【コミカライズ】夫に愛する人が出来たと言われたので、私も自由に生きることにしました
言いたい事言ってスッキリできるざまぁが書きたくて……。
よくある感じの流れで練習がてら書いてみました。
お楽しみいただけましたら幸いです。
誤字脱字、気になるところなどございましたら教えていただけますと非常に喜びます。
2021/9/19 追記・修正済み
☆一迅社様より発売の『悪役令嬢ですが、幸せになってみせますわ! アンソロジーコミック ざまぁ編 3巻』にてコミカライズしていただきました!☆
「生まれて初めて愛する人が出来たんだ、レティ……。申し訳ないが、離婚してほしい」
目の前で頭を下げているのは、私レティ――レティシア・ハインベルクの夫である。
夫アーサー・ハインベルクは英雄王と呼ばれた同名の覇王とは違い、ハッキリ言って小国であるこの国すら満足に治められないボンクラ王ではあったが、予想はしていたものの、正直ここまでかと思わず目を見張った。
この夫モドキの言う『愛する人』とやらは、先日拾ったらしい出自すら怪しい少女のことだろうか。
(確信が無いわけではなく、アホらし過ぎて信じたくない気持ちが大きい)
荘厳な大聖堂にて祝福されながら永遠の愛を誓った夫とは結婚して数年、子供もおらず、お互いに契約として婚姻を結んだ者同士の情以上のものはなかったが、流石にあんまりである。
「陛下、『愛する人』というのは、先日狩りに出られた森で拾ってきたというミレーヌという少女のことですか?」
わかりきった内容とはいえ、とりあえず確認はしなければいけないだろう。
そんな気持ちから発した言葉だったが、目の前の夫モドキには悋気にでも見えたのか、サッと顔を青くすると「そこまで調べていたとは……やはり其方は恐ろしい」などとのたまってきた。
言わせてもらえば、自分で調べるまでもなくその場にいた者たちが我先にと顔色を変えて(あるいは頭を抱えて)報告に来たのだ。
自分から振ってきた話題のくせにオロオロしているこの男は知らないであろう、件の少女の過去やら諸々の情報もある。
――面倒だから教えてやるつもりもないのだけど。
あえて花の綻ぶような美しい微笑みを浮かべて口を開く。
「陛下、『愛する御方』と巡り逢われたこと、心より祝福いたします。私とは政略による婚姻ですもの、離婚も承知いたしましょう」
離婚できることの方にこそ、心から喜んでいることはあえて触れないが。
「よ、良いのか……?」
まさか二つ返事で了承されるとは思っていなかったのだろう、驚いた表情で確認されたので、大きく頷いた。
「えぇ、だってバカらしいんですもの。どうせ反対しようが、正論を説こうが、『愛』に目が眩んでいる者には全てお互いを燃え上がらせる燃料程度にしかならないでしょう? 言うだけ無駄というものです。全く迷惑な」
呆けた顔をするこの国を治める王モドキに、畳みかけるように口を開く。
「ただ、アナタが浮気者のクソ野郎だということは心に留めておかれますよう――私達、神の御前で『永遠に愛し合うこと』を誓った仲でしてよ? 神をも恐れぬ不信心者の治めるこの国に幸あらんことを」
「は……」
「愛妾になさるという方法もございますのに、瑕疵の無い異国人の王妃を廃するのですもの、出自も分からぬ『愛する方』とやらを正妃に据えるおつもりのご様子……ふふ、独裁ここに極まれり、ですわね」
赤い紅を引いた口元が、これでもかと弧を描く。
「機を見る力もなければ、人を見る目も無い――救いようの無いお方。ふふ、本当に仕様もない」
するすると紡がれる謗言を言われるがままにしていた男だが、流石にハッとしたようだ。
「レティ、怒っている……のか?」
恐る恐る発せられた言葉に、思わずコロコロと鈴を鳴らすように笑い声が漏れてしまった。
「ふふ、面白いことを仰いますのね……私は一層愉快な気持ちなのですが、まぁ、浮気した夫が罪のない妻に離婚を切り出して、あまつさえ不倫相手を後妻にする気でいるんですもの。普通でしたら『怒る』、という程度では済まされないと思いますわ。正直、刺されても仕方ないでしょうねぇ。だって浮気者のクソ野郎ですもの、頭カチ割られても文句は言えませんわ」
