表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の烙印  作者: 加藤爽子
11/12

終章

『ウラムなら……セカイではなく、オレ、だな』

「?」


 クトルの目はジッと白茅越しの何かを見ていた。

 いや、ただ過去を見ているだけかもしれない。

 正直、白茅(ちがや)には、今の話が現実の事だとは思えない。そもそも世界が本当に滅んでしまうなんて考えてもいなかったのだ。

 万が一、第三次世界大戦が起きたり、地球温暖化で急激に環境が変わったりしても、人口が減るだけで世界そのものが失くなってしまうわけでは無い。

 それがクトルの話では、本当に何もかも文明すら残らないレベルで消滅してしまったのだ。


 白茅の知るクトルは、いつも飄々としていて皮肉屋で動揺なんて見せないのに、今は涙を堪えているように見えた。

 その様子が白茅を混乱させている。もしかしたら……本当にもしかしたらだけど、作り話じゃないのかも、と頭の中を(よぎ)る。


『……このセカイでチョット休んで……それから、キャロル達を探しに行こうとオモっていたんだ』


 だけど、それは叶わなかった。

 聖杯の中の本当に小さな生命(いのち)に気付いたから。

 聖杯を子宮に、降り注ぐ虹の柱を羊水にして、スクスクと育ったそれはやがて胎児になった。

 突然、記憶力や知識を与えられて頭の中が混乱していたクトルは、受け入れられない現実から逃げるように胎児に夢中になった。

 実質的にはウトへのお(こぼ)れを胎児が貰っていただけなのだが、クトルにとってはウトではなく胎児の為に聖杯を満たしていた。

 そうしていれば、ひょっこりキャロルが現れて星の烙印も胎児も全部ひっくるめて引き取ってくれるような気がしていた。


 人の子は十月十日(とつきとおか)で産まれるというが、もっともっと長い年月が必要だった。

 それでもトクトクと鳴る生命の音を信じてクトルはずっと見守り続けた。

 その合間に人間のことを勉強してこの世界の言語を学んだ。

 声帯の関係でちゃんと発音するのは難しいが、それでも記憶力を得たクトルはちゃんと学ぶことが出来た。

 そうして、おそらく十年近く経った頃、胎児がクトルの大きさを超えてしまったのだ。

 このままではいずれ聖杯の外にはみ出てしまうと気付いた時に、クトルの手に余るのではないかと思い至った。

 胎児はずっと目を瞑っていたが、多分銀色の瞳をしているに違いない。

 いつどこから来た赤子なのか分からなかったけれど、クトルは間違いなく世界眼(銀目)だと確信していた。今いるこの世界では見たことの無い色彩だ。

 だからクトルは聖杯に祈った。


『このセカイの色彩で産まれて来ますように』


 そう強く願ったのだ。

 そうして産声を上げた赤子は、髪も目も黒色だった。

 その頃には目に見えてクトルより大きく育っていて、産声と同時に虹の柱を食べなくなってしまった。

 そうなるとクトルにはどうしようも無く、赤ん坊を人間の手に委ねたのだ。

 外敵から守るように萱の茂みに隠し、藪蚊なんて考えもしなかった。

 人間の赤子のなんと(やわ)なことか。


『オマエを捨てたのは、オレだ』

「な、んで?その時の赤子は本当に……」


 世界なんて滅んでしまえばいい、と(のろ)ったのは白茅だ。

 だけど、原因の一つが名乗り出ると口をついたのは戸惑いしかなかった。

 もっと恨み言が溢れてくると思っていたのに、まったくそんなものは思い浮かばなかった。

 あまつさえ、クトルの勘違い、人違いなんじゃないか、と思えてくる。


 しかし、そんな白茅の目前にヒラリと一枚の羽根が舞い落ちてきて、最後まで言葉に出来ず口を(つぐ)んだ。

 実はクトルが異世界の話をしている間に生えてきていたのだ。

 クトルの双眸は潤み、今にも零れ落ちそうな涙を浮かべている。

 それは、間違いなくクトルがキャロルに譲った片翼だったのだ。


 白茅はポカンと口を開けたまま、人間には小さめの翼を視界に捉えた。それからクトルの翼を見遣る。

 これまでただの物語として聞いていた白茅はようやく自分の両親の話だったのだと理解した。

 産まれたての赤ちゃんを、あんな水際の萱の中に捨てるなんて人の心が無いのかと思っていたら、まさか捨てた相手が人外だったなんて、誰がわかるのだろうか。


「なんでそっちも今気付いているんだ」

『オレにヒトのミワケなんて期待するなよ』


 お互い憎まれ口を叩きながらも、口角が上がっていた。

 白茅がクトルに会ったのは幼い頃の施設で見かけた一回だけでそれからずっと会わなかった。

 数ヶ月前にこの神社のある敷地内で再会したのは偶然だった。

 山から垂直に伸びる虹を見て、あの虹の始まりを見てみたい、と思って来たのだ。

 幼い頃のキャロルの様に虹の柱に手を差し込んでクトルに『コボれちまったじゃねーか』と怒られた。

 世界眼でしか視えない虹を視て溢している時点で気付け、と言いたいところだがクトルからしたら、そんな人間が居ても、珍しくはあっても可怪しいとは思わなかったのかもしれない。

 現にキャロルが居たのだから。


「……母親(キャロル)は子よりも彼氏(ダグラス)を選んだんだな」


 キャロルの名を思い出した白茅は、ようやくクトルの話が自分のこととして浸透してきた。

 だけど、まだどこか他人事のようにも感じていたから、思いのほか冷静な声だった。


『……イヤ、キャロルは誰よりもキミに産まれてきてホシかったんだ』


 まだ胎児にすらなっていない受精卵の状態で白茅に気付き、翼という盾を持ち聖杯という鎧を纏っていたからこそ、今、ここに白茅がいるのだ。

 あの時、もし普通に狭間の世界へ行ったとしたら、白茅はあっという間に消えていたはずだ。

 まだ自我を持たない胎児が飲み込んでくる自我に逆らうなんて到底出来ることではない。

 そして、白茅がここにいるのだからキャロルの判断は間違っていなかったはずだ。


『それに……キャロルなら、きっとツバサが無くてもダグラスと逃げてるさ』

「異世界渡り、してるかな?」

『あぁ。オレとイッショに探しに行くか?』


 白茅は自分の翼を一度羽ばたかせると、首を横に振った。

 いつでもどこかに行けると思ったら、今いるこの世界の事をちゃんと知りたくなった。

 だから、ちゃんと向き合って、それでも、世界に弾かれるようだったら、その時こそ自由にすればいいのだ。


 緑色の木漏れ日の下で、白茅は憑き物が落ちたように晴れやかな笑顔を浮かべた。

最後までお付き合い頂きましてありがとうございました。


リメイク前は、

白茅視点一人称→クトル視点一人称→白茅視点一人称

で、書いたのですが、それを

白茅視点三人称→複数視点三人称→白茅視点三人称

で書いてみました。

そうしたら話が二倍に膨れ上がりました。

元々全四〜五話くらいの話だった記憶が……。


あと終章は前よりもハッピーエンドに寄せました!……寄せられていると思います。

ほとんどの方はリメイク前を知らないから比べようが無いので暴露しますが、翼を失ったキャロルは世界と心中したんだな、っていう空気が漂っていました。


久々にファンタジーを書きましたが、とても楽しかったです。

次回作もファンタジーを予定していますので、御縁がありましたらそちらもお付き合い下さいませ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