表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/189

1-7話 和也の趣味のこと

【読者様のコメント】

高松がどうして土曜日を死守しようとしていたのか謎だったのだけど、なるほど!

こんな趣味があったとは!

予想以上にカッコいい……これは惚れ惚れしちゃうぞ!

夏村さんは高松のファン第一号!

夏村さんのファッションがカッコ良すぎる!!!

 ◇◇ ある日の土曜日 ◇◇


「さてと、これで準備はいいかな? じゃあ、出かけますか……」

 大きな荷物を肩に掛けて二階の自分の部屋から出ていく。

 今日は土曜日、俺の趣味に使うと決めている日である。

 一週間でこの日だけは、誰にも邪魔はされたくないし、家族もその点については理解があった、と思っていたのだが……。

 俺が階段を降りている時、店の方から父の声が聞こえた。

「あ、夏村さん、こんにちは。和也? いるよ。呼ぼうか?」

 ギョッ! 何で夏村さん来たの?

 確か昨日、今日は会えないって言っておいたよね。


 父は先日の夏村さんの自宅来襲から完全に夏村さんの応援に変わっている。

 俺の家に来た数日後、いつものヤンキーバージョンで家に来て両親をビビらせたようだが、その時の対応も良かったらしく、何回か会うことで、アレルギーは無くなっていったようだ。

 困ったことに店で居合わした近所のおばさんに父は『この子は息子の彼女でこんなカッコしてますが、とってもいい子で息子にはもったいない子なんです』と言い夏村さんを紹介していたらしい。

 その上、夏村さんから『これからもよろしく』って言われたら、その時点でこのおばさんも夏村さんのファンになったようだ。

 ヤンキー姿でやさしく挨拶されてすぐにファンになるって、みんなどんな頭の中身をしているんだと思った。


 しかし、夏村さんはいつもこんな感じだ。

 落ち着いた物腰で相手に語り掛けてくる。

 頭に来ているときはもちろんヤンキー語でしゃべりまくるが、自分の方針が決まるとおちついて対処する。

 他校のヤンキーが来襲した時も手は絶対に出さない。

 勤めて説得する。

 そこで問題を解決させ、相手の同意を取ってしまう。

 俺の両親に交際の了解を取り付けたように相手を説得するのに長けている。


 そんな隠し技があるため、他校のトラブルも結局、夏村さんの説得で収まってしまうことから、警察が来る事態までにはならないのであろう。

 学校側もトラブルの際、夏村さんが前面に立つことを暗に認めているのではないかと考えた。


 まあ、そんな話はどうでもいい。

 俺の土曜日はどうなるんだ。

「父さん、俺、これから出かけるのって判ってますよねぇ?」

「俺はなあ、この前来たあのヤンキー姿の夏村さんと、今ここいるかわいい夏村さん、差別はしないぞ。いい子だ。お前に勿体ない。だからお前も夏村さんがせっかく来てくれたんだから、対応しなさい」

 と言い、うなずいていた。

 いらぬお世話だ。


 階段を降りながら店にいる夏村さんに俺は質問した。

「俺、今日は約束していないと思う・け・れ・ど?」

 と言いながらも思わず声が止まってしまった。

 今日の夏村さん。

 黒のジャケット、黒のパンツ、黒の靴、黒ずくめで滅茶苦茶かっこいい!


 夏村さんが初めて来た日以降、晏菜は夏村さんと連絡を取り合っていることは知っていたが、ちょくちょく一緒にどこかに出かけていたらしい。

「悪い。勝手に来た。それと、この前、晏菜さんと買い物に行った時にこの服、勧められた。かっこいいバージョンも持っていた方がいいと言うので……」


 俺が感想を言おうとしたら、母が話に割り込んできた。

「夏村さん。晏菜、この前、デートの服探しに行って、いいの見つかったって喜んでいたのよ。晏菜呼ぼうか?」

「デ・デ・デートの服?!」

 夏村さんは急に出てきたデートという言葉に完全に冷静さを失った様子だった。 

 なんで、母さん、そんなこと知ってるんだよ!