笑いが零れる口元を隠しながらそう言ってやった。
怒りもなく愉快な気持ちというのは偽りではない――怒るほどの情など、元々無いのだ。
そしてこれだけ言われても激昂する様子の無いこの男は、やはり王の器ではない。
激昂したらしたで、応戦するのもやぶさかではないのだが。
舌戦も物理もドンと来いな私と違い、この男にそんな気概は無いだろう。
修羅場すら、この関係では起こりえないのか。
なんだかとても残念な気持ちになって、溜息を一つ吐くと頭を切り替える。
「アナタの事情はもうよろしいですわ。それよりも離婚するにあたっての契約関係の確認を」
質問一つ答えていないアホに言っても仕方ないのだが、後でゴネられても困るので今ここでしっかり伝えておく必要がある。
「輿入れした際に私が持ち込んだものは当然全て引き上げます。婚姻の際に契約の対価として頂戴したものに関しても、契約を履行したものとして離婚後も私の持ち物とさせていただきます。私費で雇い入れた者たちも連れてまいります。――ここまではよろしいですか?」
「あ、あぁ……当然のことだな」
色好い返事に、一つ頷く。
「離婚後、速やかに私は王宮を辞させていただきます。引き止め、妨害等がございましたら反撃させていただきます」
「反撃!? 此方から申し入れているのだ、引き止めたりせぬ。物騒なことを言うのは止すのだ」
「あら、これは失礼いたしました」
彼自身というより、どちらかといえばその周囲に対してへの牽制だったが、兎に角宣言はしたし言質も取ったので良しとする。
「また、この離婚は陛下より申し入れのあったことで、私は不貞を働かれた側。当然見合う額の慰謝料をいただきます。それと、婚姻後に私に贈られたもの・私が入手したものに関しても慰謝料の一部として頂戴いたします」
「不貞……そうだな、レティの言うとおりだな」
素直な上に額面すら言い値で通ってしまい、逆に怪しいことこの上ないが、まぁこれは貰っても貰えなくても正直どうでも良い。
その後もしばらくやり取りが続き――
「そうそう、最後になるのですが、私個人の雇った者でなくとも、もし私の元に来たいという者は受け入れるつもりですの。それについても許可をいただけます?」
じっと目の前の愚物を見つめると、間を置かずに許可が出された。
曰く、「自由意志を抑えつけるつもりはない」のだそうだ。
流石は『愛に生きる者』、とでも言おうか。
――ふむ。
ちなみにこのやり取り、夫婦二人きりで行われているものではない。
呼び出された執務室に入った途端に離婚を切り出されたので、人払いなどされていない。
私は勿論護衛や侍女を連れていたし、周囲には政務に携わる者達が全員集合している。
何が言いたいのかというと、衆人環視のもと、離婚に関する全ての事柄が筒抜けなのである。
ま、私が困ることは何もないんだけど。
「それでは今までお話しした内容に関して、契約書にサインを」
事前に準備しておいた契約書を侍女から受取り、ピラリと執務机に置いてやる。
執務机の傍らに立つ宰相は顔を真っ赤にして怒っているが、知ったことではない。
(ちなみにずっと怒っているし、ずっとスルーされている)
玉璽まで押させて、二枚ある契約書のうち一枚を受け取る。
もう一枚は相手側の控えである。
これで離婚に関する契約は成ったわけだ。
「では、この契約だけでも、お違えになりませぬよう」
既に婚姻の誓い――契約を破っているのだから信用はゼロなわけだが、とりあえずクギを刺しておく。
流石に嫌味なのは分かったのか、苦い顔をしているが全て自分の所為だから何も言えないようだ。
「私から申し上げたいことは以上ですわ。――さて、では大司教をここに」
私から契約書を受け取った侍女が流れるように執務室の扉を開くと、そこには祭服を纏った初老の男が立っていた。
数年前、国王夫妻に祝福を与えたのもこの大司教である。
酷く残念そうな表情を浮かべているものの、音も立てずに入室し執務机の傍らに立つと、滔々と婚姻の破棄に関する手続きを進める。
