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6-2話 それぞれの夏(夏村)

【読者様のコメント】

今回は夏村さん視点の回!

いよいよ大手進学塾の難関コースが始まる!

夏村さんはここ最近、高松に遠慮していた。

怪我をさせてしまった。それが負目になっている。

でも、そんな彼女に高松は笑顔を見せてくれる!

勉強頑張ろう! と思ったけれど?!

 ◇◇ 七月二十三日 ◇◇


 今日から、進学塾が始まるけど、その前に和也の声が聞きたかった。

 例の事故前までは気が付くといつも横には必ず和也がいてくれた。

 和也が入院した後、期末試験、終業式と和也には会うことができたが、自分からすすんで和也の自宅に会いに行くことは避けてしまっていた。

 それは、さよりからの攻撃を防げなかった負い目があったからだ。

 実は、和也に他人からの暴力に対し守ってもらったのは、今回が初めてじゃない。

 はるか昔の思い出……

 たぶん、和也は覚えていないと思うけど、ずっとそのことが忘れられなくて、今もあのときの和也を追いかけてしまっているのかもしれない。

 自分にとって和也は王子様のような存在だったんだ。

 そして高校で再び出会ったとき、やはり王子様は王子様だった。

 だから、今、和也に会えていないことがとてもさみしかった。

 携帯では毎日のように話はしているが、元気な和也の笑顔が見たかった。

 しかし、怪我をしている現状、声だけでも進学塾に向かう自分の肩を押してもらいたかった。


 さて、進学塾に行くとは言っても着飾っていく必要もないだろう。

 だからといって、いつも家で和也とくつろぎながら勉強をするときのようにスウェット姿はまずい。

 無難なパンツにTシャツ姿で行ってみよう。

 外は暑いし、背中にはリュックを背負うので、リュックで乾かなかった汗が原因で、下着のラインが見えてしまうのは格好が悪い。

 見えずらい色のTシャツを選ぼう。

 まずは、初日行ってみて、他の女子がどんな格好をしているかで、明日以降の服装は決めようと思った。

 

 化粧台の前で髪をセットしているときに携帯が鳴った。

 和也からだ。

「おはよう、どうした?」

 本当に電話が欲しい時にしてくる和也は本当に策士だ。

 人を落とす方法を熟知している。

「いや、今日から進学塾の日じゃなかったかなと思って確認の電話してみたんです」

「ああ、ありがとう」

「てか、何で電話してこないのさ! あんだけしょっちゅう家に来てたのに、事件以降ピタッと来なくなるし」

「悪りぃ、やっぱ罪悪感というか…… 行きづらいというのがあって……」

「通知表も見せにきてくれてないよね。両親も夏村さんの成績はどうだったの? って心配していたよ」

 そういえば、終業式の日、和也と一緒に帰りはしたが、ご両親と顔を合わせづらくて浦和駅で和也と別れて自宅に帰ってから、高松家には一度も行っていなかった。

「悪い、今度持っていく……」

 と、反省も含めて低い声で答えると、和也は、

「ごめん、お願いがあるんだけど」

「どうした?」

「夏休み中の勉強の件なんだけど、もしよかったら、夏村さんの家でというのを俺の家でに変更っていうのはいかがでしょう? まだ、腕が痛いんで、来週の抜糸までは家にいようと思ってまして」

