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防災頭巾 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 お、このデパートの新年度フェア、まだ続いていたんだ。

 いくらエイプリルフールとはいえ、ところどころ「ウソだろ?」って安さのものがあるなあ。さては学生の「勉強」と割引をする「勉強」をかけているのかな……なんて。

 うーん、こうしてみると小学生時代を思い出すなあ。ほれ、この防災頭巾とか。

 普段は座布団、いざという時は頭部保護の被り物と、双方こなせるハイブリッドなグッズ。

 防災用品の常で、後者のような使われ方をされないことが望ましいのは、少し悲しい気もするけどね。

 

 平時でも災害時でも、頭部はなにより守るべきものとされる。

 頭は身体の司令塔。そこをやられたら、他の部分の機能は無事でも、まともに働けなくなってしまう。

 くわえて、「顔」という個人を区別しやすい部位がくっついているんだ。守るべきもの、飾るべきものとして、注目されるのも無理ないわな。

 

 ……あ、そういや思い出したよ。この防災頭巾を見ていて。

 昔の俺のクラスに、妙な頭巾を用意する奴がいたのを。それをめぐって、ちょっと厄介なことに巻き込まれてさ。

 お前の好きそうな話だし、時間をつぶしがてら、聞いてみないか?

 

 

 俺の学校では強度や、耳にあたる部分に穴が開いているとか、ゆるい条件を満たしていれば頭巾のデザインに制限はなかった。

 シンプルな無地があれば、やたら星やハートをあしらったもの。流行りの戦隊ものやアニメキャラを前面に押し出したものなど、さまざまだ。その中であの女の防災頭巾は、一線を画すものだった。


 ひと目でそうと分かるほど、毛がふさふさとくっついていたんだ。

 クッションカバーなどで見られる、モップの先を思わせる長いもの。あんなものが許されるのかと、先生に抗議した子もいたけれど、条件は満たしているから問題なしとされたな。

 しかし、真似して用意しようとする子はいない。あんなに毛足が長いものを、普段は尻に敷くなんて、心地よさより違和感が勝りそうだったのかもな。


 だが、避難訓練の際には、この異様がなお目につくことになった。

 表面の毛足とは明らかに違う、筒状の飾りらしきものが、だらんとかぶった頭巾の両側から、垂れさがったんだ。

 袖っぽいが腕を出すための穴が開いていない。だとすれば獣の耳、腕、鼻……いずれを想像したかは、人によって違っただろう。だが俺も含めて、大半の子が思う。

「こいつ、やべえ……」と。



 あいつの防災頭巾、はくせいか何かじゃないかとウワサされた。またもそのことで先生に抗議する子がいたが、突っぱねられたとかなんとか。

 俺はというと、やぶへびが嫌で見て見ぬふりをしていた派だ。実際の談判事情は分からない。ただその後も、あいつは変わらずに件の頭巾を使い続けていたんだ。


 長期の休みの時は、俺たちの頭巾と同じく、あいつの頭巾も持ち帰られていた。けれど、休み明けにそいつが付け直す頭巾は、どこか血と皮の臭いが混じっていたよ。

 よく見るとカバーたる毛の色が少しくすんでいたり、長さが短くなったりした気もしたが、ラフな扱いをしたとごまかしがきく範囲だからな。下手に突っ込めなかった。

 少なくとも、男子の間だとあいつは危険人物という認識だったぞ。ここのところ、学校の近隣で野良犬、野良猫の死体を見かけるってんで、たびたび話題にあがる時期だったこともあってな。

 きっと、こいつがひっそりヤッているんだと、妄想する奴もいたのさ。

 

 

 その日は、習い事のある日だった。

 小学生で19時あたりまである習い事って、だいぶ遅い方だろうか? 明るい道を通るようにと言われていたが、いくら最短距離を目指しても、途中でどうしても通らなけりゃいけない暗い道がある。

 サイクリングコースも兼ねている、舗装された土手。いちおう、等間隔に街灯が用意されているとはいえ、ひとつひとつの間は100メートル以上、開いていた。

 昼間の人通りも、この時間ではすっかりはけている。自然と足は早まった。

 川沿いの桜たちは、すでに葉っぱがちらほらと混じり出していた。それらと生き残りの花びらたちが、一緒にアスファルトの上に横たわっていた。


 がさり。

 ふと、脇に立つ桜の木が、大きく揺れる気配がする。目の前の道に、どっと葉と花びらたちがなだれ込んでくる。

 と、いきなり背中へのしかかってくる感触。大人が肩車してきたような重さで、倒れこそしなかったが、よろめいて膝をついてしまう。

 髪の毛が逆立つほどの、荒い鼻息。うなじに垂らされる、生暖かいよだれ。そして何より、息を止めたくなる生臭さ。

 振り返る俺。その視界に映るには、奥の見通せる洞穴だ。だが、その壁は水気を帯びた粘膜、そして上からでなく、下からも生える鍾乳石。そしてかろうじて見える穴の上には、大きく光る眼が二つ。

 俺の頭をかみ砕かんばかりに開かれた大口が、目と鼻の先に迫っていた――。



 それが、唐突にぱっと消えた。

 いや、なぎ倒されたんだ。横へとちぎれ、崩れる首。俺の背に残されたのは、ほぼ身長と同じくらいの大きさの、大型犬によく似た形の胴体と足の部分だけ。その切り口からは、わずかに血がにじんでいる。

 あっけに取られる俺の脇、アスファルトに降り立った新たな足は、ひと目で猫と分かるものだったんだ。


 俺に乗っかっている身体と、そん色ない大きさの胴体を持つ黒猫が、膝をつく俺とほぼ同じ目線の高さで立っている。

 その口には、あの大口を開けたままの犬の首をくわえていたが、すぐに俺に残っている胴体にも肢を引っかける。

 器用にそれを軽く飛ばして背に乗せると、ぴょんと土手の向こうへ消えていったが、ぱさりと俺の頭に当たるもの。


 ぽろりと落ちたそれを見て、俺は目を丸くしたよ。

 クラスメートのあいつがいつも使っていた、毛足の長い防災頭巾がそこにあったんだ。おそらくはあの犬のものと思しき、大きい血のりが一滴。

 つい手を伸ばしかけて、それより早く、ぐっと頭巾をおさえたのが、先ほどの猫の手だった。顔をあげると、猫は空いている前足をぐっと持ち上げ、口元にあてたまま動かさない。


「これは秘密よ」。


 そう、人が口の前に指を立てるのと、そっくりなしぐさだった。


 猫はあの犬の身体と同じく、頭巾を背中へおっかぶせると、再び土手の向こう側へジャンプ。すぐ、そちらをのぞきこんだ俺だけど、猫の姿はもはやなかった。

 代わりに、下り坂となっている斜面の中ほどで、頭巾を頭にかぶりながら、上着を羽織っりながら去っていく、彼女の背中が見えたな。

 一歩ごとに、あの頭巾の両端に生えた耳とも鼻ともつかない袖を、ぷらぷら揺らしながら、こちらを振り返らずにな。



 それから犬猫の怪死事件が話題にあがらなくなるまで、俺は彼女に、明らかにガンつけられていた。

 ことあるごとに視線を感じたし、実際、ふと顔を向けた先で彼女とにらめっこをするケースもあったな。

 俺が「ボロ」を出さずにいられるかの監視、警戒。そのしぐさも、俺が見た彼女の正体を考えれば、不思議じゃねえかとも思う。

 あの頭巾の毛や生地も、よくよく見てみれば猫のそれに近い。

 自分をいつわっての溶け込み。そのためにもああして、「猫をかぶる」必要があったんだろう。


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