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スキャンダルなどありません。

作者: jima
掲載日:2024/02/12

「おや?このドラマの主演はこんな俳優だったかな?」

夕食中のテレビ番組で違和感を覚えた俺が妻に尋ねた。


俺の言葉に妻が答える。

「ああ、知らないの?替わったのよ。代役よ」


「へえ、何かあったのかい?体調不良とか」


「馬鹿ねえ。ホントにあなたは世間で何が起こってるのか疎いわ」

妻が俺を馬鹿にしたように言う。

「何か週刊誌に書かれてたわ。ええと…何だったかしら」


「何だ。君だって知らないんじゃないか。馬鹿らしい」


「そうよ。奥さんに暴言を。今のあなたのように」


妻が俺を睨むので肩を竦める。

「何も言ってないよ」


「馬鹿らしいって言ったわ」


「…」

先に『馬鹿』と言ったのは妻だが。


「夫婦も三十年経つとそういう態度になるのね。最初はキザな褒め言葉も言ったくせに」

少なくともキザな褒め言葉なんか使った記憶はない。


主演俳優は奥さんに暴言を吐いたことが週刊誌に書かれてドラマを降ろされたらしい。配偶者にちょっと乱暴な口の利き方をしただけで犯罪者のように扱われる時代だ。有名人にはなりたくないものだな。


「どっちにしろ、あなたにはスキャンダルなんて縁が無さそうな人生ね」

俺の内心を読んだかのように妻が言った。

大きなお世話だ。だいたいどっちにしろのどっちは何と何なんだ。


「僕だって君と結婚したときは君の会社で結構話題になったと」


俺の言葉を遮って妻がせせら笑う。

「あれがスキャンダル?プロポーズの仕方が笑えるって話題になっただけよ。あなたときたら」


「わかった。僕が悪かった。この話題は終了と言うことで」

そう言えば結婚記念日は明日か。忘れずに何か言わないと機嫌が悪くなるから気をつけよう。






「どうしたことかな。CMがほとんどエーシーって」

さらにテレビをボンヤリ眺めていると、さっきから2本に1本は広告機構の啓発だ。押しつけがましい広告の連続に辟易する。


「このタレントさんとこっちのお笑いの人が週刊誌に」

妻がミカンの皮を剥きながら教えてくれる。


「へえ、知らないことばかりだ。君は物知りだね」

妻をおだてるように言ってみた。


フフンと妻はミカンを一房口に頬張る。

「あなたがモノを知らないだけだけどね。ドリンク剤のCMのアイドルは17年前に女性に無理矢理キスしたって」


俺は首を捻る。

「そのアイドルって20歳くらいじゃなかったかな」


「そうそう。保育園で近所の女の子に無理矢理らしいわ」


「馬鹿馬鹿しい」


「ほら、また馬鹿って」


俺は慌てる。

「違うよ。君の知能程度の低さを指摘した訳ではないんだ」


「そうなの。じゃあいいわ」


「いいんかい」


「花が推してるアイドルなのにね」

一昨年結婚した娘の名だ。まだアイドルに推しがいたのか。

つまり彼女が家を出て丸二年だ。最初は寂しくて病気になるかと思ったが、意外と半年で慣れた。

妻と二人っきりになるのは勿論新婚以来だったが悪くない。まあ気楽ではある。




妻はまだ不祥事タレントの話題を続行中だった。

「…で、お笑いの人は強制的に行為を」


俺は眼を見開いた。

「それはアウトだな。確かに間違いない」


「そういう噂を週刊誌が」


「噂?」


「ええ、何だか被害者の友人のいとこのジムのトレーナーが編集部に持ちこんだらしいわよ」

妻はミカンを一個食べ終え、もうひとつ手をのばす。

「その被害者の関係者が言うにはきっと多分ホテルかどこかで乱暴されたに違いないんですって。同意があったように見せかけて実はちょっと強引だったらしいのよ。それがあのお笑いの人に顔がそっくりだったって。それで風の噂では訴えるとか訴えないとか」


「はっきりした事実が何もないな」

それほど事実関係が不明でもテレビ局は使いたくないらしい。

なぜあんな奴をテレビに出すのかとネットで総叩きにあうのだとか。

見なきゃいいじゃん。


「スポンサーの意向というものよ」

妻はスポンサー代表のような顔で言う。

「スポンサーと言えば花には結婚式のスポンサーの一人としてたまには連絡を入れるようにメールをしておいたわ。あなたが会いたくて切ない顔をしているって」


「余計なことを」

俺は苦笑いをする。

「便りのないのはいい便りなんだろう。気にしてないよ」

とはいえあいつは俺たちの結婚30周年なんて忘れてるんだろうな…というより知らないかもしれん。






「さて、もう夜も遅い。寝るかな」

俺は背伸びをして立ち上がった。

「おーい。僕の歯ブラシがないよ」


俺がリビングの妻に呼びかけると妙な返事がある。

「不祥事よ。不祥事」


何を言っているのかわからない。

俺は聞き間違いかともう一度リビングに顔を出す。

「フショウジと聞こえたのだが、もう一度言ってくれ」


「不祥事でスーパーから消えたのよ」


「不祥事でか」


「そうなの、不祥事なの」


話が進まない。寝る前の歯磨きが出来ないではないか。

「歯ブラシというのは不祥事を起こせるものなのか」


「バッカじゃないの。男の歯ブラシが女性の歯ブラシをホテルに誘っていやらしいことをしてる図を想像してごらんなさい」


「シュールだな」


「面白いでしょう…って違うのよ。古くなったから新しいのと交換しようと思って」

妻が新しい歯ブラシを出してくれる。


「ああ、ありがとう。…でも違うメーカーだ。お気に入りだったのにな」

愛用品がスーパーから消えたと聞かされて俺は大いに不満だ。娘から勧められて購入し、その使い心地の良さがすっかり気に入っていたのに。…まあつまり娘が勧めてくれたからお気に入りということなのだが。

