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星の烙印  作者: 加藤爽子
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月光灯る森の中

2024.04.18 文言修正

 これは既に滅んでしまった世界の話――――――。


 クトルがまだその辺の動物と変わらなかった頃。

 当時まだクトルの両肩には一対の翼が揃っていて空を飛ぶことも出来ていた。

 人によっては見えないその翼は物理的に空を飛ぶことも、異世界渡りをする事も出来る。

 そこが少し『普通の動物』とは言い難い点かもしれない。

 それでもクトル達の種族以外にも異世界渡りをする生き物がまったくいない訳では無い。

 クトルの左の翼は、今は失われて物理的に空を飛べなくなったが、異世界渡りの能力は寧ろ研ぎ澄まされたと言えるだろう。

 異世界渡りとは、今の世界から異なる世界へと移動すること。

 本能のままに渡るので、なぜどうやってと聞かれてもただ『翼を使って』としか答えられない。

 人間に『どうやって物を掴んでいるんだ?』と聞いても大抵の人は『手があるから』って答えるのと似たようなものだろう。


 とにかくこの時のクトルはこの地球上の動物と呼ばれる生き物達と対して変わらない……寧ろ少し劣る程度の知能しかなかった。

 なんなら今居る地球世界がその当時に来たことがあるのかどうかも覚えていないくらい刹那的で無知な生き物だったのだ。

 だから、これから話す事はクトル自身でさえも後から知った事の方が多い。



     ***



 クトルがまだ幼獣だった頃に地球とは別のとある世界で一人の人間と出会った。

 森の中、岩に腰掛け一人きりで月を見上げていた少女。

 金混じりの燃えるような赤い髪が印象的だった。

 その瞳は銀色の虹彩を持っており、見る角度や感情により色を変える。

 恐ろしいくらいに大きく感じる満月を見上げていたその時は、月の光を映したようなプラチナゴールドの瞳をしていた。

 その銀色の瞳は世界を映す目『世界眼』と呼ばれており、この世界でもその少女の部族しか持たない珍しい目だった。

 髪の色は茶髪、赤髪、金髪の順で多く、少女の髪は金混じりの赤で金髪よりも更に珍しくはあったが、色味的には部族の特徴から大きく外れるものでは無かった。


 世界眼を持つ部族はこの森で暮らし、森の中にある神殿を守っている。

 森には迷いの(まじな)いがかかっていて世界眼を持たぬ人間は、いつの間にか森の外に出てしまうという。

 迷うのはどうやら人だけで動物達は外に追い出されることはない。だけど人と一緒に居ると動物も迷うらしい。

 仕組みはよく知らないが、そういう結界なのだろう。

 神殿には唯一神ウトから賜った聖杯が祀ってあったが、世界眼を持っている神官にしか可視出来ない代物だった。

 否、神官しか視えないのでは無く、正しくは、聖杯が視える事が神官という職に就ける唯一の条件なのだ。

 この部族では、世界眼を持って産まれた者は八歳を超えると神殿で神官に成れるかの試験を生涯で一度だけ行う。

 もっと幼い子供は神に近い存在で視えたり視えなかったりが不安定なのだ。

 大抵の子供は五歳までに安定するが過去の事例で七歳までは視えていたという子がいる。

 それで紆余曲折を経て八歳で落ち着いたらしい。

 神官になれなかった者達は神官の生活を支える側仕えや兵士、村の生活を支える農夫や猟師などになる。

 少女はその日試験が行われて、兵士になった。


 試験は、神殿のトップである神殿長他何人かの神官達の前で『聖杯を持ってくる』ように言われるらしい。

 実のところトップである当時の神殿長さえ、聖杯に触れる程の力は無かったそうだ。

 確かにそこに視えているのに、その存在は触れることも適わない。

 試験では、聖杯を掴もうとするか否かで視えていると判断されていたのだった。


 少女は聖杯には手を伸ばさなかった。

 というのも、その聖杯に注がれている七色の光が気になったからだ。

 湧き水を掬うように手をお椀型にして、聖杯より高い位置に差し込んだ。

 神殿長でさえ視えていない聖杯に注がれる光が視えた少女は、実はその場で一番ウト神殿の神殿長に相応しい者だったにも関わらず、それに誰も気づかないまま試験は終わった。


 神官になれなかった少女が兵士を選んだ理由は、その閉鎖された生活の中で、一番行動範囲が大きいからだった。少女はとても好奇心旺盛だったのだ。

 村や森に異変が無いか巡廻したり、部族の誰かが森の外にある村や町へ行く時の護衛になるというのが、兵士の主な仕事だった。

 村の治安を護るというのもあるが、およそ千人が暮らしている村であっても、神殿を頂点とするカーストに慣れた村民達が秩序を乱すことは殆ど無く、わざわざ兵士が必要となるような事件はあまり起こらなかった。


「降り注ぐ光が綺麗だったの」


 少女キャロルは月からクトルに視線を移して微笑んだ。月から離れた瞳はキャロルの髪色を映して赤味を帯びる。

 親兄弟達とはぐれてしまってただそこを通りかかっただけのクトルには、一体なんの話しをしているのか、なんで自分に話し掛けてきたのか分からなかった。

 そもそも独り言だったのかもしれないが、相槌を打つように「みゃあ」と鳴いたクトルに、名を与えたのもキャロルだった。

 クートゥール・ファティ・マ・セレンガライア・フーレン・ビィアッセ・グァナ・セート……まだ続くのだが、地球世界での言葉に寄せて発音するとこんな感じだ。

 キャロルの唇から歌うように紡がれたそれは、その世界の古語で今言った部分のみを訳すと『異世界から訪れし旅人』となる。

 キャロルはそこから旅人(クートゥール)と更に略して呼んだ。

 所詮、獣の脳味噌しか持たないクトルには、自分のことを呼んでいるのだと気付くのも随分と後の事だった。

 ただその時は、鈴のように軽やかで可愛いくコロコロと鳴るこの人間の声は心地よいと思っただけだった。

以下ただの裏話です。

読み飛ばして頂いても大丈夫です。


四歳児でこの名前を聞かされた白茅……覚えられませんよね。


キャロルは、古語で書かれたウト神教の聖書から抜粋して暗唱し「そこから取ってクートゥールという名前にしよう」と言ったけど、クトルは人語が分からないので抜粋部分全部が名前だと誤解しています。

平家物語の冒頭くらいの文章量のイメージです。


この世界で異世界について書かれているのはウト神の聖書の原書だけです。

翻訳された聖書にはばっさり省略されてしまった幻の章になります。

今の聖書は、写本が作られる度に、他にも切り捨てられたり意訳されたりで3/5くらいの内容に減っています。


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