「……あまりに準備が良すぎないか?」
大司教に手ずから渡された書類――結婚式でお互いがサインした届けには斜線を、離婚用の届けにはサインをし、晴れて私たちは夫婦でなくなり、元夫となった男が少し不満げに呟けば
「あら、これも陛下と陛下の御寵愛を受ける方のことを想えばこそ、ですわ」
しれっと祝福の気持ちの表れであると嘘を吐いておく。
何はともあれ、これにて離婚は成立した。
これから私はこの国の王妃ではなく、ただのレティシアである。
「それでは陛下、ごきげんよう。――恐らくもう二度とお目にかかることはないでしょう」
そう告げ、最後に美しく礼をして、ざわつく執務室を後にする。
「さぁ、さっさと王宮から出るわよ」
軽やかな足取りで廊下を進む。
「レティシア様、嬉しいのはわかりますが足元にはお気を付け下さい」
「ふふ、だーいじょうぶよぉ。カイルは心配性なんだから」
「……職務ですので」
横を歩く護衛――カイルに窘められるが、歩く速度は緩めない。
あとはもう手配済みの馬車に乗るだけなんだから。
王たちは驚くだろう――『離婚後は速やかに王宮を去る』という契約だが、まさか離婚を切り出した当日とは思っていないはずだ。
もぬけの空になった王妃の私室を見たときの反応を想像しただけで面白い。
既に私物は運び出され、馬車に積み込まれ、一部は既に出発済みだ。
そして手配した馬車に乗せられているのは荷物だけではない。
王妃の身の回りを世話する侍女やらメイド、料理人に至るまで全員が撤収済みである。
そのため、もぬけの空になった部屋を見てどんな疑問が湧こうとも、答える者は誰もいない。
政務のかなりの部分に携わっていた元王妃に、引き継ぎに関する事項を何一つ言い出さなかったのだから、残された者は可哀想だが国の主とやらが決めたことなので頑張ってほしい。
しばらくはてんやわんやだろうが、王がもっと働けば良いことであるし、周囲は辞める自由もあるとのことなのだから。
他の者は気付いたはずなので、今頃執務室は喧々囂々の大混乱だろう。
様子を思い浮かべただけで笑みが零れる。
しかし、政務エリアを抜けたところで楽しい想像をしていた私を現実に引き戻したのは、真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる一人の少女だった。
簡素ながら上質の素材が使われたドレスを纏っているのだが、裾にボリュームのあるデザインな上に足さばきがなっていないので、もそもそと歩く様子が日陰の芋虫を想像させる……顔は野に咲く花のような可憐さがあるように見えなくもないが。
既に私が王妃で無いことを知るはずもないのに、少女は脇へ避けて頭を下げるでもなく、どんどんと近づいてくるので周囲が「なんと無礼な……」とざわつき始める。
まぁまぁ、気にしなさんなと肩をすくめたが、それでも険のあるオーラが放たれている。
が、少女はそんなことは気にしない剛の者だったようで、近づいても止まる気配の無い私にとうとう手を伸ばした。
声を掛けるという発想はないのかしら? 野生で育ったという報告は受けていないのだけど……。
恐らく私の手を掴んで止めようとしたのだろうけど、瞬時に護衛が剣を抜き、私に触れることはなかった。
「無礼者! この方をどなたと心得る! 切り殺されたいのか!!」
カイルの抜いた剣は伸ばされた手のひら、皮膚の切れるギリギリのところで止まっているが、恫喝され自分に何本もの剣が向いていることに一拍遅れて気付いたのだろう、一気に顔色は青ざめているが、それでも視線は真っ直ぐに射抜くように私の瞳から離れない。
身振りで剣を下ろすように伝えれば、不承不承といった様子でカイルを含めた護衛たちは剣を収めた。
面倒な気がしなくもないが、彼女に会うのもこれが最後だろうし、話を聞いてみることにした。
私は野生児ではないので、取り敢えず声を掛ける。
「それで、何か私に御用?」
流石に誰何をしなくとも、目の前の少女は元夫の『愛する人』だというミレーヌ嬢だろう。
