2-4話 晏菜の策略(2)
【読者さまのコメント】
高松は夏村さんのことを真剣に考えていて、すごく素敵!
ここまで彼女のことを思ってくれる人が彼氏だなんて、夏村さん、幸せ者だわ!
でも、夏祭りで浴衣デートはないのか(涙)
夏村さんとプールに行くぞ!
けれども、晏菜がまた悪いことを考えてるぅ!
◇◇ 七月下旬 ◇◇
夏休み初旬は毎年のことながら天気は安定せず、夜になると雷が来るのが一般的であるが、今年もその例に反してはいなかった。
夏村さんと水着を買いに行ってからというもの、最高の天気の下で私の水着姿を拝ませてやるから、天気が一日良い日が来るまで待てと言われていた。
よって、夏村さんが毎朝、その日の天気予報を見てから、プールに行くかを決めるので、電話の前で待っていろと言うのが俺に対する指令であった。
俺も八月からは、進学塾の夏期講習が始まってしまうため、そうそう毎日夏村さんに付き合えないため、早めに夏村さんの満足する天気予報になってくれないかなぁと思った。
そう言えば終業式の日、多江ちゃんから言われた家での勉強の件はあれから音沙汰はない。
彼女は進学塾の国立コースで主要五科目講習があるため、俺より早めに講習は始まっているはずだ。
俺は私立理系クラスを選んでいたので講習は英・数・理の三科目しかないため、受講期間も短く、かつ遅れて始まる。
声を掛けてくるなら、そろそろ連絡が有ってもいいのかなぁとも思ったが、夏村さんに了解を取ってからと言っていたので、連絡が有ったら有ったで夏村さんとどうケリが付いたのか心配になり、面倒臭さそうだったので、今は忘れておこうと思った。
さて、夏休み前の告白以降、夏村さんの俺の家族への口調は更に柔らかくなり、俺の家族との会話も夏村さんがボケで家族が突っ込みの掛け合い漫才状態になっている。
それだけ、夏村さんも俺の家族に親しみを持ってくれていると感じていた。
しかし、俺と二人の時はヤンキー言葉で話してくる。
彼氏にヤンキー言葉はないだろうと思う時もあったが、それだけ俺には気兼ねなく話してくれているのだと自分を納得させていた。
ところで、俺はこの夏休みの間に二人の関係をもう一歩先に進ませてみたいと思っていた。
それは夏村さんの進学のための現状把握だ。
決してエッチい話ではない。
今後、勉強して大学に行くといっても具体的な目標が必要となるだろう。
まずは目標を設定し、両者で共通な認識をもち、俺は責任をもって目標を達成しなくてはならないと思っていた。
それは勉強をしたい本当の理由を夏村さんから聞き出した俺の責務だと思った。
また、その上に横たわる、彼女の家族や彼女の置かれている環境についても、今後付き合いが進む前に踏み込む必要があるとは考えていた。
横山たちが気づいていた夏村さんの悩み・苦しみを彼の前で俺が背負って責任を取ると約束した。
とはいえ、急いでも出てくるときに話題や問題は出てくるものである。
結論を急ぐ必要もないだろう。
俺は、まずはお互いを少しずつでも知り合うことに注力すべきと考えていたからだ。
まぁ、そんな感じで夏休みと言っても、やるべきことがいろいろあるので、面倒なことは今のうちに済ませておこうと思い、夏村さんの電話を待ちながら夏休みの宿題をこなしていた。
◇◇ 七月二十五日 ◇◇
今日は夏村さんの家のそばの調神社の夏の大祭である。
俺の家からすぐの玉蔵院というお寺でも、境内で夏祭りが行われる。
この日は『うらわまつり』として、旧中山道は調神社前の交差点から駅前通りまで歩行者天国になり、夜は旧浦和市内の神輿が一堂に集まり、歩行者天国を練り歩く。
父はこの祭りの実行委員でもあり、この時期になると家にほとんどいない。
結局、店は母が切り盛りすることになるが、この日はほとんど客も来ないので開店休業状態になるのが毎年の話だ。
俺も町内会の神輿を毎年担いでいたが、今年は夏村さんとの約束がいつ入るか分からないので、早々に予定を事前にキャンセルしていた。
町内会のおじさんたちは残念がっていたが、俺にとって、神輿と夏村さんとでは、夏村さんの方が優先度が高いのは当たり前のことだ。
そう言えば、水着を買いに行った日に『うらわまつり』に夏村さんを誘ったのだが、乗り気ではないらしく、断られた。
夏村さんはあまり人込みが好きではないと言っていた。
もし、肩でもぶつかってきたら切れるかもしれないからと冗談ぽく言ってはいたが、俺は何か別の理由でもあるのではと勘ぐってしまい、結果的に悪い方向に考えてしまったため、自分から想像を断ち切った。
おいおい!
