逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
電子書籍化の作業の気分転換に短編執筆。
初めて短編投稿するので、何か不手際があったら申し訳ございません。
もしよろしければ楽しんでいって下さい(*^^*)
エリザベート・ラガルド公爵令嬢はその光景を見て憂鬱な溜息を吐いた。
(またあの男爵令嬢、攻略対象者を侍らせて逆ハーレムを作ってる……。しかも私の婚約者までその中にいる。自分から私をここに呼び出した癖に、本人は私ではない女のところでハーレム要員になっているなんて一体どういうこと?)
エリザベートは今、学園のカフェテリアにいる。
エリザベートの婚約者であるアルベール王太子殿下からランチの誘いを受けたので、エリザベートは友人を連れず、一人でカフェテリアに来た。
そして目に入ったのがとある男爵令嬢の逆ハーレムだった。
男爵令嬢を中心に、アレックス王太子殿下、クリストフ・ルボー公爵令息、マルク・ロワイエ侯爵令息、ルディ・ニース侯爵令息が取り囲んでいる。
クリストフが宰相の二男、マルクが騎士団長の長男、ルディが財務大臣の三男だ。
アリス・メルダ男爵令嬢――件の逆ハーレムを作っている男爵令嬢――は半年ほど前、学園に途中編入してきた。
アリスは元々平民として過ごしてきたが、母親が病死し、実の父親がアリスを迎えに来た。
その実の父親はメルダ男爵なので、アリスはメルダ男爵令嬢として過ごすことになった。
ただ、男爵には妻がおり、アリスの母とは所謂不倫関係だった。
なので、アリスは婚外子ということになり、貴族籍上、アリスはメルダ男爵夫妻の養子ということになっている。
アリスは男爵家で一定期間、貴族生活に必要なマナーやスキルを勉強し、その勉強が終わった後、学園に編入した。
学園に入学したアリスは、小動物のように可愛らしい容姿で、くるくると変わる表情に気安く相手に触るボディータッチで次々と男子生徒達を虜にしていった。
アリスは肩までの長さの珍しいピンク色の髪に、くりくりとした大きな橙色の瞳の小柄な女の子だ。
彼女は平民だった頃の癖が抜けていない為か異様に距離感が近く、すぐボディータッチをする。
貴族令嬢は会話中に表情を変えることなど滅多になく、たとえ婚約者相手であってもボディータッチをするのははしたないと教育されている。
そこにきてアリスの存在は年頃の男子生徒の目には新鮮に映り、ボディータッチによってちょっとしたどきどきを味わい、次第に彼女に骨抜きになっていく者が後を絶たなかった。
アリスは何も考えずに次から次へと男子生徒達を虜にしていったが、当たり前のように問題があった。
それはアリスが彼らに婚約者がいようといまいとお構いなしに手当たり次第に誘惑していったことである。
アリスに誘惑された男子生徒の婚約者は全員アリスのことを良く思ってなどいない。
だから、お茶会をやる時もアリスを招待メンバーから外したり、女子生徒同士、アリスと仲良くしようとするクラスメイトの女子は一人もいない。
アリスは男子生徒には慕われているが、女子生徒からは蛇蝎の如く嫌われていて、女友達は一人もいないのだ。
また、婚約者がいながらアリスに誘惑されているような男性は此方から願い下げだという理由で、婚約解消した者も少なくはない。
貴族は婚約又は婚約解消したら王宮に届け出なければならないが、例年になく王宮の婚約関係を扱う部署はが忙しくなっているのは余談である。
そして、完全に調子に乗ったアリスはとうとう王太子殿下、宰相の息子、騎士団長の息子、財務大臣の息子という王太子とその側近達に近づく。
もうここまで来ると流石に見過ごすことは出来ない。
彼らの婚約は国の将来に影響するものなので、エリザベートを含め、彼らの婚約者は高位貴族の令嬢のみだ。
ここはエリザベートが彼女達を代表して、アリスに婚約者がいる男性に近づかないよう注意しなければなるまい。
そう思ったエリザベートは立ち上がり、アリス達がいる場所まで足を進める。
「メルダ男爵令嬢。私はアレックス王太子殿下の婚約者で、ラガルド公爵家の長女、エリザベートと申します。少しよろしいかしら?」
「公爵令嬢が一体わたしに何の用? 今、みんなでお話していて忙しいんです!」
アリスは不機嫌そうに言葉を返す。
「そんなにお時間は取らせないわ。単刀直入に言うわね? アレックス王太子殿下と側近一同の皆様に近づくのはおやめなさい」
「ふふっ、自分がアレックスに相手にされないからってわたしに文句を言うのは違うでしょう? わたしが魅力的だから皆の方から近づくのよ」
