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星の烙印  作者: 加藤爽子
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赤い悪魔と黒い翼猫

直接のシーンはありませんが、性暴力を仄めかす描写があります。

苦手な方はご注意下さい。

 ダグラスは礼拝堂を退室した後、広間へと向かった。

 呪いを解く方法を訊いた時に沈黙を返したキャロルが気になっていた。

 先程方法を知ったが、それでも彼女から教えてもらいたい、と思ったのだ。

 しかし、ダグラスが何度探してみても広間に彼女の姿は無かった。


キャロル(赤い悪魔)を知らないか?」


 最終的に広間の監視にあたっていた騎士達に尋ねてみたところ、驚くべき返事が返ってきた。

 ダグラスの部隊に遭遇する前にも何人か屠っていたキャロルは、反抗的な態度を取ったという理由で別室に入れられたらしい。

 それが神殿の外にある小さな牢屋なのだが、犯罪の少ないこの村では殆ど使われていなかった建物だそうだ。

 礼を言って牢屋に向かうダグラスの背に、不穏な言葉が届いた。


「人形の方がまだ可愛げがあったぜ」

「違いない」


 騎士にあるまじき下卑た笑い声に、ダグラスは嫌な予感で息がつまりそうになりながらも足を速めた。


 神殿からはそう離れてはいない低木の陰にある石造りの建物は、平屋建ての様に見えてその大部分は地下に深く作られている。

 中に入ると地上の部分は看守の為の休憩所やらがあり、長い階段を下ると独房が三つ並んでいる。

 そのうち二つは扉が開かれたままだったので、ダグラスは迷わず閉ざされた扉の前へ行き、扉にある小窓から中の様子を覗いた。


 粗末ながらも木製の寝台があるにも関わらず、キャロルらしき赤髪の女性は石畳の床に伏していた。

 寝台から半分ずり落ちいる毛布が、誰かが彼女を無理矢理引きずり下ろしたのだと物語っていた。


「キャロル!」


 ダグラスは思わず声を掛けたが反応がない。

 同時に扉を開けようとするがやはり鍵が掛かっている。

 あたりを見回し階段下奥の壁のフックに掛かっている鍵の束を見付けると、迷わず扉を開けて彼女の元に駆け寄った。

 まずは呼吸が確認出来た事にホッとして……しかし、引き裂かれた服や身体のあちこちにある傷や痣、更には歯型まで付いていて、ダグラスの胸は後悔で押し潰されそうになった。

 森の中でダグラスと一騎討ちをした時には強靭な兵士に見えていたが、今腕の中にいるキャロルは細く痩せていてダグラスが力を込めただけで、脆く崩れそうな程儚げだった。

 あの時、本当ならば負けていたのはダグラスの方だった。それも純粋に実力で敵わなかったのだ。

 平民でありながら王のお気に入りであった為に、常に妬み嫉みに晒されていたダグラスにとって、キャロルの素直で研ぎ澄まされた剣筋はとても眩しいものだった。

 決してこんな目に合わせたかった訳ではない。

 キャロルの部族はみな素直な(たち)でとても邪教徒とは思えなかった。

 そう考えてしまうこと自体、恩ある王に対する裏切りだったかもしれない。

 だけど、どうしても王都の邪教と比べて、この村やキャロルから邪心を感じられなかったのだ。

 せめて、待機していた部隊を迎えに行く前にキャロルの身柄をダグラスの部隊で預かっていれば、と思わずにはいられない。

 

 まるで犬に与えるかの様に床に置かれたボウルの水で持っていた手巾を濡らし、キャロルの顔についた血や土埃をそっと拭き取る。

 ボロボロの毛布に包むと抱き上げて連れ出そうとしたが、ジャラリと足枷の鎖が重たい音を立てた。

 残念ながら先程見つけた鍵束は扉の鍵だけで足枷の鍵はついていない。

 ダグラスは、仕方なくキャロルを寝台の上にそっと寝かせると、鍵と薬を探しにその場を離れた。



     ***



 ダグラスが一階部分を家捜しして、水とタオルと薬と包帯とフード付ローブなどの必要そうな物を掻き集めて地下へ戻って来た時、微かに話し声が聞こえてきた。

 キャロルの意識が戻ったのか、と牢に足を踏み入れるとそこには、羽の生えた四足の見たことの無い生き物がいた。


 クトルは、キャロルの「力を貸して欲しい」という頼み事に、ただ(ニャー)と返しただけだった。

 小動物に過ぎないクトルがどうやったら力を貸せるのかなんて考えもしなかった。

 キャロルの指先がクトルの左翼を撫でると電気が走ったかのようにクトルの左半身が痺れて、気が付けばキャロルの背中に片翼が生えていたのだ。

 クトルは片翼が失くなって少し歩くバランスがおかしくなったが『そんな簡単な事で良かった』と思った。

 だけど、片翼では入ってきた鉄格子まで飛ぶことは出来ない。

 そもそも、キャロルの体の大きさだと片翼で飛べたとしても鉄格子をすり抜けるなんて出来ないだろう。

 そんな事をクトルがぼんやりと考えていたら、ガチャリと扉が開く音とガシャリと足枷が落ちる音が同時に響いた。


 クトルの翼は、異世界を渡る力を持っている。

 キャロルは手に入れたばかりの力だというのに、クトルよりも上手にその力を揮ったのだ。

 キャロルはその身を僅かにこの世からズラしただけ。

 クトルの目から見るとキャロルの体が半透明になって、そのまま歩き始めた彼女の足枷だけがその場に残され、音を立てて落ちた。

 咄嗟に置いて行かれないようにクトルはキャロルの体を駆け上がり右腕に抱いてもらうと、クトルの残された片翼に不思議な力が巡る。


「待て」


 ダグラスが思わず手を伸ばしてキャロルの腕を掴もうとしたが、何の抵抗もなく手が擦り抜けてしまった。


「俺も連れて行ってくれ!」


 ダグラスは考えるよりも先に懇願していた。

 彼の横を通り抜け、開け放たれた扉から外に出ようとしていたキャロルは立ち止まると、空いている左手を彼に向かって差し出した。 

 どうやら連れて行ってくれそうだと安心したら、キャロルの様子が気になってきた。

 顔には殴られた跡があり、身体のあちこちに痣がある。そんな痣がはっきりと解るぐらい服も辛うじて原形を保っているという程度にしか残っていない。

 立っているのが不思議なくらいなのに、彼女の気力は凄まじい。

 ダグラスがおずおずと傷薬や包帯を見せて手当てを申し出ると、キャロルは小さく頷いた。

以下、裏話です。

読み飛ばしても本編に影響ありません。


リメイク前の設定では、王は養父では無く腹違いの兄でした。

つまりダグラスは前王と愛妾リンダとの子供で、王弟という立場だったんです。

その場合、ダグラスの母親が平民とはいえダグラス自身は王族なのに、迷いの森でパシられ過ぎていて、流石に侮られ過ぎだろうと思ったので、両親ともに平民になりました。


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