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星の烙印  作者: 加藤爽子
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異世界渡り

 世界がこうなってしまっては派閥争いも何も無いだろうと言いたいが、静かに溶ける空に人はやがて順応してしまった。

 獣達は相変わらず騒ぎ、花は狂い咲き胞子や花粉が飛び交う中でも、人間はこれまで通りの営みに戻るかもしくは悲観して犯罪に走るかだった。

 少し治安は悪くなりはしたが、概ねこれまで通りの生活を送る人々はただ目をそらしているだけで、現実はトロリトロリとやがて空だけではなく海や大地も溶け始めている。

 クトルはいよいよこの世界に居ることが堪え難くなっており、キャロルもようやくダグラスを連れて異世界へ行く決意をした。

 そんな中、その一報が国を駆け巡った。


『傾国の魔女リンダの公開処刑』


 世界が溶けた原因を、誰かがダグラスの母に押し付けたのだ。

 それを聞いてダグラスは随分と動揺し、一人でリンダの元へと向かった。

 しかし、それがダグラスを(おび)き出す罠だとは知らずに……。

 王国にとってダグラスは聖杯を持って行方をくらませた大罪人だ。

 幾度となく追い詰めた筈なのに、その度に姿が掻き消えてしまうダグラスは、聖杯の力を手に入れたのだと思われていた。

 実際は手に入れるどころか触れることも出来ないのに、欲に目が眩んだ王や国の上部はそうなのだと思い込んだ。


 ここに来て世界が溶けるスピードが上がる。

 既に消滅してしまった辺境の小国の話も囁かれる様になった。

 動物の本能に従い今にも飛び立ちそうなクトルに、キャロルは聖杯を預けた。


「ダグを迎えに行ってくる」


 銀色の瞳を亜空間の色に染めて、金混じりの赤い髪を翻して駆けていくキャロルを見送るとクトルは片翼を大きく広げた。

 初めての片翼での異世界渡りだ。それも自分より大きな聖杯というお荷物がある。

 不思議と片翼(キャロル)と離れる抵抗感は感じなかった。

 とにかく必死だったのだ。ただ、どんなにお荷物だろうと聖杯だけは失ってはいけない、と強く思った。義理人情なんて無いただの獣のくせに、何故かそう思ったのだ。



     ***



 懸命に翼を動かした先は、溶けた向こう側の白い空間だった。星空に似た光が散りばめられている。

 ここは異世界と異世界の狭間(はざま)の世界。

 クトルには見知った世界だが、いつもより(いささ)か星が少ない。

 ここにいる間は、自分の体も咥えている聖杯も質量を感じない。だから、どこかの世界に居た時よりも難なく動けた。

 その代わり狭間と己との境界はあやふやで自分を強く持っていなければ容易く融合してしまって、程良く自我を失ってしまうだろう。

 クトルがさっき迄居たまだ溶け残っている世界を振り返り、キャロルとダグラスが来ないかジッと見つめるが、いつまでも待っている事は出来ない。長くこの場に居るとクトルがクトルではいられなくなってしまう。

 とにかくどこか溶けていない世界に入らないといけない。

 ぐるりと辺りを見回してとりわけ丈夫そうな星に行くことにした。

 近くの星はキャロルの世界と同じ様に溶けていて、いつもより長く狭間の世界を進む。


《まったく罪深い事をしてくれたものだ》


 クトルが選んだ星に向かって翼を動かしているとそんな嘆息が聴こえた気がした。辺りを見回しても誰もいない。

 それは、この狭間の世界そのものの声だったのだ。

 ほんの少しだけ融合してしまったから、クトルにはそうだと分かった。

 自分の外からも中からも聴こえてくる不思議な声。

 僅かに融合した事で垣間見た世界の記憶。


 ここは、声の主の夢の世界。

 おそらくキャロル達がウト神と呼んでいた存在だ。

 星のひとつひとつが夢だから、ウトが目覚めたショックでいくつかの夢が消えてしまったのだ。

 聖杯に注がれていた虹こそが、ウトを眠りに(いざな)っていたもの。

 あの虹の柱は異世界である夢の一部で、聖杯は夢の中から唯一ウトへと繋がる道だったのだ。


《次は起こすな》


 こちらの言い分も聞かずに一方的に言いたいことだけを言って再び眠りについてしまった。

 残されたクトルはもうその辺の獣とは言えなくなっていた。

 ウトの知識を共有し、それを忘れられない記憶力と理解力、更には果てしない寿命を与えられてしまった。

 ウトにとっては夢であっても、そこで生活する生き物達にとっては現実なのだ。

 それを知っているからこそ、ウトは自分が眠り続けることを願っている。


 こうしてクトルはあれよと言う間に夢の番人になっていた。

 突然与えられた知識と事実にクトルの脳味噌は沸騰しそうだった。

 朦朧とする意識の中、声を聴く前に見付けた丈夫そうな世界へと飛んだ。



     ***



 まるで悪夢を視た時のように全身汗塗れで目覚めると、すぐ側にあった川で水浴びをする。

 その川のこちら側は水溜りのようにも感じるくらい流れが緩やかで、水面に映るクトルの顔には左目の下に道化師(ピエロ)のような青い星の痣が出来ていた。


 これは烙印だ。ウトを起こしたが為に押された星の烙印……。夢の番人の証だ。


 とにかく、聖杯に虹を注ぐために、この世界の夢を分けてもらう必要がある。

 質量を感じる聖杯を引きずりながら、クトルはこれからに不安を感じてペタリと耳を伏せてしまう。


 あの世界には何人もの人が聖杯に関わったから、聖杯を守れなかったのだ。

 だから、今度は人の世には聖杯の話は残さない。

 幸いにも、この世界の人々はウトの夢の気配に敏くはない。どうやらクトルの翼さえ視えている人はいなかった。

 だから、しばらくはこの世界で、出来るだけ人から隠れて過ごそう。

以降、裏話です。

読まなくても大丈夫です。


リメイク前では『創造神みたいな存在』とか『何か』とか濁した書き方をしていたウト神ですが、眠っているのがデフォルトなので「うとうとする」という言葉から、ウトにしました。

レム睡眠のレムと迷ったんですけど、こちらはすぐに元ネタから世界が夢なのだと推察されそうと思って止めました。

え?ウトでもバレバレでしたか?

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