アリスはエリザベートを小馬鹿にしたようにせせら嘲笑う。
「……では話を変えるわね。そこの四人を侍らせてあなたは最終的にどうするつもりなの?」
「それは皆と結婚するのよ! わたしは可愛いヒロインなんだから、逆ハーレムエンドで当たり前でしょう? 学園を卒業してもずっと一緒よ」
アリスは夢見る少女のように微笑む。
(やっぱり転生ヒロインだったのね……。そして逆ハーレム狙いのビッチヒロインね……。現実世界で逆ハーレムなんてあり得ないのに)
「あなたは逆ハーレムなんて仰っておられますが、現実を見ては如何ですか? ここは現実世界ですのよ?」
エリザベートの言葉にアリスはキョトンとする。
「あんたこそ何言ってるのよ? ここは乙女ゲームの世界。私の為の世界なの! 全部私の思いのままになるんだから!」
「現実的に考えてみなさい。あなたの身分は男爵令嬢ですのよ? この国では国王と王太子のみ重婚を許されていてその他の者は如何なる理由があろうと一夫一妻。あなたがここにいる四人全員と結婚するということはあり得ないのです」
国王と王太子は世継ぎの問題や政治情勢の問題で重婚は認められている。
重婚はあくまで世継ぎの問題や政治情勢の問題への対策ということで、国王と王太子の個人的な事情――好きな女性が二人いてどちらか選べないから両方妻にするというような事情――での重婚は却下される。
「それはアレックスがどうにかしてくれるわ! そうよね、アレックス?」
「そんなことする訳がないだろう? もし仮に、私とクリスとルディとマルクでお前を共有したとして、子が生まれた場合、一体誰の子なのかわからないという問題がある。髪や瞳の色、顔立ちで判断出来ないこともないが、それだけで判断出来ない場合、確実に自分の子だと言える要素がない。特に私は王太子だから、不確定要素で後継者を据える訳にはいかない。要するに周りに複数の男を侍らせる尻軽女はお断りということだ」
「私もお断りです。四人の男と結婚しようなんて、よくそんな気持ちの悪い発想が出てきましたね。貴族の義務の一つは自分の家の血を次代に繋ぐこと。血統をとても大事にします。だから、貴族社会では身持ちの悪い女性は白い目で見られる。……ああ、失礼。そういう点では既にあなたは身持ちの悪い女性として烙印を押されていますね。これから先、色々と大変でしょうが、頑張って下さいね」
(……あれ? 彼女が好きで逆ハーレムに参加していた訳ではないの……? もしかして、これ、私が彼女に注意しに行く必要はなかった……?)
「クリスってば辛辣~。でも、同感。僕達は目的があって君に近づいただけで、別に君に惚れたとかそんな理由があってのことじゃない。欲しい情報があって僕達は君に近づいた訳だけど、僕達全員が君に気があると勘違いしている様はとても滑稽だったよ。面白いものをありがとうね~」
クリストフに続きルディもいつもの緩い口調で毒を吐く。
「俺達はあくまで調査の為に近づいた。そうでなければ君みたいな人に近づこうとも思わない。一瞬だけでも君に気のある素振りをしなければならないなんて物凄い苦行だった」
アレックスからだけでなく、クリスとルディとマルクからも厳しい言葉を言われたアリスは混乱した。
「え……!? 皆、私のことが好きだったんじゃないの!?」
「違う。お前の父親が違法植物を領地で育て、隣の国に流通させているという情報を得て、調査の一環でお前に近づいただけだ。適当にチヤホヤしていれば、此方が知りたかったことは全部話してくれたから助かった」
違法植物とは、一見普通の植物だが、葉を乾燥させて粉末状にし、食べ物に混ぜ込み、体内に入ると脳に作用して幻覚症状を引き起こすものだ。
あまりに危険なので、栽培したり、ましてや売ることはこの国を含めた大陸中で固く禁じられている。
違法植物には中毒性があり、裏ルートで高値で取引されている。
「あなたはもうここでのんびり学園生活を送ることも出来ないでしょう。今、メルダ男爵家ではそれどころではないでしょうからね」
「だね~。今頃、騎士団による屋敷内の強制捜査が入ってる頃かな~」
「君のせいで破談になった婚約への賠償金という問題も起きているから、踏んだり蹴ったりな状況だろうな」
「私のせいで破談になった婚約の賠償金……?」
「あなたに骨抜きになってしまった男子生徒の中には、婚約者から見切りをつけられて婚約解消した方が数人いらっしゃいます。男爵令嬢であるあなたが、あなたより上の身分の令嬢の婚約話を壊してしまったのです。それは賠償を請求されても文句は言えませんわ」
「そんなの私には関係ないじゃない!」