ようやく望むように対面できたことに満足したのか、剣が収められ恐怖心が消えたのかわからないが顔色は戻ったようだ。
「王妃様にお願いがあるんです!」
「まぁ、何かしら?」
既に王妃ではないが、ややこしいので訂正しないでおく。
興奮しているのか、つい先程まで真っ青だった彼女の頬は、今はもう赤く染まっている。
「どうか離婚を受け入れてください! 私と陛下の仲を裂こうとしないでください!」
「愛し合っているんです!!!」と廊下中に響くバカデカい声で陳情され、不貞を働かれた側なのになんだか悪者にされている感じがしなくもない。
執務室で言ったことをもう一度言うのはめんどくさいので、とりあえず黙ったまま話を続けさせる。
「い、意地悪されても、負けませんからっ!」
仔犬のようにキャンキャンしているが、きっとこの娘は私に出来る意地悪がどの程度のものなのか解っていないのだろう。
無知とは恐ろしいと思いつつも、中々に勇ましいことである。
言われるがままに契約書にサインした愚王に爪の垢でも飲ませてやったら良い。
「ヒロイン気質なのねぇ……恋愛小説の読み過ぎでなくて? ふふ、でも流行遅れね。今ドキ市井では悪役モノが人気らしいのだけど……」
小声で呟いたが、聞こえなかったらしい。どちらにせよ彼女とは好みの本を語り合うような仲にはならないのだから問題は無い。
それにどんなに今の状況を他者の視点に置き換えても、己が悪役たりえないことも確かなので、流行の話題の当事者になることもできないだろう。
目の前の少女は言いたいことはとりあえず言い切ったようなので、先程彼女がしたがったように、手のひらを優しく握ってやる。
一瞬震えたようだったが、私は穏やかな微笑みを浮かべているだけなので直ぐに肩の力は抜けたようだった。
「ねぇ、貴女、ミレーヌさんよね? 陛下の『愛する人』の」
私が彼女のことを知っている様子なのを見てとって、少女の表情に自信のようなものが浮かび、大きく頷いた。
彼女のその得意げな様子はどこから来ているのだろう?
愛されている自信から? それとも王という権力者が恋人だから? あるいは両方?
私のことを王妃で不倫相手の妻だと思っているのにこの態度、清々しい程自信に満ちていて羨ましくすら思う。
彼女と『愛し合っている人』とやらが、つい先程国庫を空にしかねない契約書にサインしたことを知っても、その自信と想いは崩れないのだろうか?
自分が着けるはずだったと思い込んでいる国宝の宝飾品たちが売られていく様を横目にしても?
王位が風前の灯火だとしても?
――いつまた元の生活に戻るか分からない状況だとしても?
是非聴いてみたいところだが、流石にそれは本人たちで話し合うべき事柄なので、私は言うべきことだけを伝えておこう。
「勘違いなさっているようだから言っておくわね? 私は、絶対に離婚を拒否しないわ」
やはり意外なのだろう、驚いた表情を浮かべられていることに私の方が驚いているわよ。
どうして私が離婚したくないなんて思っているのかしら? 本当に不思議。
「私は政略結婚で結ばれただけですもの。『愛し合う』貴女方の邪魔なんてしなくてよ? むしろ、応援しているわ」
そっと耳元に口を近づけ、囁く。
「『愛し合って』いるのでしょう? ふふ、浮気する者は何度でもすると聞くけれど、『本当の愛』ならきっと何も問題ないわよね? ……それに、不能の陛下に御子が出来るなら、それだけでも十分喜ばしいことだわ」
呆けた表情のミレーヌ嬢からするりと手を放すと、私は伴を引き連れその場を後にした。
実際のところ、彼女らが純愛なのかそうでないのか知る由もないのだが――どちらにせよ『愛し合って』いるのであれば相手の心変わりを疑うこともなく、もし妊娠することが無くとも夫の不能により不妊を責められる苦労に悩むこともなく、財政が厳しく贅沢が出来ずに新しいドレスを仕立てることすらできなくても、そう、もし『愛する人』が国を乱したせいでその地位を追われたとしても――きっときっと幸せに暮らすはずだ。
お互いが『愛に満ちた曇りなき眼』で見つめ合っているのだから、きっと大丈夫。
