いていたが、あちこちで上がる嘆願に騎士達は対応に追われ、例外は一人もいなくなった。

 騎士達にしても王都から離れてから結構な日数が経っている。制圧したのに凱旋しないのは何故なのかと思う者も増えていた。

 そこに「ひと目でもいいから家族の顔が見たい」と懇願されてしまえば、郷愁の念が強くなる。

 思っていた以上に騎士達も不慣れな地で疲労していたのだ。


「黙れ!」


 いつもならその一括ですぐに項垂れていた兵士達も、今日はめげずに懇願を続ける。

 そんな中、神殿長が口を開いた。


「ウト様が(まじな)いを解いて下さった……」


 もう森に排除されないのだから、いつでも訪れるといい。必要であれば自分の生命は差し出すから、村人達は助けてあげてほしい。

 そう語る神殿長の側から、フードを目深に被った人物がその場からそっと消え去ったのに気付く騎士は居なかった。


 結局、キャロルは礼拝堂には行かなかった。

 村長でもある神殿長に、これからの生活に聖杯は無くていい、と言われたから。

 神殿長は、そもそも閉鎖的だったから邪教だという疑念が生まれた、という考えに至ったらしい。

 聖杯をこの村から外へ持っていけるのは、今のところキャロルとクトルだけ。

 それならば、とキャロルはダグラスに合流する事にした。


 キャロルが見付けた時、ダグラスは一人だった。

 司令官の放った追手を五人倒したが、こちらも二人が帰らぬ人となった。そこで、バラバラに逃げる事にした。

 部下にはダミーの箱を開けて見せて、聖杯は持ち出せる物では無かったと説明し、司令官の野心と世界眼の部族の無実を、生き残った誰かが王に訴えるように指示した。

 ダグラスは最期まで囮になるつもりだった。

 そこにキャロルとクトルが駆け付けた。

 抱え込んでいたダミーの箱を落としてしまって拾い上げようとしたところで、追手に追いつかれた。

 地面に手を伸ばした状態で取り囲まれた次の瞬間、見覚えのある色彩豊かな亜空間の中に居た。


 持ちにくそうに聖杯を抱えたままキャロルがダグラスの腕を掴んでいた。

 ぼやけた視界の中に、突然消えたダニエルを探す騎士達の姿が見えた。

 それぞれの組織から独りぼっちになったダグラスとキャロルにはもうお互いしか居なかった。

 鎧を捨て町民の服を手に入れ夫婦を装い町から町へとアテのない旅路になった。



     ***



 その異変は突然起きた――――――。


 上手く表現出来ないが敢えて言葉にするなら、空がジワッと溶け始めたのだ。

 初めは目の錯覚だと思った。しかし日を追うごとにドロリドロリと空が溶け落ちる。溶けた向こう側は何も無い空間だった。


 人々は恐怖に震え、動物達は逃げ惑った。

 しかし、あちらもこちらもトロトロと溶け続けているのだから逃げ場が見付からない。

 クトルも何度も本能的に異世界へ渡りたくなって、その度にニャーニャーと必死にキャロルも行こうとアピールした。

 奇しくもキャロルは世界を渡る翼を手に入れたから、この世界の中でキャロルとクトルだけは逃げ出す(すべ)があった。

 しかし、クトルの片翼では自身を連れて行くだけで精一杯だし、キャロルにしても同じだ。

 もしかしたら、亜空間を渡った時の様に一人二人なら連れて行けるかも知れない。

 でも、それだけだ。この世界の住人達全てを救う力は、無かった。


以下、裏話という名の雑談です。


クトルの鳴き声が思い付きませんでした。

見た目は猫のような生き物であって猫では無いから、なにか個性的な鳴き声を付けたかったです。

でも、白茅の世界(現代日本)では、どんな鳴き声でも猫として構われそうですけどね。

星の痣があるし個体を識別しやすいから、色んな名前で呼ばれてそう。

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