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星の烙印  作者: 加藤爽子
7/12

彩り揺らぐ亜空間を歩く

 抱いていたクトルを寝床に降ろして、自分もその隣に座ると翼を消した。

 途端に彼女の気力も切れてしまったようで、濡らしたタオルで体を拭くのもかなり辛そうだった。

 結局、ダグラスに丸投げしてされるがままに介護されている。

 ダグラスにとってはたまったものではない。

 ようやく全身を拭けたかと思えば次はタオル越しではなく指に傷薬を付けて直接触れなければならない。

 しなやかで均整の取れた身体を意識しない様に無心を唱えながら手当てしながらも、赤面するのは抑えられなかった。


「ありがとう」


 一連の手当てが終わると、小さく笑って感謝したキャロルが立ち上がる。

 やはり立ち姿は凛としており痛みなど感じさせなかった。

 服の着替えは見つけられなかったから、慌ててダグラスがフード付ローブを彼女の両肩に掛けて前面にある紐を結ぶ。

 それを待っていたかの様に再び彼女の左肩に翼がバサリと姿を現した。

 ダグラスがエスコートする様にそっと彼女の手を取ると、クトルも再び彼女の腕の中に収まった。


 刻々と色が変化していく揺らいだ光の世界と、元居た世界が二重写しになった中を歩いていく。

 石牢の入口も森の木々も神殿の壁さえも何の妨げにもならなかった。

 壁も擦り抜けるのだから、気を抜けば地面さえも擦り抜けてどこまでも沈んでいきそうだ。

 その空間にダグラスを繋ぎ止めるのはキャロルの白くて細い手だけだった。

 キャロルにしても、両手から感じるクトルとダグラスの存在が、衰弱した自分を保つ為の楔となっている。


 キャロルの目的地は大きなステンドグラスがある礼拝堂だ。

 見張りが立ってはいたが、見付かりはしなかった。

 一人だけ気配に(さと)い者もいたが、こちらをジッと見ては気の所為なのかと首を傾げている。


 こんな不安定な世界なのに、二重写しの両方の世界にある聖杯だけは寸分違わずピッタリと重なってその存在を示していた。

 聖杯の大きく拡がった口は、虹のような七色の光の柱を飲み込んでいる。


「君は聖杯に(さわ)れるのか?」

「今なら」


 ダグラスがキャロルを探していたのは、森の結界を解く方法を問うことだったが、それが司令官の言う通り祭壇から降ろさなければならないなら、ダグラスにはお手上げだった。

 キャロルが言うにはクトルが翼をくれた今なら彼女は聖杯に()れることが出来るらしい。

 翼を譲ったクトルからしてみれば、こんな使い方なんて知らなかったから、結局、キャロル自身の力なのだと思う。


「その聖杯を王にくれないか?」

「それで王は村を解放してくれるの?」

「…………聖杯は、一つだけどんな願いも叶えてくれるらしい」


 それが叶えば王はウト神殿やこの村に興味を失うとは思うが、解放してくれるかどうかはダグラスには分からなかった。

 司令官が言った事が本当ならば、聖杯を祭壇から動かせば迷いの森の結界が失くなってしまう。

 王自身がキャロルに約束してくれたとしても、あれだけ大々的に始まった邪教討伐の遠征が成果を得られないまま終わるなどとは思えなかった。

 ダグラスは迷った末にキャロルの質問には答えられず、世界眼の部族民であれば知っているはずの迷信のみを伝える。

 キャロルは相槌を一つ打つと、ダグラスから聖杯へと視線を移した。

 それから右腕に抱いていたクトルを床に降ろした。


「手を離しても大丈夫なのか?」

「クトルは元々異世界を渡っていたから、もうやり方を覚えたはずよ」


 そうなのか、と問うダグラスの視線にクトルは誇らしげに一声鳴いた。

 見張りは一人だけ不思議そうな顔をして辺りを見回したが、それ以外の反応は特に無かったからキャロルの言う通りクトルも上手く力を使えているのだろう。


「もしも本当に願いが叶うなら、誰も傷付かない平和な世界が欲しい……」


 キャロルは空いた手で聖杯をスゥーっと一撫でした。

 七色の光が映り込んだキャロルの瞳は真剣に聖杯を見つめているが、何かが変わった様子は無かった。

 クトルならすっぽり中に入れそうな大きな聖杯をキャロルは右手だけで抱えあげる。


 キャロルは、騎士達を村から追い出せないならば自分達が出ていけばいいのだ、と考えていた。

 まずは聖杯を持っていき新たなる迷いの結界の場を作り、村人達をどうにか説得して新天地に逃がす。

 おそらく犠牲者は出るだろうが、この遠征の目的が邪教の殲滅なのだから、今は監視で済んでいてもいずれ大虐殺が始まると予想した。

 キャロルが、聖杯の話を司令官に漏らしたのは、時間を稼ぐ為だった。

 司令官が真偽を見定める為には、神殿長や神官を生かしておく必要があると考えるはず。

 野心を刺激された司令官は、わざと王都には神殿を制圧したことを報せずにいたのだから、キャロルの目論見は正しかったのだろう。

 結果として、聖杯を巡り王と司令官の対立に遠征している大半の騎士が真相を知らないまま巻き込まれていた。

 いずれ起きるであろう大虐殺の予想については、ダグラスも否定は出来なかった。

 司令官が制圧報告を遅らせているということは、邪教徒が激しく抵抗したからだというシナリオが出来上がってしまう。

 特に神殿長や神官達は、王都でこの遠征の正当性を主張する為に首謀者として公開処刑される可能性が高い。

 そもそも王が聖杯を求めているとはダグラスを含む一部の騎士達しか知らない事だから、聖杯を差し出したとしても決着にはならないだろう。

 国として体裁を繕うためにも、少なくとも首謀者の処分は絶対だ。

 

 キャロルが祭壇を離れると聖杯に注がれていた虹の柱が消えた。

 大きな聖杯をキャロルが持ちにくそうにしているので、ダグラスが代わりに持とうとしたけれどそれは叶わなかった。未知なるものへの畏敬をなんとか抑え込み、伸ばした指先は聖杯を擦り抜けてしまったのだ。

 ダグラスは何も出来ない自分に情けない表情を浮かべ、キャロルにはクスクスと笑われてしまう。

 キャロルは繋いでいる手を自分の肩の上へと誘導すると、空いた両手で聖杯をしっかりと持って歩き始めた。

 自分で翼を持たないダグラスはキャロルの左肩の手が離れないよう歩調を合わせて付いて行くしか出来なかった。

以下、裏話。


気配に敏い見張りの騎士は、実はダグラスの部隊のメンバーです。

礼拝堂に聖杯があると聞いているので捜索したいけれど、司令官側の見張りもいるので迂闊なことが出来ず、また、司令官側の見張りが捜索して見付けた場合は聖杯の行方を見守る為に出直すことも出来ないでいます。

ダグラスは言及しないけど部下だと気付いている。

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