頭の軽そうな者同士、実によくお似合いだと思うし、心から祝福しているというのも本当のことである。
どんな苦難が待ち受けようとも、離れることなく立ち向かっていって欲しいものだ。
鼻歌を歌いながら、そう祈った。
***
「ところでこの馬車はどちらに向かっているのです?」
今度こそ滞りなく用意した馬車に乗り込み、意気揚々と出発したところでカイルが口を開いた。
「あら、言ってなかったかしら? シャンニエよ」
「『宝石の都』、ですか。成程……」
シャンニエは潤沢に宝石を含む鉱石の産出される鉱山の街である。
この土地で採れる宝石や鉱石は、このハインベルク王国の輸出品の中でも輸出量・輸出額共にかなりの割合を占めている。
カイルの言うように『宝石の都』とも呼ばれる一大産業都市だ。
「私は、てっきりアルノーへお戻りになるものと」
カイルの言葉に首を横に振る。
アルノーは私の生まれ故郷の国である。
私はアルノーの姫として育ち、隣国であるハインベルクへ嫁いだ。
軍備に力を入れているアルノーからは軍事力を、小国ながらそれなりに豊かであるハインベルクからは鉱石を、それぞれの利になるよう契約を交わすために使われたのが、私の婚姻だ。
アルノーは一応強国とされているが、現実は軍備に力を入れざるを得ない状況の中、軍事費の圧迫により毎年冬を越すのがやっとといった有様で、軍事力を差し出すことでハインベルクから格安で宝石を仕入れ、更に他国へ売ることで財政を補填。また鉱石は兵器開発の材料ともなる。
ハインベルクは産出される資源を用いて産業の発展を進めていたが、急速な成長により他国より狙われることとなり、小国故見逃されていた過去から国防に関してほとんど機能していなかったところを、アルノーから熟練兵士の派遣による軍備増強と兵の育成、もしもの際の強国の後ろ盾を得る。
まさかのハインベルク王による愚かな離婚劇など無ければ、両国とも順当に国力が高まる、はずだった。
「ふふ、ハインベルクの王は愚かなボンクラ凡王だということはわかりきっていたはずなのに、石コロの為に私を送り出した国になど戻るものですか」
愚かさで言えばアルノーの父王もどっこいである。
生みの母は既に亡くなり、後妻との間の跡継ぎ王子は甘やかされて育てられているため、次代にも期待は持てない。
そんな国に戻ったところで、どうせまたどこか別の国だか臣下だかに嫁がされるのが関の山だろう。
私たちが白い結婚だったこともいずれ知られるはずだ。
もし奇跡的に国に留め置かれたところで、周りは脳筋ばかりなのだから直ぐ飽きるに決まっている。
「では、アルノーに戻らず、シャンニエに向かわれる理由をお尋ねしても?」
カイルの問いには、この状況を面白がっている響きが含まれている。
さて、離婚して元ハインベルク王妃となった私が故郷に戻らず嫁した国の一都市へ向かう理由、それは――
「シャンニエが私のモノだからよ」
離婚の際の契約で、私が持ち出したものは多い。
金貨・物品・雇い入れた人員のみならず、婚姻時に持ち込んだもの・贈られたもの――それは輿入れ時に伴としてやってきたアルノーの熟練兵士たちと、『宝石の都』シャンニエの管理権限である。
婚姻後、ハインベルクの軍備が整った後で宝石・鉱石の輸出量・輸出額を勝手に以前のものに戻されないように、アルノー側の要求した対策の一つが『アルノー出身者である王妃が資源産出地を管理すること』だった。
初めは対アルノーへの資源輸出の権利に留まっていたが、精力的に政務に参加し能力を発揮していった結果、今では『宝石の都』シャンニエを含むいくつかの領地は名実共に私のものとなった。
保有領地を現地で実際に管理・運用しているのは私の任命した代官たちである。
『婚姻後に贈られたもの・入手したもの』も私のもの、ですもの。
シャンニエはハインベルク国内に於いてアルノーとは真反対側の別の国との国境付近に位置しているため、地図上ではシャンニエとアルノーの間にハインベルク王都が挟まる形となるのだけど、故郷と正反対に位置する領地だからもしもの際も問題ないとでも思っていたのかしら?