ラブコメなら定番の夏祭りでヒロインが浴衣というのは定番だろうとおっしゃる方もいるだろうが現実は上手くは行かないものだ。
鉄筋コンクリート、耐震対策万全で密閉度の高い俺の家ではあったが、部屋の窓が開いていたため、玉蔵院のお祭りのお囃子が町内会のスピーカーからけたたましく聞こえてきた。
夏村さんの浴衣姿か……
スレンダーだし、背が高いし、長い髪を後ろで束ねて、下駄を履いて……
見てみたいな……
いつかそんな日が来ることを祈りながら、俺は宿題を続けていた。
そんな時、夏村さんから電話が来た。
「かず、おはよう! 今日は天気安定しているから、プール行こう!」
時計を見ると八時ちょっと前だった。
七時五十分にやるフジテレビの天気予報を見ながら連絡してきたであろうことは、電話の後ろの方から聞こえる『今日のわんこ』のナレーションが俺の部屋のテレビとシンクロしていたことで分かった。
「別にいいけど、プールってどこに行くつもり?」
「雑誌で絶好の場所を見つけた」
また雑誌の情報かと思いながら、俺は尋ねた。
「どこですか?」
「神宮前プール」
「神宮前? ってどこ?」
「国立競技場のそばだ。都内。」
「えっ! 何でプールにわざわざ都内を選んだの? 市営プールとかあるじゃん」
「う・うちの学校の同級生とかに見つかると体裁が悪い」
なるほど……
でも、スッピンの夏村さんのこと、学校の奴ら、誰も分からないんじゃないかなぁと俺は思った。
しかし、夏村さんの御要望であれば別だ。
「了解、それじゃあ、しょうがないね」
「九時にかずの家に行くから待っててくれ」
「了解しました」
学校の奴ら……
そう、夏村さんとヤンキーメンバーとの関係にもついても俺は知っておかないといけないと思っていた。
俺は夏村さんにヤンキーモードを止めさせる方法はないのかといつも考えていた。
必ずヤンキーを続けていることが学校生活、最終的には大学受験というゴールに障害となることは明確だからだ。
それとは別に自分の彼女はスッピンだとこんなに綺麗なんだぞとみんなに見せつけたいとも思っていた。
このことについても夏休み中に糸口でもいいから、見つけられないかなあと思いながら、俺は部屋のタンスに向かった。
『確かこの辺に俺の海水パンツ、あったと思ったけど……』
夏村さんと下着を買いに行った後、こっそり買った自分の海水パンツを探したが、タンスの中には無く、使う前に一度洗おうと思い、洗濯してもらっていたことを思い出した。
インターホンを取り、母に電話する。
「母さん、この前買った海パン、どこにある?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
メンバーに告ぐ
いよいよ次の作戦のときが来た
本日九時に沙羅ちゃんが家に来ます
準備をして持ち場に集合
あかねは私の家の前で待機し、二人を尾行
れなとななみは浦和駅から二人がどこに行くか尾行
『神宮前』『都内』というキーワードは取得済み
場所を把握次第、全員現場に集合
以上
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ラインで例の仲間たちに連絡をする、晏菜であった。
九時十分前に夏村さんは俺の家にやってきた。
俺はリビングダイニングの出口から店の入口にいる夏村さんをいつものごとく観察した。
今日はミディアムレイアーの髪を後ろに束ねて、お団子のようにまとめている。
こんなに可愛いい子とプールになんか行って、俺は犯罪を犯しているのではないかといらぬ心配をめぐらす。
服装は上のインナーが黒のタンクトップなのだろうかブラトップなのだろうか、その上にワインレッドのオフショルダー、下は深い紺のデニム地のショートパンツだった。
「夏村さん、その格好…… とてもいいです」
言葉に詰まる俺。
「夏! って感じにしてみた。気に入ってくれて嬉しい」
「かず、お前の服装、沙羅ちゃんに似合わねぇぞ!」
偶然、祭りの集会から店に戻ってきた浴衣姿の父がそう言った。
おとうさま、おっしゃることはごもっともです……
でも、俺は音楽ヲタらしく、推しのバンドのロゴが入ったTシャツとGパンしか、夏服持っていないのですよ。
そのとき、夏村さんは優しい口調で父にこう言った。
「おじさま、今度、私がかずやさんのデート用の服を一緒に選んできますので、少々お待ちください」
「了解! たのむよ~! こいつ一張羅ばかりだから」
夏村様、そのときはよろしくご指南お願いいたします!
