プロローグ
「似合ってねぇな」
私を見るなり、彼女は第一声そう言い放った。
成りたてとはいえ、仮にもこの国の国王である私に対して。
「もう少し言いようがあるのではありませんか、オーレリア」
「似合ってないものは似合ってない。何度も言わせんな、ルーデルト」
「…不敬罪と取られてもおかしくありませんよ」
「なら、わたしを罰するか?」
彼女―オーレリアの歯に衣着せぬを通り越した口の悪さは今に始まったことではない。むしろ初対面からオーレリアは口が悪かった。
沈黙を以て返した私―ルーデルト・カイザー・ヴィントリッヒにオーレリアは鼻息一つ鳴らして一蹴した。繰り返しになるが、私はこの国の国王だ。一応。
執務室で書類だのなんだのと格闘していたときに、唐突にオーレリアはどこからかやってきた。気が付いたらいたというのが正しい表現かもしれない。話しかけられるまで存在に気付かなかったのだから。
…友人じゃなかったら衛兵を呼んでるところなのだが、その自覚はどうして持ち合わせていないのか。
ほぼ唯一とも言える友人である彼女を罰する気はそもそもないが、周囲に他の者がいる状態でこの会話を聞かれるのは立場上よろしくない。
彼女は全く気にしていないようだが、流石に国王相手ではマズいだろう。本当にその辺自覚を持ってほしい。大事なことなので本日2度目にして思ったが口には出さない。返り討ちにあう。
そして毎度のことながら、どの様にして王城に忍び込んでいるのかが不明だ。しかもここは歴代の国王が使ってきた執務室だ。警備も比べ物にならないはず。恐らくは何かしらの魔法を使ってのことだろう。とはいえ、こうもあっさりと入り込まれてはこの城のセキュリティが些か不安に感じる部分ではある案件だが。
オーレリアと私は友人という関係にあるが、彼女の素性は実際のところ私もさほど詳しくはない。
大聖堂所属の法衣を纏っているが、大聖堂は国からの干渉をほとんど受けない独立した機関なので、どの様な立場なのかは当人が話さないのと何となく聞かない方が直感的にいい気がしているので、ズルズルとここまで来てしまった以上は今更やぶ蛇と言うものだろう。
そんなことを考えていつつもオーレリアに視線を送ると、彼女は目を細めて私を上から下まで、品定めするような、観察しているかのような目線でこちらを見ていた。
彼女は時折そのような目で人を見ることがある。そこに「偉そうに」という言葉は似合わない。むしろそうすることが不思議と自然であるように感じられる。
そうしてポツリと
「似合ってないが、覚悟はあるんだな」
囁くような静かな声で呟いた。
その言葉に私が口を開く前に、オーレリアは悪戯を思いついたような笑みを浮かべて私に問うてきた。
「祝福してやろうか?」
「祝福?」
「そう。腐っても大聖堂の聖職者としての私から、お前の国王就任を祝って欲しいか聞いている」
悪だくみでもしてそうな笑いを含んだ口調に、当然ながらあまりいい予感はしなかったが、他ならぬ友から祝福を受けられるのは悪くないと感じた。オーレリアは唯一無二の友人といえるのだから。
「なら、盛大に祝福してくれますか?」
せっかくなので茶化してみせた私の言葉にオーレリアは一瞬目を見開き、ニヤリと笑うと「盛大にね、いいだろう」と言い残して執務室から出ていった。
その背中を見送って、未だ慣れない大量の仕事に向き合った私は…
この後、張り切った友人の「祝福」が一騒動起こすことになろうとは、その時の私は全く考えてもいなかった。