「で、歯ブラシの不祥事ってなんだい?」


「ブラーシじゃなくてブランチだったっけ…ほらあのサッカー選手、日本代表の。何か不祥事を」


「ああ、あれは多分デマじゃないかと僕は思ってるんだけど。ちなみに彼はブランチでもボランチでもなくてウィングだけど」


「あなたの推測は当てにならないけれど、とにかくその歯ブラシは不謹慎らしいの。何よウィングって、チキンなの?そのチキンウィングの彼の愛用の歯ブラシらしいって、ネットで突き止められて」


「選手の愛用品って…その何に問題が」


「フケツなんじゃない?私はどうでもいいけど。僕はそんなもの口に入れたくない!…って朝のニュースで玉川さんが」


俺は心底意味不明でもう一度妻に尋ねる。

「サッカー選手のスキャンダルと歯ブラシの品質には関係がないだろう」


「知らないわよ。そういう世の中なんでしょ。スーパーが忖度して店に置かないらしいわ。ほら大谷選手の愛用の品とかすごく売れるじゃない。あれの逆バージョンなんじゃない?」


「全然違うような気もするけど…どっちも馬鹿馬鹿しいことには変わりないかも知れない」


俺と妻のこういう感じの会話はずっと変わらない。世の中が窮屈になっても、まあ大概好きなことを言い合っている。しかしまあ、どこもかしこもスキャンダルと不祥事だな。





歯磨きも終え、さあ寝るかという時に俺のスマホが鳴った。

こんな時間に会社の同僚からのメールだ。

経理の山本…嫌な名前だ。こいつは『花と彼女の夫を結びつけたキューピッド』らしい。いつも余分なことをする男だ。性格的にはいい奴だし面倒見もよくて仕事も出来る…が花にいい男を紹介したというだけで俺の中では嫌な奴に認定されている。


「国によっては時間外の連絡は違法らしいよ。まったく何だよ」

俺はブツブツ言いながら、メールを開いた。


「えええええええ」


俺の仰天に妻がスマホを覗きこむ。

「どうした、どうした。面白い事態なの?」

俺の反応から面白いと思う彼女が恐ろしい。


「違うよ。僕はスキャンダルの責任をとって当分謹慎だそうだ」


「まあ、やっぱり」


「やっぱりって…」


「ね、ね。で、どんな不祥事を起こしたの」

こいつはなぜこんなに楽しそうなのだ。


「僕が取引先で美人受付嬢に交際を迫って困らせたというんだ」

まったく覚えがない。そもそもここ数年は内勤がほとんどで取引先に実際行っていないのだ。


「まあ、そんなデマが」


「違うんだ、まったくのデマで…って。何だ、君は全然疑わないのか」


「当たり前でしょ。今のあなたにそんな度胸はないわ」

何だか不本意だが、信用されているということにしておこう。ん?…今の俺?

それにしても突然すぎるな。何かのいたずらじゃないのか。

よく考えたらなぜ山本がその第一報をメールで送ってくるのだ。何かの陰謀を感じるな。

…と思っていたら、すぐに次のメールが届いた。


「…何だ、いったい。僕はその受付嬢のところへ用もなく何度も通って迷惑をかけた挙げ句、ある日会社の受付で誕生日にとんでもなく大きな赤いバラの花束を差し出すという柄にもない事を…」

何だ何だ、どっかで聞いたことのある話だな…って30年前の俺の話だ。


「ねえ、その『美人受付嬢』って?『美人』って?」

妻が言葉の一部だけ強調して俺の顔を見る。


「ううむ。三十年前の出来事だそうだ。文末に『結婚30周年おめでとう』と添えてあるよ」

誰発信のデマかはよくわかった。


すぐにテレビ電話がかかってくる。

画面には花とその旦那、そしてキューピッドの山本がいた。

背景は居酒屋か。いくら休日前でもこんな時間まで吞んでるんじゃないよ。

…そうか。0時を過ぎたのか。


「父さん!母さん!結婚30周年おめでとう!」

「お義父さんお義母さん、おめでとうございます!」

二人の後に山本が言う。

「よう、おめでとう。今二人にお前が30年前に起こしたとびきりのスキャンダルを教えてやったところだ」


「お父さん、不祥事イェーイ!」

「30年前のスキャンダルにカンパーイ!」

「カンパーイ!!」


妻が俺の背後からスマホを覗き込み、にこやかに答える。

「山本さん!今晩は!ありがとう!ナイススキャンダルの通報!」


俺は憮然として言った。

「…醜聞(スキャンダル)じゃない。俺にとっては人生で一番美しい思い出だ」


「あら、まあ」

それを聞いた妻は一瞬固まってから、カメラの前だというのに俺に熱烈なキスをした。

スマホの向こうの三人が歓声と悲鳴の中間の声をあげて大喜びしている。

何だ、もう。スキャンダルなんて大嫌いだ。









読んでいただきありがとうございました。

実際に結婚30周年くらいです。仲良くやっております。ホントです。

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