でも多分、今日の夏村さんのコーデって晏菜に選んでもらった奴じゃない? 大丈夫かな? と俺は思った。
「じゃあ、行きますか!」
そう言うと、俺と夏村さんは家を後にした。
駅までのいつもの道を歩いていると夏村さんは何度も周辺を気にしていた。
「夏村さん? どうしたの?」
俺が問いかけると、
「いや、誰かに後をつけられている感じがする…… ヤンキーのような強い視線ではないので問題はないようだが……」
と夏村さんは回答した。
嫌な感じを残しながら俺たちは駅の改札を通過した。
神宮前プールのある飯田橋駅までは浦和駅からJR湘南新宿ラインで新宿駅まで行き、そこで総武線各駅停車に乗ってすぐである。
改札を出て、掲示板に従い、俺たちは歩いた。
そこで現状把握のごとく、夏村さんに俺は聞いてみた。
「夏村さん、まだつけてくるやつ、いる?」
「うん、何か一度、数が増えたような感じがしたのだが、今はいないようだ」
あなたは対敵監視レーダーのついた強化型アンドロイドかと突っ込みを入れたくなったが、現在はついてきた形跡はないことに胸を撫で下ろした。
俺達は神宮前プールに着いた。
そこは公営のプールにも関わらず人が少ないことに驚いた。
お昼前にも関わらず入場券売場のブースの前には入場者かほとんど列をなしていなかったのだ。
そのことはプールの更衣室でも同様なことが言え、客はまばらであった。
違和感を覚えながら着替え、更衣室の前で夏村さんの着替えを待っていると、更衣室から夏村さんは黒のビキニで登場した。
先日の夏村さんの家での水着ショーで十分堪能させていただいたにも関わらず、プールでの夏村さんは黒のビキニでより手足の長さが更に強調されており、まるでアニメの美形キャラのように別世界の人間に感じた。
俺は、ふだんから見慣れているパーツが、現状顔だけなので顔だけをじっと見て、その他のパーツは俺のハートが慣れるまで耐え忍んだ。
「ごめん、待ったか?」
「いえ…… 全く……」
「そうか、じゃあ行こう」
といい、二人はプールの方向に歩いていった。
ゲートをくぐりプールに着くとそこは中央に二十五メートルプールが一か所あるだけであった。
他にはアミューズメントらしきものもなく、子供連れでは絶対子供は退屈するであろう設備の乏しさだ。
なるほど、混雑はしない理由はここにあるのかと俺は納得した。
しかし、ここは不思議な空間だ。
一か所のプールが中央にあり、競泳用のプール会場のごとく、観客席がある。
そこで、ほとんどの人は日光浴を楽しんでいる様子だ。
どう見ても中央のプールに入ろうとする人はほとんどいない。
そのうえ、女性のほとんどが美人ばかりだ。
変な緊張感を覚え、夏村さんに聞いてみた。
「夏村さん、ここって?」
「あぁ、このプールって、ほとんど来る人は日光浴が目的で来る人たちばかりで、職業は夜の商売のお姉さんたちが多いらしい。こういう場所なら余り人目も関係ないからゆっくりできると思って選んだ。これも雑誌の受け売りだ」
夜の商売って、ホステスさんとかキャバ嬢とかそういう類の人たちですか……
しかし、夏村さんの情報源となっている雑誌はどんな雑誌なんだ? 一度読んでみたい。
やはり客層が違うと思ったのは間違いなかった。
俺たちはプールサイドに空いている場所を見つけ、そこにシートを引き、荷物を下ろした。
二人並んで体育座りをする。
この夏の太陽は肌が白くて奇麗な夏村さんには毒だと思った俺はこう言った。
「さすがに暑いね。そうだ、オイル持ってきた? 日に焼けちゃうといけないから塗ってあげるよ」
その瞬間、夏村さんの顔が真夏の太陽より赤くなった。
「お・お前! て・手慣れてるなぁ! 実は童貞って言ってたけど、女、いただろう!?」
「い、いや。俺、ここに来る前から恥ずかしながらシミュレーションしてきて、それで帰るまで夏村さんとどう接したらいいか計画を立ててきたんだ。今のはその一つめ」
