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6-9話 交差していく夏(3)

【読者さまのコメント】

高松は夏村さんの勉強を見て、焦りを覚える。

彼女に比べて自分はどうだろう?

どうして成績は伸びないんだろう?

悩んでいると、通信添削の先生からきちんとしたアドバイスが。

それを受けて高松は再び悩み、そして──夏村さんとケンカした!!!

 ◇◇ 八月七日 ◇◇


 朝、学校でトレーニングし、午後、夏村さんとの勉強会という流れも一週間が過ぎた。

 相変わらず、井上さんのアプローチは強烈なものがあるが、一人でトレーニングするよりは楽しくすごすことができた。

 勉強会と言えば、変化があった。

 昨日、多江ちゃんが俺の家にお見舞いと言って遊びに来てくれて、そこから三人で勉強会をしようと夏村さんが言い出して夏休み中は一緒に勉強会をやることになった。

 その日の晩、夏期講習を終えて帰ってきた晏菜が、その話を聞いて一人で切れていた。

 相変わらず、小倉さんのことを気に入らない様子だった。


 今更になってしまうが、夏村さんの進学塾での授業内容とテキストの構成を見ていると、いい内容の授業をうけているなあと感心させられた。

 夏村さんと一緒に通えばよかったと思えるほどの充実ぶりであった。

 そんなテキストを使っての勉強を一緒にやっているうちに、自分が通信添削を選んだことが、失敗だったのかと思えてしまった。

 何しろ、送った解答用紙の返信が来るのに一週間もかかるからだ。

 返信が返ってくるまで、どんなに添削されてくるのか、待っている時間が不安を増加させた。

 

 この一日のスケジュールだと、勉強の時間も充分取れるので、バリバリ解答しては一回に複数回分の解答用紙を送った。

 怪我でやる気を無くしていたこともあったが、まずは夏休みの宿題を終わらせたかったので、そちらを優先した。

 そのため、丸々一ヶ月分の教材が溜まっていたので、宿題が終わった後で気合いを入れて、夏村さんが帰ったあとも一人で少しずつ進めていった。

 確かに、有名大学受験者向けとあって、問題の難易度も高かったため、問題を解くこと自体には満足だった。

 しかし、郵送での返信となるとどうしてもレスポンスが遅くなってしまう。それが嫌だった。

 そして送り始めて一週間後くらいから、できた順にパラパラと解答用紙が送られてきたのだか、赤ペン先生、なんでこんなに追加の情報を書いてくれるのかと思うぐらい、赤ペンでぎっしりと解答用紙の空いた場所を埋めてきた。

 中には解法をいくつも書いてくれているのはとても勉強になった。

 先生の中には何度も担当してくださる先生もいたので、これ幸いと思いながらも、不安に思っていた自分の勉強方法での行き詰まりについて相談してみたりした。


 しかし、さすがにそんなことにレスしてくれる先生はなかなかおらず、ただ頑張ってくださいと返信が来るのがオチだった。

 まあ、色々な情報を与えてくれたことに感謝はしたが、自分のモヤモヤを解決することには至らなかった。

 そんな時、いつもほかの先生よりも遅れて返信してくる先生から、『何か相談があるのなら相談乗るぞ』というレスポンスが来た。

 解答用紙の上には『芹沢』という印が押されており、芹沢という先生であることは理解出来た。

 その後、返信された解答用紙とともに紙が添付されており、『何か相談事あったらこっちにこちらのIDにライン送ってください』と連絡先を送ってきた。

 紙には別の人が書いたであろう『記載内容確認済み』という手書きのコメントとサインがされていたことから、通信添削の会社が芹沢先生から別添の紙の主旨を確認し、同封を許したことを意味しているのかと思った。