「一番悪いのは骨抜きになった男子生徒ですが、あなたが声をかけなければこんな事態にはならなかった。責任の一端はあなたにもあります。知らぬ存ぜぬは通用しませんわ」
「エリーの言う通りだ。知らぬ存ぜぬは通用しない。そして、私達はもうお前に構うことは二度とない。さっさと去れ」
アレックスは冷たい声色で一方的に告げる。
アリスはふらふらとした足取りでその場を去って行った。
***
アリスが去った後、その場にはエリザベート、アレックス、クリストフ、マルク、ルディが残った。
「私はアレックス殿下の婚約者として、令嬢の中で最も身分が高い自分があの男爵令嬢に注意をしなければならないと思って行動しましたが、殿下達が本気で彼女を気に入っていたのではなかったのなら、そんなことをする必要もございませんでしたわね」
エリザベートは拗ねたように四人への苦情を述べる。
「エリー、ごめん。調査の件は父上から私達だけで内密にどうにかしろと言われて、エリーにも話せなかったんだ」
「国王陛下からの依頼ということは間違いありません。私達もアレックス殿下の側で陛下からの話を聞いていたので、保証します」
「作戦としては彼女をチヤホヤしていい気分にさせて、情報を取るやり方だったから、僕達が彼女に夢中だと見せかける為に表立って婚約者に会う訳にもいかなかったんだ。早くあの子に会って癒されたい~!」
「調査の為に彼女に近づいている間、殿下だけではなく俺達も婚約者には会えていなかった。調査もやっと終わったから、俺達はここで解散して、婚約者に会いに行く。国の為の調査とはいえ悲しい思いをさせてしまったから、早く会いに行って事情説明し、謝罪しなければ」
「……ということで私達はここで失礼します。殿下のことはエリザベート嬢にお任せします」
クリストフとマルクとルディは、各々婚約者に会いに行く為にこの場からいなくなった。
***
側近三人が退場した後、アレックスとエリザベートは、エリザベートが元々座っていた席に座り、ランチの仕切り直しをする。
昼休憩の時間も残りがあまり多くないので、二人はサンドウィッチとサラダと紅茶のセットを注文し、受け取る。
サンドウィッチは二切れ入っていて、一つはハムとチーズのサンドウィッチで、もう一つはカリカリに焼いたベーコンとトマトとレタスのサンドウィッチだ。
「今回は調査の為にやむを得ず彼女に近づいたということはわかりましたが、本当にアレックス殿下が彼女を気に入っていたのかと思って冷や冷やしましたわ」
「エリーにも説明出来なかったのは悪かったと思っている。……それにちょっとだけ興味があったんだ。もし私が他の令嬢と仲良くした時にエリーがどんな表情をするか。つまりヤキモチ妬いてくれるかな?、と」
「此方は本気で心配したのに、言うに事欠いて私の反応が見たかったですって? アレックス殿下なんてもう知りません」
エリザベートはぷいっとアレックスから顔をそむける。
「エリーが私のことが好きかちょっと自信がなくて。何だか私ばっかりがエリーを好きな気がして……」
アレックスは眉を下げ、しゅんとしょげたような表情になる。
エリザベートは立ち上がり、アレックスの右頬にちゅっと可愛らしいキスをする。
「確かにはっきり言葉にしたことはあまりありませんでしたが、私もちゃんと殿下のことが好きですわよ? ずーっと前から、ね。だから自信を持ちなさ……」
(私の前世での推しはアレクだもの! 前世から数えると好きな年月は私の方が長いはずよ!)
エリザベスが最後”い”と続ける前に、アレックスはエリザベートにキスをした。
二人の周囲には生徒達はまだまだいて、二人のキスを目撃した生徒から歓声が上がる。
いつもは真っ白な頬が淡いピンク色に染まり、恥ずかしそうな顔をしているエリザベートを見て、アレックスは満足げな笑顔を見せる。
「エリーの気持ちはよくわかった。さぁ、クラスに戻ろう」
エリザベートはアレックスが差し出した手を取り、ぎゅっとしがみつく。
(この様子なら婚約破棄・断罪ルートはもう心配しなくてもいいかな? ヒロインは強制退場で、学園からいなくなるからもう関わりはない。アレクをヒロインに取られなくて本当に良かったな)
――エリザベートは知らなかった。
アレックスの方もエリザベートと同じく前世の記憶があることを。
そして前世の彼は悪役令嬢・エリザベート推しだったことを。
エリザベートを幸せにする為にヒロインを排除したことを。
全てを知った時のエリザベートの反応はアレックスだけが知っている――。
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