 というか、夏村さんはデート用の自覚は無かったってことですね。


「いいって!」

 と俺は拒否ったが、母さんは既にインターホンで晏菜を呼んでいる様子だった。

 二階のドアがバタンと鳴り、晏菜は勢いよく階段をドタバタと降りてきた。

「あぁ、沙羅ちゃん、オッハー!」

 どこのヤンキーにオッハーしてんだよ!

 お前、怖くないんか?

「あっ、晏菜ちゃん、おはよう!」

「沙羅ちゃん、おはようじゃなく、おっはー!」

「おっ・は・ー!」

 と躊躇し、恥ずかしがりながら夏村さんは返答した。

 滅茶苦茶かわいい……。


 ジャージ姿の晏菜はニコニコしながら、夏村さんにこう言う。

「沙羅ちゃん。沙羅ちゃんの服見て、おにぃの眉毛、ハの字にならなかった?」

「なったかな?」

「それ、沙羅ちゃんにぞっこんって意味だから」

「おー! かず、俺にぞっこんかー! 婚約するか?」

「おいおい! 何を言い出すの?!」

 まったく意味わからん。

 まだ(仮)の交際なのに、夏村さんはなんでこんなに積極的なのかと思った。


 併せて、こちらも意味が分からない。

 それは晏菜の態度の急変だ。

 俺の家への初登場の時、夏村さんと晏菜は電話番号を交換していたのは知っていたが、その前はリビングダイニングでじっと夏村さんを見て、何もしゃべらないでいた。


 それが今では夏村さんを誘い、俺とのデートの服を選ぶとか言って二人でパルコに出かけていたようだ。

 何が妹をそこまで行動させているのか分からないが、少なくとも夏村さんにネガティヴな感情は持っていないと思った。

 まあ、それならいいだろう。


 晏菜は夏村さんの全身を腕組みしながら見回し、

「やっぱ、沙羅さん、黒似合うよ。私が付き合いたい位だよ」

「俺は、女だが……。女性から褒められるってことは男からも当然評価されているってことだよな、うんうん」

 夏村さんは照れながら笑った。


 そんなことをしている場合じゃない。

 俺は時間がないので駅までの道中で夏村さんに説明できればいいと思い、荷物を背負って出かけた。


「夏村さん、俺これから趣味の関係で申し訳ないですが渋谷に行きます。だから……」

「俺も行く」

 えっ! 行くの? って色々面倒なんだけど。

「渋谷だよ?」

「行く」

「何でそうなるの?」

「せっかく、晏菜ちゃんのおすすめの服を着てきた。帰るわけにいかない」

 俺は頭を抱える。

 無下に拒否も出来ないし……。

「すっごく、退屈になると思うよ、五時間くらい」

「いい。何をしにいくのか見てみたいし、興味がある」

「すっごくその言葉、有難いのですが、五時間待つのって辛くない?」

「大丈夫、我慢には慣れてる」

 ……?

