第十五話「誘惑(テンプテーション)」
「猫カフェに行こう!勇人くん。」ってことで、明日の朝9時に駅の改札口前に集合・・・と紫音さんに半ば強制で予定を組まされた僕。そして今まさに当日の集合場所で待たされているという状況。まあ特に予定もなく、断る理由もないから別にいいんだけれど…
現実世界にいても影喰の殺し合いのことで色々と考え込んで、気分が沈んでいるような日が多くなっているのを自分でも感じる。僕が最近、笑顔になったのはいつだっただろうか?
きっと紫音さんはそんな僕を見て、気を利かしてくれているのだろう。彼女は本当にデキている人間だ。
あれやこれや考えている内に紫音さんが見知った人物と一緒にこちらにやってきた。
「・・・ハルジオンも一緒なんだね…」
「私と一緒じゃ不服でしたか?村島勇人。」
「い、いや。そういう意味じゃないんだけど・・・」
「ごめん、勇人くん。待った?・・・今から行くところはここからすぐなんだけれど…勇人くんは猫で大丈夫よね?一応、犬やウサギもあるけど…」
「?…猫で大丈夫ですけど・・・嫌いじゃないですし。」
あんまりカフェ事情についてはわからないけれど、犬カフェやウサギカフェなんてものもあるのか。動物と触れ合って心を癒されるのも悪くはないと思う。むしろ今の僕には必要なリラックスなのかもしれない。こういった些細な気遣いができる紫音さんという存在を僕は心からリスペクトする。
※
「お帰りなさいませ。ご主人様!」
「・・・紫音さん、猫カフェですよね?」
「そうよ。『猫耳メイドカフェ』よ!」
僕が持ってきた猫ちゅーるはどうすればいいんですか?紫音さん。…ってか、言葉足らず過ぎでしょ!僕のリアクションを受けて、ニヤニヤとしている彼女の表情から絶対わざとだと確信した。この人、本当に抜かりの無い人間だわ。
「村島勇人、これが猫カフェというものなのですか?」
「いや、僕に聞かないでよ。ハルジオン…」
まんまと紫音さんにハメられたわけだが…既にお店に足を踏み入れてしまった以上、ここで引き返すのはただの冷やかしになるので印象が悪い。それに、この僕を元気づけるためにわざわざお誘いをしてくれたであろう事を考えると、その彼女の気持ちを無下にはできない。
心が落ち着く間も無く、猫耳メイドさんが僕ら三人をテーブル席へと案内し始めた。流されるように、そして言われるがままに席に着く僕…
しかしまあ…改めて猫耳を付けたメイドさん達を見ると、正直可愛い。
「ささ、お客様をおもてなしするにゃ。しおりん!!」
「…ええっと・・・こ、こちらがメニューになります…にゃ。」
先輩メイドさんのレクチャーを受けながら、オドオドと接客をするもう一人の猫耳メイドさん。いや、よく見るとそのメイドさんは僕が知っている人物だった。
「さ、坂湊さん!?・・・なんでここに?」
「村島さん!?…い、いやこれは。その・・・」
「ん?ひょっとして、しおりんの知り合いかにゃ?にゃら、しおりん。ご主人様にご奉仕するにゃ!!ささ、ご主人様の隣に座って座って!」
先輩メイドさんのご指導に圧されて、猫耳メイド姿の坂湊さんが僕の隣に座ってきた。この前に会った時のクールな印象とは打って変わって、モジモジとした仕草をしながら恥じらいの表情でこの僕を見つめてくる。・・・ヤバイ、なんか心臓の鼓動が急に早くなって体中が熱くなってきた。これはもしや・・・ギャップ萌えというやつでは?…尊い、尊すぎる。
加えて、今度は自分の視線を置くべき位置も気になり始めてきた。…紅潮して今にも泣き出しそうな美麗な顔、華奢な二の腕、吸い込まれそうな谷間、フリフリが招き入れる絶対領域。・・・一体、僕はどこに視線を合わせれば良いというのだ。
「しおりんガンバ!!昨日練習した通りにやればバッチリにゃ〜!」
「は、はい。・・・ご、ご注文は…な、何になさいますか?…にゃ・・・ご、ご主人様…」
・・・坂湊さん。ウルウル瞳をしながらの上目遣いでご主人様は流石に破壊力がありすぎる。この瞬間にもう僕の理性は完全にグチャグチャにされ、何だか頭がボーっとして惚気始めてきた。そして脳が思考することを放棄して、ただただ彼女の瞳をずっと見続けている。
見た感じ彼女は入ったばかりの新人バイトか何かで、バイト先にこの猫耳メイドカフェを選んだのだろう…しかし、よりによって何でココにしたのかすごく疑問ではあったが、もうそんな疑問も今の僕にはどうでもよくなっている。目の前の吸い込まれるような美しい宝石をただただ見つめていたいという気持ちの方が勝ってしまう。
「村島勇人は私の主ですのよ。あなたの主ではありませんわ!!」
「お嬢様。ここではご主人様はみんなのご主人様だにゃ〜!」
「あらあら。ウフフ、勇人くん羨ましいわね。」
何だかハルジオンの様子がいつもと違うような…僕と坂湊さんとの間に突然割って入ってきた上に、何かに怒っていて、焦っているようにも見える。だけれども、一体何に?
坂湊さんは以前会った時に悪意のある人ではないことが分かっているはずだが…ダメだ、完全に惚気で頭が回らなくて皆目見当がつかない。・・・ま、まあ僕の気のせいなのだろう。もうそういうことにしておこうか。自然と視界に入った紫音さんも微笑ましい顔でニタニタしながら僕を見ている気もするが…それも気のせいだろう…きっと。