「そ・う・か…… わかった。持ってきたからお願いする」
と言うと夏村さんはバッグからオイルを出し、俺に手渡した。
「オッケー、じゃあ、うつ伏せになって」
「わかった……」
と言い、夏村さんはゆっくりとうつ伏せになった。
しかしだ、こんなカッコイイことを言ってはみたが、俺みたいな陰チャラが安易に触ってはいけない高貴なお宝にこれから触れてしまうと思うと冷静になれなくなってしまう。
「じゃあ、よろしく。あっ背中だけだぞ! 他ははずかしいから俺が自分でやる」
俺は、夏村さんの『はずかしい』という言葉に過剰に反応してしまい、変な体制をとってしまったが、夏村さんには気づかれなかった。
ゆっくり手にオイルを取り、肩から塗ってみる。
別次元の感触……
と感触を味わいながらオイルを夏村さんの背中に塗っていると、
「おにぃ、やらしい!」
と、どこかで聞いた声が後ろからした。
「おにいさん、オハー!」
「相変わらず、お暑いですなぁ?!」
「な~に真っ赤になってるの? お・に・い・さ・ん」
ぎょっとして俺は後ろを振り返ると、巨乳、眼鏡、ボブヘア、清楚系四姉妹! じゃなくて晏菜とそのなかまたちがいた。
なんでこいつら、またこの前の水着ショーと同じカッコしてるんだと思ったが、それよりも何でお前らここにいるんだよ。
「いやぁ~、同級生とか見つかるのが嫌でこのプール来たら、おにぃと沙羅ちゃんがいたから声かけちゃった」
晏菜はニコニコし、俺たちの前にシートを敷きながら言った。
「おじゃまするね!」
晏菜となかまたちはワイワイ言いながら俺たちの前に座り、何かを話を始める。
俺は中途半端にオイルを塗るのを止める訳にいかず、続けていると、
「何か聞こえたけど…… 晏菜ちゃん! となかまたち! 何でここにいるの!」
夏村さんはびっくりしながら起き上がった。
いつの間にか四人は『晏菜となかまたち』という名称に確定したらしい。
「あっ! 沙羅ちゃん、オハー! こっち来て! ホイホイ!」
晏菜が手を振りながら、夏村さんを呼ぶと、夏村さんは嫌々ながら立ち上がり、晏菜のそばに行った。
すると晏菜は、こんなことを言いだした。
「おにぃ、どうよ?! はい、みんな並んで! おにぃ、ここに美人五人がいます。ゆっくり見て素敵だと思った順位をつけてくださいね。そして、判定理由を述べてください。順位の発表順に一人ずつ外れていきます。た・だ・し~! おにぃにもこんな役得なことやれているんだから条件を付けます。
条件一 まず、三十秒間は目をそらさず、メンバーを見てください
条件二 即答は不可。絶対三十秒は見てから順位を答えてくださいね
条件三 一つの順位をつけたら、また三十秒はメンバー見て次の順位を決めてください
はい、よーいどん!」
「おい、何でこんなこと、俺にやらせるんだよ!」
「ここでおにぃの愛が試されます~ うふぃ!」
嫌々ながらも立っていた夏村さんも『俺の愛が試される』という言葉に何を奮起したのか頑張って立ち続けていた。
ここはうまく回答して俺の愛を示さなくてはいけない。
まずは三十秒見なくてはいけないが、ここはやはりなかまたちの姿をじっくり拝む訳にはいかない。
同様に妹についてもだ。
俺は断じてシスコンではない(あれだけ馬鹿にされているのだから)。
俺はここでは夏村さんに全集中だと思った。
しかし、俺は注意を夏村さんに向けているのだが、横でチョコチョコと動き、視界に入ってくる晏菜となかまたち。
俺は三十秒間、夏村さんの顔だけを見ていた。
何とか規定時間が過ぎたところで、俺は順位を発表しようとした。
「一位、な……」
待てよ、これは罠だ。
一位をここで言ってはいけないと俺は思った。
最初に夏村さんを選んで外すと残り晏菜と仲間たちを最後の順位まで三十秒ずつ見なければならないからだ。