 まあ、俺のラインは登録している人は限られているので、多少、疑心暗鬼になりながらもラインに先生のIDを登録し、お礼の文章を送ってみた。

 その後、夜まで放置されたので心配にはなったが、深夜に突然書き込みがあった。

『ごめんなさい、遅くなっちゃって。芹沢です。一応変なサイトへの勧誘ではありませんのでご心配なく』

 まあ、初対面でこんな冗談書く人なら大丈夫だろうと思い、こちらも返信した。

『高松と申します。いつも添削ではありがとうございます』

『はい、覚えいますよ。しっかり回答できてるし、よく理解して質問していることが分かります。ところでどんな勉強の悩みなの?』

『実は高校一年の時の偏差値とほとんど変わりがないんです。頑張っていてもなかなか上がらないし』

『では、全科目の偏差値を高校の一年の初回と最近のを教えてくれるかな?』

 俺は、机の中から初回の成績と直近の成績を取り出し、ラインに書いて芹沢先生に送った。

 するとまもなく芹沢先生から返事が届いた。

『ふ~ん、ところで高松くんはどこの大学狙ってんの?』

『具体的にはまだ決めてなくて…… それとちょっと大怪我しまして、左手が思うように動かないんですよ。だから、志望校を見直そうかと思って』

『君、結局、何になりたいの?』

 まさか、俺が以前、夏村さんになぜ勉強したいのかその理由を聞く時に言った言葉を丸々芹沢先生に言われるとは思わなかった。

『あのさ、こんなこと言っちゃって悪いけど、君どこに向かってるの?  成績全国一位とか狙っているの? そんなんじゃないんでしょ? もしそうだったらゴールもない道をうろついているだけじゃん。 それで偏差値が伸びない?  必要なのは自分が行きたい大学合格に十分な偏差値をとる事じゃないのかな? まずは目標設定でしょ』

 あまりにもごもっともなお言葉である。

 まずは目標設定が自分には必要だと思った。

『あと、偏差値って試験を受けた集団の中でどのくらいの位置かという指標だから、偏差値が同じでも受験者が増えれば自分より成績のいい人も増えるけど、悪い人ももっともいると言うことなんだよ。だから今の偏差値自体が全く悪いものではないので、この成績を維持していること自体、充分価値のあることなんだよ』

 確かに、自分より成績が良い人達が増えたことばかりを気にしすぎて、偏差値の本質を忘れていたことに気づかされた。

『分かりました。何か考え違いなことしていたことに気づきました。ありがとうございます!』

『ちなみに、君、知り合いで、成績が急激に伸びている子がそばにいないかい?  多分、その子の成績の推移に気を取られ過ぎたのかもしれないよ』

 確かに、俺は夏村さんの成長に引っ張られ、それに焦ってしまったのかもしれない。


 意外と進学塾の先生とはなかなか出来ない話ができたと思った。

『俺、進学校出身じゃないからすごく成績の伸びばかり気になったんだけど、君も進学校じゃないのかなと思ったんだよ。 誰でも通る道だから気にしないで頑張りなさい。それと早く自分のゴールを見つけること』

 確かにそのとおりである。

 俺は夏村さんに勉強を教える時に、彼女から目標を聞いたはずだ。

 その時、夏村さんは何になりたいのかと聞かれて、それに向かって一途にがんばっている。

 おれは『応援』という言葉にかこつけて、自分の進路の決定を伸ばし伸ばしにしてきた。

 真剣に考えないといないなと俺は思った。


 それから俺はもしものことを考えて左手にハンデがあってもできる仕事を探してみた。

 今週も月曜日はリハビリ科を受診し、学校のトレーニングとは別に理学療法士の方とリハビリを行った。

 その帰りにCORSOの須原屋という本屋で職業の本を立ち読みした。

 もともと俺はコンピュータの入力は右手はブラインド、左手は人差し指でタイピングする癖があったため、コンピュータを使う作業は問題ないと考えていた。

 その他にはデザイナー、事務職、在宅業務…… いずれも収入が安定する職場ではない無いように感じた。

 本を読むと『手が不自由』=『障害者』と言う文字がついて回る。

 左手の中指、薬指だけ不自由なだけでも世の中は『障害者』扱いなのかと混乱してしまう。

 気分も落ち込み、読むのを止め、家に向かった。


 リビングダイニングを通り、階段を上がり、自分の部屋に入る。

 好きなバンドのポスターが目に入る。俺は、

「くそっ!」と言いながら、ポスターを壁から剥がしとった。そして、

「くそっ! くそっ! くそっ!」と言いながら、剥がしたポスターをビリビリ破り捨てた。

 俺には何もない!

 趣味の大好きなギターも演奏できないのでしまい込んだ。

 大学に入ったからと言って何もできない!

 卒業したからと言って何にもなれない!