「――ではシャンニエで、レティシア様は何をなさるおつもりで?」
当然、一領主としてハインベルクに属するつもりは毛頭ない。
私は秘め事を話すように、密やかに声を落として囁くように言葉を紡ぐ――勿論、馬車内の者には聴こえる大きさで。
「ねぇカイル、市井では女性の働き手も増えて、家庭に押し込まれることを良しとせず、仕事に生きがいを見つける方も多いのだとか……。ふふ、私もまだ二十になったばかりだし、まだまだ若いからきっと色んなことが出来るわ? だからね、私思うのよ。――愚かなボンクラ共でも務まっていたことを、私ならもっと上手に出来るのではないか……ってね」
人差し指を笑みの浮かんだ唇に当て、続ける。
「――だから私、国の主に、女王になろうと思うの。どうかしら、良い考えではなくて?」
私の発した無邪気な言葉で、馬車内はドッと笑いに包まれた。
勿論、嘲笑の類ではない。
ちなみに、アルノーの姫であった頃から私の護衛であり最も頼れる側近であるカイルを含め、私の周囲の者がこのことを知らないはずがない。
この会話はただの馬車内での暇つぶしの茶番である。
『宝石の都』シャンニエを基盤とした都市国家を興すことは、私の描いていたプランの一つだ。
勿論、ハインベルク王が凡愚なりに一生懸命であれば全力で支えるつもりであったし、故郷アルノーを富ませる方法も無くは無い。
だが元夫は私を裏切り、生まれ故郷にはイマイチ興味が持てない(隣国の王妃として接してみて、見えた面もあった)。
今まで国を治める者を支えるために奔走してきたが、あるとき疲れてふと立ち止まり、辺りを見回したときに、案外みんなそれぞれ自由に生きているんだなぁと気付いた瞬間があった。
その事実が胸を衝いたとき――私も自由に生きようと思ったの。
数々の要因があり、結果として私は今、シャンニエに向かう馬車に志を同じくする伴――友たちと乗っている。
国を興すなど、容易なものではないことは百も承知している。
しかし、現在馬車を護衛している兵はハインベルク禁軍の約半数であり、私たちが通った街々では戦でも始まるのかという話題で持ちきりだろう。
この兵たちは、輿入れ時にやってきた元アルノーの熟練兵士たちと、それに連なる者たちだ。
元々は交代制で派遣された者達だったのだが、いつしか私を慕う者達でメンバーが固定されていた。
彼らの家族も、アルノー・ハインベルクそれぞれからシャンニエへ先んじて居を移している。
兵力は十分で、軍備に関しても直に整う。――シャンニエは貴重な資源が採掘され、以前よりそれを狙う者たちから襲撃を受けることも少なからずあったため、いつしか街の周囲には堅牢な石垣が築かれた立派な城郭都市である。
武器は原料の産出地であるため、不足することも無いだろう。
国の運営に関しても、今まで元夫に代わりやってきたことであるし、ハインベルクから有能な官吏達が続々と到着してくるだろう――主たる王が公然と「引き止めない」と、つまりは「頼りにし留め置きたいと思う者は居ない」と言ったも同然なのだから。
既に声を掛けた者もいるし、あの場で察して、検討する者もいるだろう。
もし当てが外れても、既にシャンニエにも有能な者を配しているし、まだまだ先は長いので気長に優秀な若者を探し、教育しても良い。
財政に関しても、今の時点で不安に思う所はない。……そして更に今日受け取ってこなかった慰謝料をふんだくる予定もある。
かなりの額だが、無事に支払われるのだろうか?