そこで再度五人を見回し、一番身長の低い高山さんには悪いが脱落してもらうことにした。
「五位、高山さん。 ごめんなさい。とてもかわいいのですが、俺の好きなくらいの身長に達していないので」
『あぁあ~』といい、高山さんは座り込む。
『なるほど、おにぃやるねぇ』と晏菜は思った。
そして次の三十秒も夏村さんに俺の意識を集中した。
「四位、朝倉さん。ごめんなさい。とても奇麗な方なのですが、俺二重が好きなんで」
「うっそ! そこかぁ!」と言って朝倉さんは座った。
そして次の時間も夏村さんに集中、していたのだが夏村さんの表情がおかしい。
真っ赤になっている。
「三位、中山さん。 ごめんなさい。 鼻筋がちょっと俺の好みじゃないけど全体的にとてもよろしいです……」
『うわっ、お兄さんに褒められた!』と喜びながら中山さんは座って、他の既に座っている二名と話始めた。
さて、残るは二名、晏菜と夏村さん。
今回も三十秒間夏村さんだけを見ようと思ったが、夏村さんの態度が先ほどからおかしかったことに気づいていたため、その代わりに晏菜を見たちょうどそのとき、何か見たことあるポーズを晏菜は決めた。
それを見たと同時に俺は自分の顔が真っ赤になったのに気づいた。
そう、俺の部屋に隠していた、あのエロ本の表紙と同じポーズを晏菜はやったのだ。
これはやばい、どうにか頭を切り替えなくてはいけない、そうだ!
俺は再度、夏村さんの顔を見た。
そのときの夏村さんの目を俺は忘れない。
真っ赤な顔をしながら、表情が俺と目が合った瞬間に『緊張』から『安心』に変わった。
何て優しい慈悲にあふれた優しい瞳をしているのだろう。
ヤンキーのときのものとは天と地である。
その瞳を見たおかげで俺は晏菜の誘惑を断ち切り、気持ちは正常に戻すことができた。
「第二位は晏菜。なかまたちには悪いけどやっぱり妹なんでお友達の方が好きとは言えないんだよね。嫌いなところはメチャあるけど、それ以上に良いやつだ。みんな、これからも晏菜をよろしく頼む」
『ほぉ~』と言って晏菜に賞賛の拍手をおくるなかまたち。
「一位は夏村さん。こんな俺でも好きでいてくれる俺が世界で一番好きな人。すべてのパーツが好きだから、君たちが夏村さんに勝てるはずがない」
と俺は言い、夏村さんのそばに行った。
「夏村さん、どうしたの? 途中から辛そうな顔してたけど……」
「あんまり、お前が俺のこと、じっと見てるから恥ずかしくなった……」
「ごめんなさい!」
「でも、晏菜ちゃんと二人になったとき、一度、晏菜ちゃんを見てすぐに俺の方を見てくれた。それがとてもうれしくて……」
それが夏村さんのあの表情の意図するところだったのかと思った。
さあ、ゲームは終了。
夏村さんの手を引いて俺たちのシートに移動させようと思ったときである。
「じゃあ、おにぃ、番外編。一五秒間沙羅ちゃんの顔以外を見て、それから一五秒間、私の顔以外を見て!」
「何を言い出すんだ!」と俺は叫んだ。
「全パーツ好きなんでしょ? 沙羅ちゃんの。じゃあ、よーいドン!」
夏村さんのいろいろな部分を見る俺、心頭滅却、心頭滅却……
それから晏菜のいろいろな部分を見るを見る俺、心頭滅却、心頭滅却……
「終了~! じゃあ、ゲーム終わりね。おにぃ、沙羅ちゃん、サンキュー!」
そう言うと晏菜はなかまたちのもとに帰っていった。
何を言い出すのか全く分からんし、最後のゲームの意味が全然わからん。
晏菜にも困ったものだ。
シートに腰を下ろすと、夏村さんの表情が曇っていた。
「あのぉ~? 何か?」
と俺は少々ビビりながら夏村さんに聞くと、
「お前、妹にけしかけられたからと言っても、俺のいろいろなパーツをじっと見るな! はずかしいだろう!」
「すみません……」
「というか、お前、体格的に俺より妹の方が好きだろう?」
「えっ! なんで! いえいえそんなことはございません!!」
