選ばれなかった男
宜しくお願いします。
一週間前、幼馴染みの由美香が妊娠したと聞いたのは本人の口からだった。
「俺の子供だよな?」
そう聞く俺に由美香は首を振る。
目の前が真っ暗になった。
由美香の妊娠は予想外じゃ無かった。
避妊をしないで、セックスすれば妊娠するのは当然の事。
『ちゃんと責任は取るから』
そう言う俺に由美香は頷いてくれたのに。
「まさか...孝太との?」
声が震えた。
青い顔で固まる由美香に怒りが込み上げる。
「俺の由美香に孝太の奴!!」
気づけば栞に電話していた。
栞は由美香の親友で、半年前まで俺の元カノ。
孝太を含め、俺達4人は高校時代いつも一緒だった。
「本当なの?」
連絡を聞いた栞は直ぐ由美香の家にやって来た。
半年振りに会う栞は俺と付き合っていた頃より、明るく綺麗になっていた。
「うん...検査薬で間違いなかった」
「そう、何ヵ月?」
「...3ヶ月」
栞の質問に静かな口調で答える由美香。
男の俺より答えやすいのだろう。
「で、相手は?」
「...それは」
しまった!
ここで失敗に気づく。
俺が由美香と肉体関係にあるのは孝太に内緒だ。
別れた栞に知られるのは構わないが、孝太に知られるのは不味い。
ましてや、栞と孝太は幼馴染みなのだから。
「言えないの?」
「うん...」
由美香の答えに安堵と怒りが込み上げる。
俺の子じゃないなら孝太の子に違いない。
あの野郎は3ヶ月前、こっちに戻って由美香と会っていたんだ。
由美香は俺の物だ!
あの日、俺は由美香と孝太が会うと聞いて、一晩中セックスをした。
こうする事で、孝太とセックスを出来ない様にするのが目的だった。
それなのに由美香は孝太と...
孝太への激しい嫉妬と、由美香に対する不信感。
おれは由美香に叫んでいた。
「孝太だ!あの野郎、由美香を無理矢理!」
「ちょっと、孝太は由美香の彼氏だから、無理矢理は変よ」
「うるさい!」
栞の言葉は俺の怒りに油を注いだ。
コイツも孝太が好きだったんだ。
由美香と孝太が付き合う事で失恋し、俺達も付き合いだしたのに...
栞は俺に身体を許そうともしなかった。
由美香と孝太が結ばれたと聞いても、寂しそうな態度も見せず、笑うだけ。
その事で迫っても、唇すら許さなかったんだ。
『まだそんな気持ちになれないの、ごめんなさい』
栞の言葉に何度別れようと思った事か。
それでも別れなかったのは、栞が由美香の親友だったのと、美少女で手放すのが惜しかったからだ。
「孝太に違いない!」
「あんたは思い込みが激しすぎるよ」
「黙れ!」
栞の声は耳に入らなかった。
3ヶ月前に孝太と会ってから由美香は余所余所しくなり、俺に抱かれなくなった。
それどころか、俺との関係を終わらせたいと言う様になった。
由美香は俺の物だ!
孝太に連絡を断つ様、由美香に命じた。
約束を破るなら、孝太との関係をバラすと脅した。
そして一週間後、孝太は東京から戻って来た。
栞が言ったんだろう、引導を渡してやる。
意気込んで俺は孝太と対峙した。
孝太に責任なんか取れる筈無い。
きっと由美香も目を覚ますだろう、そして孝太を由美香の両親と糾弾してやる。
腹の子供は堕ろせば良い。
そう考えたのに...
「何が悪かったんだ?」
孝太と栞が居なくなった部屋で呟く。
由美香との関係を栞は知っていた。
そして由美香の子供は俺の子供だった。
「由美香...」
なんで泣きじゃくってるんだ?
そんなに悲しいのか?
俺を選んでくれたから抱かれたんじゃないのか?
「孝太...ごめんなさい...ごめんなさい」
壊れた様に同じ言葉を由美香は繰り返す。
こんなのはおかしい。
セックスの時、子供が出来たって構わないか、ちゃんと聞いたのに。
「なあ、俺の子供だよな?」
「違う!この子は孝太の子供よ!!」
血走った目で由美香が叫ぶ。
腕の中で、甘えていた由美香と別人じゃないか。
1年を掛けて、やっと由美香を取り戻し、半年前にやっとセックス出来たから、栞と別れたのに。
1年も掛かったんだ、孝太が居なくて寂しいと相談する由美香に、俺は寄り添い、励まして...
「鑑定したら分かる事だろ?」
とにかく由美香には認めて貰わないと駄目だ。
孝太の子供じゃなく、俺の子供だと。
「違うの...こんなの違う...」
「俺じゃ無理なのか?」
「...それは」
「なあ、俺はずっと由美香を見て来たんだ...どうして...なんで山口なんだよ?」
想いが口から溢れ出る。
ずっと好きだっんだ。
小さい頃からずっと由美香だけを。
「...修二は幼馴染みだから」
由美香の言葉が心を抉る。
幼馴染みだから恋人になれないのか?
そんな理由があるものか!
「じゃあどうして抱かれたんだ?
寂しかっただけなのか!!」
由美香が怯えた顔で俺を見た。
それがお前の答えなのか?