 以前、夏休み中は和也が俺の家に来て一緒に塾の復習をしてくれるという話だったが、けがでつらいのだろう、和也の家でというのはどうかという提案だった。

 当然、今日からの話であろうと納得し、こう答えた。

「いいよ、お前の家に行ってやる。じゃあ、通知表ももっていかないとな」と提案を了承した。

「ありがとう、こっちの都合を了解してくれて。ごめん、遅くなっちゃうといけないね。夏村さん、がんばってね!」

「おう、ありがとう、がんばるぜ! お前も気を付けろよ」


 一気に不安が消し飛んだ感じがした。

 やはり、和也の声を聞くと心が強く持てる。

 とはいえ、講習終わったら和也の家か……

 服と髪型を再設定する必要がないか再度確認しなくては。


 自宅から浦和駅までの道は周りに高いビルが点々とあり、日陰を通っていけるので、少しは暑さをしのげた。

 私立文系クラスの授業とは言え、学校の教科書よりもテキストは分厚く、背負ったリュックはドッカリと背中を圧迫する。

 昨日、和也と勉強会をしての登校であれば、予習もしっかり和也がサポートしてくれたであろうが、昨日は一人でがんばった分、不安が募る。

 そして、駅に着くと、みどりの窓口で一か月間の通学定期を購入するため、列に並んでいると、肩を誰かにたたかれた。

 やさしい……

 たたき方で一瞬で肩をたたいた主が誰であるかわかった。振り返ると、

「初日ぐらい、『いってらっしゃい』させてもらおうかなと思ってきちゃった」

 とはにかみながら笑う和也がそこにいた。

「お前、傷大丈夫なのか?」

「大丈夫! 今は朝飯食べて、痛み止め飲んだから痛くないよ。でも、やっぱ直に夏村さんをみると元気が出るなあ。事故の後、全然会いに来てくれないんだもん。元気半減」

 相変わらず、和也は俺も照れるような言葉を簡単に言ってくるので困る(そこがうれしいのだが)。

「悪かった。通知表は持ったから、授業終わったら電話する」

「了解! じゃあ、部屋きれいにしておくね。手つかずの通信添削の資料がドバっと来ちゃって、放りっぱなしなんだ」

 そうか、夏休み受講すると言っていた通信添削の教材はすでに届いていたんだな。


 通学定期をカードケースに入れ、和也と一緒に改札まで並んで、話しながら歩いた。

 夏という暑さにも関わらず、ぱっと光が心の中に差し込んだが、まったく追加の暑さを感じない、かえって心が安らぐ心地よさだった。

 改札機に定期をタッチし、振り返る。

 すると『いってらっしゃい、がんばってね』と言い、右手を振る和也がいた。

「うん、頑張ってくる。わからないところは教えてくれな!」

と言いながら軽く手をふり、湘南新宿ラインのホームへつながるエスカレーターに向かった。

 あっ、そうだ。和也に大切なことを言うのを忘れていた。


 ありがとう!