「絶対に赤くなってた。俺ではあそこまで赤くなってねーぞ!」
「誤解! 誤解です!」
と俺が夏村さんに怒られているとき、二十代前半の男性四名がニヤニヤしながら晏菜たちの前にやってきた。
こんな場所に男四人、完全にナンパ目的であろうことは明白だった。
全員、腕や胸、足にタトゥーを入れていた。
俺はすぐにカバンからスマホを取り出した。
「お嬢ちゃんたち、何年生? 暇だったらお兄ちゃんたちと遊ばない?」
「好きなところに連れて行ってあげるよ。ねぇ行かない?」
馬鹿だなぁ、そんなカッコしてるから、良からぬやつらに声かけられるんだぞ、と思った瞬間、俺を叱っていた夏村さんの怒りの矛先がナンパ男たちに向いた。
「うるせぇなあ! 俺のダチに声かけるときは俺を通せ! そうじゃなけりゃ消えろ、ボケ!」
やばい、スイッチが入ってしまったと思った。
「何だ、お嬢ちゃん、俺たちと代わりに付き合ってくれるのかい? 威勢がいいけど、大丈夫?」
こいつら、夏村さんの罵声を聞いても引かないか。
近所のヤンキーとは訳が違うなと俺は思った。
これはまずいと思い、俺が一歩ナンパ男の方向に踏み出したとき、晏菜が俺の腕を引っ張り、
「駄目だよ! おにぃ。ここで大事にしちゃ。中学のときの二の舞だよ」
と言って俺を止めた。
「そんなことはわかっているよ。あの時から俺は勉強しましたので!」
「だって、あの時だって……」
「大丈夫だって。悪いが俺のカバンのそばにあるスマホを持ってきてくれ」
その間も夏村さんとナンパ男たちとの言い争いは続いていた。
晏菜のなかまたちはすっかり怯えているのがわかった。
「やりたいことはわかったか?」
「オッケー! わかった」
と晏菜が俺のやりたいことを理解したことを確認し、俺は、夏村さんとナンパ男たちの間に入った。
俺はまず夏村さんの方を向き、肩を両手で軽く叩いた。
「夏村さん、まずは落ち着く」
夏村さんは俺を見て、ナンパ男と言い争うのを止めた。
「何だ? 坊ちゃん、大人しくしておいた方がいいぜ」
「しょうがないなぁ。おにいさんたちごめんなさい。実はこの子たちこんな感じですが実は中学生なんで、悪いことすると後々面倒なことになりますよ。都の青少年保護条例違反ですよ。それと一部始終はスマホに録ってます」
と言うと、晏菜は俺のスマホを構えながら俺の横に並んだ。
「これで、お宅らの顔写真を撮って、ネットに流せば終わりですよ? 俺、こう見えてSNSでは何人も炎上させた、ひねくれもので有名なんですけど、いいですか?」
するとナンパ男たちは、お互い顔を見合わせ、
「え! そんなガキだったのか?! 帰ろうぜ! お前、録音は消せよ!」
と言い、その場からそそくさと立ち去った。
「ちょっと待て! 話はお……」
怒りが収まらない夏村さんはナンパ男を追いかけようとしたが、俺は夏村さんの腕を握り、こう言った。
「もういい。終わった。頭を冷やせ……」
俺にそんなふうに言われたことに夏村さんはびっくりし、キョトンとした顔になった。
晏菜の方向をみると中山さん、高山さんが泣いていた。
俺はなかまたちに向かってこう言った。
「ごめんね、怖い目に会わせちゃって。でもこういう場所で派手なカッコするとリスクはどうしても発生するから十分考えながら行動しないといけないよ」
そして、俺は後ろにいた夏村さんに振り返ってこう言った。
「感情論では何も解決しない。
時と場合によっては、今のように自分が冷静でないときがあると思う。
そんなときは、必ず暴力の誘惑が湧いてきてしまう。
その辺をうまく抑え込まないと暴力と暴力の連鎖が始まってしまう。
そうなるとどちらも収まりがつかなくなってしまうことになる。
そんなことになる前に、一度頭を冷やして横を見てくれ。
いつも俺は夏村さんの隣にいる。
夏村さんは俺を使ってどう解決したら得策かを考えてほしい。