どんなやり取りが発生するのか、今から宝箱を開けるようなワクワクとした気持ちでいっぱいだ。
***
そして私は『宝石の都』シャンニエを首都とした国の女王となった。
国の名は、ジェンノーに決めた。
レティシア・ジェンノーの物語はそうして始まった――。
領地が離反した形となったハインベルクと、頼みの兵士をごっそり引き抜かれたアルノーからは予想した程の抵抗は無かった。
それぞれ失ったものが大きすぎて、心情はどうあれ、直ぐにどうにかすることは不可能だったようだ。
近隣の国々も、しばらくは様子見といったところだろう。
女王として私がまず行ったのは、ハインベルクからシャンニエを通る街道の閉鎖だ。
街道というか、ハインベルクからやってくる人も物資も通れなくするためにそちら側の門を閉じた。
勿論、この国に定住したい者は受け入れているが、それ以外のハインベルク側からの入国は許していない。
シャンニエの街道はハインベルク首都から隣の大国までの主要ルートである。
輸出ルートはほぼここを通るため、整備された大きな道なのだが、通してやる義理は無い。
勿論他に道はあるので、そちらを使えば良いのだ。
整備されていなかろうが、山越えが大変だろうが関係ない。たとえ輸送費がかさもうが、道は道である。
ここを通れないのはアルノー側も同様で、ハインベルクを挟む形となっているため輸出ルートは同じなのだ。
アルノー・ハインベルク共にシャンニエの隣の大国が主な輸出先だったが、これで両国共に財源の確保を輸出に頼ることが難しくなる。
――どのみち輸出する宝石や鉱石などが手に入らなくなるので、干上がるのは時間の問題だ。
私も鬼ではないので、大国側からの通行は許可しているから物資の確保は可能である。
ただし、それなりの通行料を課しているので、今まで以上にお金はかかるけど。
ハインベルクからの慰謝料については、宰相が知恵を回したのかなんだかゴネていたようだけど、街道の通行許可をチラつかせたらしぶりながらも全額回収することが出来た。
『約束した慰謝料も払わない国へ開く門は無い』と言っただけなので、慰謝料回収後もやっぱり通してやらないのだけど。
――あら、悪徳っぽいかしら?
自分のものを使わせるかどうかは私が決めることですもの。
不義理をするような相手の国を受け入れる程、私は優しくなくてよ?
望んだ通り、ハインベルクの政務を担っていた優秀な人材・その家族を含め、順調に人が流入している。
優秀な人材の穴を埋めたのが地位に目が眩んだ下級貴族たちだったようで、そんな者ばかりが集まったため汚職の横行もし始めているそうだ。
そしてハインベルクは王のやらかしが大きすぎたため、血を分けた弟である公爵に王位を譲っては? という風潮となっていて雲行きが怪しくなってきているのだとか。
数年後、ようやく形ばかりの反抗としてアルノー・ハインベルク連合軍による侵攻が行われたが、自ら護衛を辞したカイル率いるジェンノー軍により、呆気なく撃破された。
無傷にて凱旋したカイルは、私へ勝利と、それはそれは素晴らしく素敵なプロポーズの言葉を奉げ、私はそれを受け入れた。
運命を懸けた決死の進軍が失敗に終わり、アルノーには軍備を維持する体力がなくなり、ハインベルクはいよいよ現王を担ぐ者たちと公爵を王に据えたい者たちで争いが起き始めた。
実は公爵陣営に後援を持ちかけられたのだが、はっきり言って旨みも無ければ公爵は公爵で見どころが無いので、特に私が何かすることは無かった。
さて、今のところ元夫のハインベルク王が再婚したという話は聞かないので、ミレーヌ嬢と結局どうなったのかは私には分からないままである。
実は再婚したが公表できる状況にないのか、結婚を周囲が許さなかったが『愛し合う者同士』傍で支え合っているのか、ミレーヌ嬢を快く思わない者たちによって排除されてしまったのか、様々な状況の中で『愛』が薄れてミレーヌ嬢が去ってしまったのか――色々な想像が掻き立てられるが、真相を知ってしまってはつまらないので、風の噂で耳にするまで私から調べるつもりはない。
その後子供が育ち、個性が見え始めてきた頃、血の繋がりによりジェンノーの王位を強制する必要の無いことに気付き、資質と責任のある者が国を治められるように、自らが興した国の王政すら廃した。
――私はこれからも自由に生きていく。
初めはざまぁで財産ぶんどる程度だったのですが、気づいたら女王になってました(汗)
更に補足するとレティシアの亡き生母はシャンニエ寄りの隣の大国出身であり、レティシア個人に多額の遺産(母の持参金)を遺している。またその国を治めているのは母の兄(レティシアの伯父)であるため、建国した際の後ろ盾もバッチリ。
2021/9/19 読み直して気になったところや説明不足感のあった箇所を追記しました。
どういうところがざまぁになるのか色々書き加えています。
くどくなっていたらゴメンナサイ……。