 と心の中で思い、エスカレーターに乗りながら、改札口を見ると、和也はまだおり、軽くうなづいていた。

「多分、通じたな」

 と勝手に想像し、エスカレーターを速足で登っていった。


 湘南新宿ラインを新宿まで乗り、新宿から代々木まで山手線に乗った。

 代々木駅は駅の後方に進学塾に近い改札があるため、後方の車両に乗った。

 以前だったらこんなことは考えもしなかったが、和也と付き合うことで、『効率的』という習慣ができたと思った。

 どの車両に乗ったら出口の階段に近いか、どのように行ったら車も少なく、安心して目的地に行けるかなんて考えたこともなかった。

 知らぬ間に和也色に染められているなと思うと、変にドキドキしてしまった。


 教室に入ると授業開始四十五分前にも関わらず、最前列はすでに生徒で埋まっていた。

 しょうがない、二列目中央の席をとり、最初の授業のテキストとノートをリュックからとり出した。

 すると結構リュックの背の部分が汗で濡れていることに気づき、汗で透けない生地の服を選んだのは正解だったと思った。

 終わった後でも和也の家ならおじさんもおばさんも晏菜ちゃんも服装を気にする人たちではないことを考えると、逆にスウェットでもよかったのかもと笑えてしまった。

 さて、冗談もこの辺で終了。勉強モードにならなくては……


 授業開始十分前ごろになるとほぼ、教室内は生徒でいっぱいになった。

 普段、学校の教室ぐらいしか広い教室は経験がなかったし、勉強も両親が生きていたころは、家庭教師が来ていたので、こういう教室型授業は初めてだった。

 そういえば、和也が以前、大学の授業も広い教室での授業が多いと思うので、今のうちに経験しておいた方がいいと言っていたことを思い出した。

 確かに、この緊張感は広い教室でしか味わえないものだったので和也の言ったとおりだなと思った。


 そうこうしているうちに開始二、三分前になった時のことだ。

 入り口から数人髪の毛を染めた男性たちが大きな声で話しながら、入場してきた。

 そして、自分たちの席がバラバラになるのが嫌に思ったのか、後方に座っていた生徒数人に、

「お前ら、邪魔だからどっかの席に移動しろ! どうせ一人で来てんだろう! おれたちは団体さまなんだ。うせろ!」

 と罵声を浴びせた。

 それを聞いた教室内にいた係員がすぐに彼らを制止したが、受け入れず、面倒はごめんと思った彼らに指名された生徒たちは席を譲った。

「はいはい、これで問題解決だろう。お前らどっかいけよ!」

 と係員に言うと、係員はしょうがないなという表情をしたまま自分の持ち場に帰っていった。


 開始のチャイムが鳴り、授業が始まっても、彼らは話すのを止めなかった。

 講師もマイク越しに注意をするが、無視を続けた。

 その会話は休み時間、二時限目も続き、講師が退場を係員に指示したが、係員の誘導に、

「俺たち、金払ってきてるんですけど! お前ら俺らの金、無駄にするつもりか? これは返金対象だな。 返金いますぐしろよ! できねぇんだったら消え失せろ!」

 と言われると、係員は教室外に移動し、授業の終わりまで帰ってこなかった。


 しかし、うるせえなぁ。

 あっ、よく考えたら、去年の一学期、和也たちが授業の時にあいつらと同じようなことをたけしたちもやっていたんだなと思うと、反省の念が沸き起こってきた。

 和也、ごめん!


 本当にうるさい。

 授業にならない。

 二時間目の授業が終わった後、数人の生徒が係員にクレームを言いに行ったが取り合ってもらえなかったようだ。

 すこし静かになったと思ったら、奴らは教室内にいなかった。

 トイレか…… ちょうどいい。

 ちょっと行ってくるか……


 各階の端に男子トイレと女子トイレはあった。

 俺がそこで奴らを待っていたところ、奴らが喫煙場で煙草を吸っているのが見えた。

 たしか、俺のクラスは「高二生難関私立文系コース」だったよな。

 俺は階段を降り、喫煙場に向かった。


 喫煙場でも奴らはメンバーと話が止まらない状況であった。

 逆に同じ場所で煙草を吸っている浪人生たちが彼らを避けている感じだった。

 私は彼らに近づいていった。

「おっと、ずいぶんきれいな子がきましたよ。もう俺らに惚れちゃった?」

 リーダー格の男がこういうと、仲間はへらへらと笑った。

 めちゃくちゃ腹が立ってきた。

 いざ格闘技となっても絶対に負けない自信もあった。

「ずいぶんと教室内では騒がしいし、授業妨害してくれたな? 金払ってる? お前が稼いだ金じゃねえだろう。どうせママかパパからお金出してもらってんだろう。だったらその金、どぶに捨てるようなことするなら、帰れ!」