俺はいつでもアドバイスするから、それに耳をかたむけてほしい。
今だけじゃない、君が抱えていることについて俺が解決の糸口になるなら、いつでも協力に乗るから、頼ってほしい。
夏村さんは一人じゃない。
俺をもっと信じて頼ってくれ。
俺、夏村さんの彼氏だし」
俺は落ち着いているつもりであったが、自分で言いながら、この場面で何を言い出しているのか分からなくなっていた。
夏村さんを諭すつもりが、自分の思いを語ってしまった。
そんな俺の話を聞きながら俯いていた夏村さん。
そして何かを噛みしめたかと思った瞬間、顔を上げると、
「かず、お前、実はかっこいいやつだなぁ。やっぱ好きだわ」
と頷きながら腕を組み、こう言った。
「ありがとう、こんな俺だが、これからはお前を頼りにしたい。よろしく頼む」
俺は思いが少しは通じてくれたかな、そして俺のことを好きと言ってくれたことにありがとうと思った。
それから俺たちはうつぶせになりながらしばらく話をしていたのだが、いつの間にか晏菜となかまたちはその場から消えていた。
「あれ? あいつら、いつ帰ったんだ? 夏村さん、いつ帰ったのか知ってる?」
その質問に対し、夏村さんは俺にこう言った。
「わからない。かずとの話に夢中になっていた」
このとき、夏村さんは対敵監視レーダーのついた強化型アンドロイドから笑顔の素敵な俺の最高の彼女に変わっていた。
そして、俺たちは夕方になるまでゆっくり二人の時間を過ごした。
JR埼京線の車内……
「晏菜、あんたのおにいちゃん、かっこいいわ!」
「顔はいまいちだけど、めちゃ根性あるし」
「身長が小さいって言われたけど、帳消し!」
「でしょ、おにぃ、かっこいいんだって! でもみんなにはあげないよ! 私のおにぃだから!」
JR浦和駅
二人は改札を出ると夏祭りから帰る人たちが駅に向かい、夏村さんの家の方向は帰宅の人たちと逆の流れになる。
一度夏村さんには断られたが、再度祭りにこの後、一緒に行かないかと誘ってみたが、今日は疲れたので帰って寝たいと言っていた。
俺もさすがに一日プールは疲れたので、改札前で夏村さんと別れた。
すると別れ際に夏村さんはこちらを向きこう言った。
「来年は一緒に祭りに行けるように、人込みに慣れるようにしたい。だから、かずも私をいろいろなところに連れて行って協力してくれ」
「それって遠回りのデートの誘いかな?」
「正解!」
俺が自宅に着くとリビングダイニングに晏菜はテレビを見ていた。
「お前さんたちが来るとは思わなかったよ」
と晏菜に言うと、晏菜はこう返答した。
「でも、あの後、沙羅ちゃんとアツアツだったんでしょ?! ナイスフォローじゃん」
「まあ、結果的にはそうかもしれないけど、ちょっと邪魔!」
「そうだよね。おにぃが沙羅ちゃんにサンオイル塗ろうとしたの邪魔しちゃったし! あの調子だったら、おにぃ、沙羅ちゃんのすごいところまでサンオイル、塗ってたかもしれないしね(笑)」
「かず、お前そんなことしようとしたのか? 責任取る気は有るんだろうな?!」
こんな話を聞かされたら、父もそう思うのはごもっともでございます。
しかし、晏菜、めんどくせぇ!
『あっ、たけし! 俺だけど!』
『なつさんですか? 今日のデートは?』
『うるせぇ、そんなことより今日の祭りはどうだった?』
『二十人態勢でいきましたが、特に大きなトラブルもなく、酔っ払いを何人かしめたぐらいです』
『ありがとう。十時過ぎたら上がってくれ。お疲れ様。よろしく!』
『承知!』
当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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編集記録
2021/10/07 校正・誤記修正
2022/06/26 改稿
2022/08/31 校正、一部改稿