「...分かったよ」
携帯を取り出す。
とにかく連絡をしない訳にはいかないだろう。
「...どこに連絡してるの?」
「おじさん達だ、説明はしなきゃ」
「止めて!!」
由美香が俺から携帯を奪おうと立ち上がり、叫んだ。
「そんな事したら、もう終わっちゃう!
孝太に会えなくなる!!」
「もう会えないだろ!!」
「うう....アアア!!」
脱力した由美香が崩れ落ち、再び泣きだした。
「言い過ぎたよ...」
由美香には悪いが連絡するしかない。
俺の両親はこの町には居ない、1年前、親父の転勤に付いて行ったからだ、後で連絡をしよう。
「...やっぱりか」
「そうね。何となく、そうだと思ったわ」
連絡を受けたおじさん達が帰って来た。
俺の話を聞いた二人が複雑な顔で俺と由美香を見る。
おばさんが予想していたのなら、話は早い。
「すみませんでした」
二人に頭を下げ、土下座をする。
大丈夫、俺は由美香の幼馴染みだ。
家族同士の交流こそ無いが、顔見知り位の付き合いは有る。
反対はされないだろう。
「で、どうするんだ?」
「大学は辞めます」
少し惜しいが、責任を取るとはこういう事だろう。
「辞めてどうする気だ?」
「働きます、だから由美香さんと子供を一緒に、お願いします」
1足早いプロポーズみたいになったが、これで由美香と結婚出来るなら。
「...修二」
由美香の声が聞こえる。
どんな顔をしてるか見えないのが残念だ。
きっと笑顔で、俺を...
「君は甘いな、幼稚その物だ」
「そうね...」
「おじさん...おばさん...」
予想外の声に頭を上げると、二人の呆れた顔が見えた。
「大学を辞める?それで責任を果たせるのか?」
「それは...」
「働き口のあてはあるの?
由美香と子供を養うだけの稼ぎの目処は?
不自由な生活をさせるだけよ、結果は見えてるわ」
「...そんな事は」
辛辣な言葉に声を失う。
不自由?何の援助もしてくれないのか?
「残念だが、君の言う事を全く信用する事は出来ない」
「本当よ」
何故?俺とは長い付き合なのに。
「そんな...それじゃ由美香の子供は」
「...堕ろせとは言えない、その子は私達の孫なんだ」
「ええ...」
最悪の選択は避けられそうだ。
だからこそ父親の俺が必要じゃないのか?
「...だから僕が」
「信用出来るか!
恋人が居るのを知っていて、寝取る様な奴の言葉を!!」
「全くよ!それに由美香、貴女もね!!」
「...お母さん」
「一体なんの不満が孝太君にあったの?
あの子は帰って来る度、私達にちゃんと挨拶を...」
「アアア!!」
矛先を向けられた由美香が泣き叫ぶ。
あんた母親だろ?娘にあんまりじゃないか!
「...由美香」
「触らないで!!」
「え?」
由美香が俺の手を叩く、表情は怒りに染まっていた。
「お前のせいだ!
相談に乗るフリをしながら私を!!」
「由美香...お前は」
「もう帰って!顔も見たく無い!!」
「そう言う事だ、帰ってくれ」
「ええ、早く」
呆然とする俺を由美香達が追い出す。
気づけば家の外で立ち尽くしていた。
「失礼しました...」
玄関に頭を下げる。
扉の向こうにおじさんの影が映っていた。
「君の両親にも話をする、今後の話をしなくては駄目だからな」
「...はい」
扉の向こうから聞こえるおじさんの声は震えていた。
翌日、俺は戻って来た親父に殴られ、母親に泣かれてしまった。
その後、由美香の家族がどうなったわからない、連絡の取れないまま、アイツらは引っ越してしまったのだ。
『子供は堕ろしたのか?産んでいたなら...』
調べる術は無い。
更に両親から絶縁されてしまったのだ。
それから三年が過ぎた。
大学を卒業し、故郷を出た俺は今、東京で暮らしている、
故郷の友人とも繋がりは途絶えた。
俺のした事がバレてしまったのだ。
「あれは?」
休日の昼下がり、1人訪れたショッピングモール。
視線の先に1組の家族が見えた。
「由美香...」
間違いない、あれは由美香だ!見間違えるもんか!!
彼女は幼い子供の手を引き、ベビーカーを押していた。
隣に立つ男は誰なんだ?
「おい由美香!」
思わず叫んでいた。
『その子供は俺の子か?』
『隣の奴は誰なんだ?』
聞きたい事が溢れて来る。
「馬鹿野郎!気を付けろ!!」
通り過ぎる男とぶつかった俺は転倒してしまった。
「なんだとテメエ!!」
由美香の姿が見えない。
コイツのせいだ!!
立ち上がった俺は男の胸ぐらを掴み...届かない。
「...なんだよ」
「いいえ...」
怯む事なく俺を睨む男。
2メートル近い身長、鍛えぬかれた身体。
俺はただ、男から逃げるしかなかった。
「畜生...」
なんて惨めなんだ。
転んだ際に強打した肘が痛む。
嘲笑う様な周囲の目、怒りと羞恥に俺は叫んだ。
「お前ら、ふざけるな!!」
ショッピングモールに俺の声が響いた。