「俺たちの金の出どころはどうでもいいの。ここにいる権利があるってことよ。それをガタガタ言われる筋合いじゃねぇ」

「ママ・パパから遊ぶ金もらってるから、十分遊ばせてもらうよってことか、だせぇ! 自分で働いた金で生活できるようになってから言えってーの!」

「あーん、お前、ちょっとキレイだからって図にのってるんじゃねぇぞ! 俺たち女なんかいくらでも痛いめあわせてるんだぞ!」

「女に痛い目あわせてんのか、だせえ! 相手は男にしろよ」

「ばーか、俺たち見たら、男も手がだせねぇんだよ。こいつ見せればよ!」

 といい、Tシャツの腕をめくりあげるとそこにはタトゥーが入っていた。

「高校二年でタトゥーいれて、タバコ吸って、女に手をかけて、こんなクズを飼っている高校ってどこだよ!」

「有城高校の『アイアンメッシュ』って言ったら都内では有名なんだぜ」

 有城高校

 都内有数の坊ちゃんお嬢ちゃん私立高校で有名な学校だが、こんな奴らもいるんだと思った。

「坊ちゃん学校だから、やんちゃしても何も言われないってことか。さらに、だせぇな!」

 さすがここまで来ると奴らも我慢できなくなったのか、俺の方向ににじり寄ってくる。

 四人か、刃物がなければ楽勝かと思った。

 そして、リーダー格の男が俺のほほを殴ろうとしたとき、左手首をつかみ、重心が乗った右足を払うと、この男は一回転しながら転倒した。

 やつの腕はしっかりつかんでいる。

「そちらから手を出してきましたよね。これって正当防衛ですからね。さてどうします? これ以上何かしようとしたら、この人の腕、折りますよ」

 腕を決められた男は大声で泣き叫び、残り三人は何もできずにゆっくり後ろに下がっていく。

「すみません。授業の邪魔なんで、もう教室には来ないでいただけませんか?」


 …………


「いいですか!」

「はい!」と一斉に声を合わせて返事をする三人。

「すみません。おにいさんたち、事務所に行って警察呼んで、この四人引き渡すように言ってもらえませんか?」

と近くにいた浪人生に言うと、彼らは全速力で事務所に向かった。


 数分後、警察官と係員がやってきて四人を連れて行った。

 さすがに代々木駅前から近いため、駅前派出所の警察官の方々がすぐ来てくれたのだった。

 パトカーが来ると騒ぎが大きくなってしまうとの配慮のせいか、静かにケリはついた。

 私は周りの人たちにご迷惑おかけしましたと声をかけると、一人残った警察官が私を止めた。

「ちょっと事情聴取したいのだが、同行いただけませんか?」

 すると俺は元気に笑顔でこう答えた。

「もうすぐ四時限の授業が始まるので、終わってからでいいですか? 逃げも隠れもしません。名前は夏村沙羅と言います。この進学塾の高二難関私立文系コースを受講しています」

「わかりました。では、授業が終わったら、駅前派出所までお越しいただけますか?」

「承知いたしました。それと、今までの経過を携帯で録音していたのですが、音声ファイル、事前にお送りしてもいいですよ」

「本当ですか! 助かります!」

 

 そして、警察官とは、別れた。


 その時、二階の窓からこちらを見ている男性がいた。

「夏村沙羅、か。久しぶりだな。相変わらずの気性だけど」


 それから席につき、授業を聞こうと思ったが、他の生徒の視線がやけに痛い。

 まあ、あんなことをしでかした後だし、この授業が終われば今日の授業は終了なので視線は無視していこうと思った。

 しかしだ、授業が終わった後、多くの生徒から、うるさいやつを退治してくれてありがとうと声をかけられた。

 いえいえと思いながら頭を掻いていると、不思議と以前の自分とは異なっていることに気づいた。

 以前なら手はさすがに出さないが、汚い言葉で相手を罵倒しまくっていると思った。

 今の問題解決の方法は和也のやりかただ。

 知らぬ間に和也のやり方が私のやり方になっていると思った。

 そんなことに気づき、少し微笑みながら、進学塾を出て派出所に向かった。


 それから数日後、進学塾の担当者から呼び出され、今回私が録音した情報を聞いた奴らの家族が進学塾を訪れ、謝罪の上、この進学塾を退学した旨の報告を受けた。


 ---------


「おばさま、おじさま、なかなか来れなくてすみません」

 と店を通り、いつものリビングダイニングに付くと、いつもの笑顔が私を待っていた。

「もう、かずのこと諦めちゃったのかと思ったよ」

「そんなことないよね。沙羅ちゃんはかずのお嫁さんになるんだもんね」

 こんないつも変わらない和也のご両親との会話が好きだった。


「夏期講習はどう? かずが頭悪いから付き合ってあげられなくごめんな。本当、あいつバカだから」

「沙羅ちゃんはもともと頭がいいんだから、かずとは最終的に成績は逆転するのは、当然だから心配してないけどね」

 私の両親でものないのに、自分の息子を差し置いて私をほめてくれる和也のご両親との会話が好きだった。


「さて、話はその辺にして、勉強会はじめようか?」

 そしてこんな私を少しずつ和也色に染めてくれる、和也のやさしさが好きだった。


「さすが、大手進学塾の難関コース、内容が少し難しかった」

「どれどれ、どんな問題が出てるのかな? なるほど、これはね……」

 というふうに勉強の質問はもちろん、それ以外の質問にもなんでも答えてくれる和也のすべてが好きだった。

編集記録

2022/10/24 校正、一部改稿

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