 意味の分からない回答を強引に納得し、商店街を駅方面に歩き出す。


 すると、いつもの通りに商店街の人から声を掛けられるので挨拶をする。

「かずくん、どっか出掛けるの?」

「あっ、こんにちは。ちょっと渋谷で暴れてきます」

「また、悪いことすんじゃないよ」

「は~い、反省してますんでその辺でご勘弁を」

「かずちゃん、隣のべっぴんさんは。もしかして彼女?」

「ピンポン。正解!」

「また、紹介してね」

「は~い。じゃあ、また。あっ、近江屋さん、こんにちは!」


 こんな他愛もない会話が商店街が終わるまで続く。

 俺は根本的に顔見知りの人には積極的に挨拶をする。

 そのため商店街を出るまでに数人の人と会話をしてしまい、ふつうの人が通過する時間の倍の時間がかかってしまう。

「かず、そんなに有名人なのか?」

「いろいろ、しでかした時に皆さんにはお世話になったし、挨拶は人との『絆』だからね」

「……ふん、『絆』、か……」


 そんなことを言いながら歩いて行くと駅のすぐそばに鳥居があり、そこで俺は立ち止まった。

 そこには野良猫たちが住んでおり、俺を見つけるや否や、にゃーおんと一斉に鳴き始める。

 俺はしょうがないなと思いながら猫のそばに近づく。

 そして腰をかがめると、数匹の猫が俺の足元にすり寄ってきた。

 頭や腰を触ってやると気持ちよさそうに鳴きながら、さらにすり寄ってきた。


 それを見た夏村さんはこう言った。

「こいつら、お前に慣れているなぁ」

「うん、餌もやらないのにかまっていたら、仲良くなったんだよね。夏村さん、猫は?」

「嫌いじゃない」

「じゃあ、こっち来てみなよ。撫でることができるかもよ」

「うん、じゃあ」

 そう言って夏村さんは腰をかがめながら猫たちに近づいた。

 しかし、猫たちは少しづつ腰が引け、さっと逃げてしまった。

「嫌われた……」

「夏村さんも慣れれば大丈夫だよ。多分こいつら、夏村さんが警戒した雰囲気を出していたから逃げたんだと思うよ。今度、改めてまたこいつらと面会しに来よう」

 頷きながら、俺と夏村さんは腰をゆっくり上げて道に戻った。

 

 俺たちはJR浦和駅から湘南新宿ラインに乗った。

 ちょうど、時間もオフタイムなのか席は空いていた。

 二人席のベンチシートに俺と夏村さんは並んで座った。

「この荷物、何だ?」

 夏村さんは俺の肩にかけていたケースを見て質問した。

「(エレキ)ギターだよ。これからメンバーと練習なんだ」

「ギターとか弾くのか。すごいなぁ」

 俺は小学校からギターを都内のESP音楽スクールで習い、スクールで一緒だった仲間とバンドを組み活動をしていた。

 生演奏の要請があるときは演奏してバイト代わりにお金も貰っていた。

 そして、週に一度都内のスタジオに集まって練習をするのが常だった。

 以前は浦和にもスタジオは有ったのだが、メンバーほとんどが都内在住であるため、現在は皆が集まれる都内のスタジオを使っていた。

 これが俺の『趣味』である。

 

「ところで、夏村さんは楽器とかは?」

「一応、ピアノはやらされた。小学校で辞めたけどな。ところでどんな曲やるんだ?」

「初めはフュージョンをやっていたんだけど、俺はハードロックやりたいって言って、今はオールラウンドで……」

「全くわからん……」

 なら付いてくんなよ。


「小学校の時は合唱とか合唱の指揮とかもやったよ。あと実はぼくもピアノ弾けるんだ。そういえば晏菜は小学生時代、少林寺やっててさ、俺は怖いの嫌だからやらなかったけど……」

 どうやら、『全くわからん』以降、夏村さんの思考が停止したらしく、俺の話をまったく気にしていない様子だった。

 だから来るなよって言ったじゃん。


 渋谷に着く。

 JR湘南新宿ラインを降り、ホームを新宿方面に歩き、エスカレーターを上がると、改札に出る。

 そこからハチ公前方向の掲示板のエスカレーターを降りると、かの有名なハチ公の銅像の前に着く。

 そこから約十分程度、宮益坂方面に向かい、右に折れると目指すスタジオに着く。

「スタジオって曲とか録音するところか?」

「いや、俺たちはバンドの練習がメインかな。たまにプロモーション用のテープ作るけど」

 といい、スタジオのある建物のドアを開ける。


 階段で二階に上がり、スタジオ前に着くと既に何人かのメンバーはそこでスタジオから前客が出て行くのを待っていた。

「おっと。かずくん、掟破りでしょう。彼女さん連れてくるって」

「いや、彼女がスタジオ見学したいっていうので連れてきました」

「夏村です。ヨロ(しく……)」

「夏村さんね。よろしく、坂本です。夏村? って(いさお)が言ってたあの子か。全然想像と……」

「達也さん、その件は内緒で。夏村さん、達也さんって俺の勉強仲間の坂本功の兄さんなんだ」

 そう、勉強仲間の坂本は達也さんの弟でいつも勉強会で使わせてもらっているスタジオのある家に住んでいる。

 功は夏村さんの女子高校生バージョンを知らないので、達也さんには功には内緒にと念押しした。


「おーさんです」

「きょんで~す」

「ただ一人の一般市民、畑中です。よろしく」

 うちのバンドは五名構成。俺がボーカル兼リズムギター、達也さんがベース、おーさんこと乙益さんがドラム、きょんさんこと犬養さんがキーボード兼サックス、まだ来ていない和田さんがリードギターである。