 その言葉とともに手の中にあったビリビリのポスターは小さなゴミへと変わっていった。

 その上、不自由な左手からゴミはポロポロと落ちていく。

 自分の不甲斐なさから、左手をテーブルに叩きつけた。しかし、痛みはほとんど感じなかった。

 もう、俺は夏村さんの応援だけでいい。

 俺には大学受験の勉強が無駄なもののように思えてきた。


 今日も、夏村さんと多江ちゃんは一緒に俺の家にやって来た。

 俺は二人を部屋に通すと、

「飲み物もらってくるから、ちょっと待っていて」

 と言い部屋を出た。

 その時、部屋の変化を夏村さんは見逃さなかった。


「入りま~す!」

 といい、俺は部屋の中に入り、テーブル前に座っている二人の前にコップを置いた。

 すると同時に夏村さんは急に立ち上がり、俺の胸倉をつかんだ。

「おい、お前。何、たくらんでるんだ! 壁のポスター、どうしたんだ! お前の好きなバンドだったんだろう?!」

 俺は夏村さんから視線をそらし、何も答えなかった。

「このゴミ箱の中の、この紙の切れ端はなんだ! これポスターの残骸だろう! お前何考えているんだよ!」

 俺は押さえきれなくなりこう叫んだ。

「俺はもうギターを弾けないんだよ! どんなにがんばっても、いい大学に入っても、○○大学の出身ですということしか残らないんだよ! 俺の障害はいつでもついて回る。俺は満足な仕事につけないんだよ! だったら頑張る必要ないじゃん!」

 と言い終わるや否や夏村さんは俺の顔をぶん殴った。

「ふざけんな、お前。ヤンキーたちを更生させるとき、お前なんて言った。『まだ時間はある。高校卒業までに行きたい道を考えろ』って言ったよな! それをお前から破ってどうするんだ! なぜ、もっと時間をかけない? なぜ、もっと考えない?!」

「もうそろそろ進路を決めないと大学も決まらない。その向こうにある就きたい職業をかんがえたんだけど、全く想像できないんだよ!」

 と俺が言うと、夏村さんは再度俺の顔を殴った。

「どんだけお前、それを決めるのに時間かけたんだ! 一昨日ぐらいはニコニコしていたのに今日は打って変わって! ぜってえ一日、二日しか考えてねえよな! もっと考えろよ! そのための夏休み期間じゃねぇのかよ!」

「夏村さんに俺のつらさが分かるわけないんだよ! どんだけ考えたか!」

 と俺が言うと、今度は多江ちゃんが俺の頬をひっぱたいた。

「かずくん、それは言い過ぎだと思うよ。最近いつもなっちゃんと一緒に帰ってきているけど、いつもなっちゃんはかずくんのことばかり考えているんだよ。それを、そんなことをかずくん、言っちゃだめだよ!」

「夏村さんも、多江ちゃんも自分の進む道が見えているんだよ。でも、俺には…… 俺には全部がリスタートなんだよ!」

 すると、夏村さんは胸倉をつかんでいる手を離した。

「いいじゃん。リスタート、しようじゃないか。お前に時間をやる。その間じっくり自分探ししろ! そして決まったら俺に報告しろ。そしたら、俺も高松の家に嫁に入るか、嫁になっても俺が働くか決める。じっくり考えて回答しろ!」

 言っていることはカッコいいのだが、俺の嫁になることは確実なように聞こえた。

 すると、それを見ていた多江ちゃんはこう言った。

「以前、かずくんに言ったかもしれないけど、私の父の知り合いに神経に関する有名な先生がいるの。そこに相談してみたらどうかな? もしかして役に立つかもしれないよ」

「うん、こちらは藁にも縋りたい気分なので頼むよ。イタタ……」

 さすがに、パンチ2発、平手打ち1発は俺の不細工な顔を腫らすのには十分な威力だった。

 だけど、短気はよくない。確かに全然考えていないのに結論を出していたよなと反省しきりであった。


 すると多江ちゃんの対応は早かった。

 翌日には来週八月十三日月曜日の朝九時に神経内科の有名な専門医であるJR東京病院の神経内科横井部長のアポイントをお父さん経由で取ってくれた。

 と言っても突然病院にかかると初診料がバカにならないと思ったが、紹介状まで多江ちゃんのお父さんはすでに準備してくださっていたのだ。


 ◇◇ 八月十三日 ◇◇


 結局、両親は盆の入りということもあり、自宅を離れられなかったので俺一人で病院まで行った。

 さすがに世間は盆休みと見え、浦和から新宿までの湘南新宿ラインは空いていた。

 新宿駅新南口を出て、サザンテラスエリアを歩いていくと右側にJR東日本の本社があり、そこからウエストデッキを渡ると左側にJR東京病院はある。

 新宿からは徒歩数分で病院に着いた。


 俺も初めて、神経内科という科を受診したが、結構状態が大変な患者さんが多かった。

 車いすに乗り、車いすの後ろに呼吸器をつけて、そこからのびた管がのどにつながっているらしく首の周りは包帯で巻かれ隠されている人。

 口が開いたままになってしまうので、唾液を付き添いの家族に拭いてもらっている手足が不自由な人。

 手や足の震えがひどく、付き添いの家族から終始手足のマッサージをしてもらっている人。

 からだ中にいぼのような出来物が出来て、それが触れるだけで痛そうな表情をする人。

 そんな患者さんの中で、俺一人、指の一つ二つが動かないからと言って受診していると考えると、他の患者さんには失礼な上に、背負っているものが違いすぎるなと思った。


 そんな時、映画『ロボコップ』に出てくる主人公が動作する時に発するようなキュイーン、キュイーンというかすかな音を立てて歩いてくる人がいた。

 付き添いの人が患者さんの背中のスイッチのようなものを押すと患者さんは席に座ることができた。

 そして、その患者さんは予約が俺よりも前だったらしく、先に順番を迎えた時、付き添いの人が再びスイッチを入れると、患者さんは容易に立ち上がることができた。

 俺は失礼ながら聞き耳を立てて、診療室の話を聞いたのだが、この患者さんは筋力の衰える病気で自分で立ったり、座ったりが出来ず、背中に付けたロボット器具のおかげで筋力の補助がなされ、立つ座るの行動が容易になったということだった。


 個人的にも、理科系人間を主張する俺は、患者さんそれぞれの手助けをしている器具に興味が沸いた。

 そこで、患者さん、特にご家族には悪いのだが、器具がどのように患者さんを助けているのかをじっと観察していた。


 その後、医師との問診、各神経の検査を実施し、十六時ごろ再度、横井先生と面談した。

「今日はお疲れ様でした。結果の詳細は小倉先生にお送りするとして、概略をお話しすると左手の中指、薬指につながる神経は切断部位で接合はしているのですが、その接合の自己治癒の速度が遅いようです。よって他の指と同じように動くようになるのはかなり時間はかかると思いますが、最終的には感覚も可動も問題なくなるとは思います。ただし、いつ完治するかまではわかりません。それまでは効果はわかりませんが活性型ビタミンB12の多量投与で様子を見ましょう。ビタミンの一種なんですが、神経の損傷から改善してくれる効果が期待されています。副作用はほとんどありませんが、尿が赤く着色します。それを完治するまで続けるということになります」

「わかりました。薬は毎月もらいにくればよろしいですか?」

「六か月分、院内の薬局からお出ししますのでこちらを飲んでいただき、また六ヶ月後に再検査と言う形になります」

「ようは六か月ごとに検査と薬をもらいに来いということですね」

「そうです」

 そう話しているとき、ふと先生の席の横にあったパンフレットが目に入った。

 それは外来で待っている時に見た、患者さんが背中に背負っていた器具と同じものだと気づいた。

「先生、初対面で恐縮なんですが、机の上にある、そのパンフレットは何ですか?」

「ああ、これ? 神経の病気で自分で立ち上がることのできない人に装着することで自立できるようになる補助器具というかロボットみたいなものなんですよ。興味ありますか?」

「理科系の人間なので器具や機械に興味があるんですが、こういう医療用の補助器具っていうのもあるんですね」

「この商品はメーカーが作って、医師がメーカーの意図通りの活躍をするかを試験して承認をもらえるとメーカーは販売できるんです。それも国に承認してもらえれば、国民健康保険で費用の一部がおちるから患者さんにとってはとても有益なんですよ」

「こういう機器の設計とかはメーカーがやっているのですか?」

「いや、この商品は医師が発案してメーカーと共同して開発して承認を取っているんです」

「これもお医者さんの仕事なんですね」

「はい、こういう仕事も医師の仕事なんですよ」

「わかりました。勉強になりました。ありがとうございました!」


 会計を済まし、大量の薬をもらって病院を出ようとした時はすでに正面玄関は閉まっており、裏口から出るしかなかったが、そちらの方が新宿駅には近かった。

 病院を出ると俺は自分の状態がたいしたことではないことの安堵感とは別に何かほかのものを得られた気がした。

「俺、自分の不自由さがあることで体の不自由な人を助けることができる器具が世の中にあるってことを知ることができた。この怪我も何かの縁だな。ちょっと、医療機器について調べて、それに関係する職場ってどんなところか調べてみるか……」

 と思い、湘南新宿ラインの乗り場が近い新宿駅新南口改札に向かった。

当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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編集記録

2022/11/01 校正、一部改稿

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