 畑中さんはマルチプレイヤーではあるが、うちのバンドではPAと作詞作曲をしてくれている。

 併せてバンドのプロデューサー兼マネジメントもお願いしており、バイトは畑中さんが仲介し、ギャラの精算も行ってくれていた。


 そうそう、うちのバンドの名前は"Notus"、ギリシャ語で『南風』って意味だ。

 当時、クリストファー・クロスっていうギターリストが居て、その人の曲がサザンロックとか言われていたので英語ではなくギリシャ語の方がかっこいいということでにしたっていうのが経緯。

 彼の曲、「ニューヨークシティ・セレナーデ」は俺たちのシンボルとなるカバー曲だった。


 時間となり、先にスタジオを借りていた人たちがブースを開けて出てくる。

 それとは入れ替えに俺たちはスタジオに入り準備を始める。

 俺は夏村さんにPAルームで待つように言った。

「夏村さん、ここに座って見ていてください。俺たちのやっていること、音、それに携わるひとの流れが良くわかると思うので。それと何かあったら腕を×の字にして見せてくださいね。そっちの音って全然聞こえないので」

「わかった。別世界だが、見学させてもらう」

 そんな中、和田さんが遅れて現れ、スタジオに入ってきた。

 今日の和田さん、神妙な面持ちでブースに入ってきたので何かあったのではないかと俺たちは想像した。


 和田さんはスタジオに入るとすぐ俺たちに頭を下げた。

「実は今日、謝らなくてはならないことがあるんだ。実はプロでやらないかと誘われて、テストを受けて採用となり、契約を結んだため、今日からのレッスンには参加できないし、脱退という形になる。悪いがこれからはみんなでがんばってくれ……」

 和田さんは下を向きながら話した。


「俺たちのグループからプロが出たってすごいことだし、俺は応援するぜ、がんばれ!」

 達也さんはこう言った。

 俺たちは昔から将来のことを語り合った仲間である。

 一番、プロへの夢を抱いていたのは和田さんだったし、バンドの中でも腕はピカイチだった。

 俺たちは全員賛成という形で和田さんを送り出すことにした。

 和田さんは契約上練習には付き合えないが、練習終了後のミーティングには参加できるということでPAルームで俺たちの練習を聞きながら待ってくれることになった。


 PAルームに入ってきた和田さんは一言二言畑中さんと話すと、夏村さんに気が付き、声を掛けた。

「和田です。今日ははずかしい場面お見せしちゃってごめんなさい。お名前は?」

「夏村と言います。今、和也さんとお付き合いさせてもらています」

「そうか、かずに彼女ねぇ(笑)。そんな年になったんだ。俺達、和也が七、八歳からの付き合いなんで、あの時の一番ちび助だった和也に彼女ができるなんて、年を感じるよ」

「そうなんですね。ちなみに和也さんとはどのくらい年は離れているんですか?」

「かずが中学の時、俺が大学生で、一番年上の畑中さんはもうプロで活躍していたんで二十近くは離れているんじゃないかな」

「そんな年上の中に一人、子供がいるって、どうなんですかね」

「根本的に和也は物怖じしないからな」

「わかります」


 二人がいくつか会話を交わしている時、俺たちは今日の練習のパート振りを詰めてた。

 なにしろ、和田さんのパートを補完しなくてはいけないからだ。

「ベース、ドラムは決まりだけど、かず、リード弾きながら歌大丈夫か?」

「達也さん、大丈夫なことは大丈夫ですが、あらかじめ選んでいた練習曲、和田さんにおんぶにだっこの曲が多いので俺セレクトでいいですか?」

「おれはいいけど、おーさんときょんさんは?」

「いいよ。きょんさん、サイド(ギター)できるところあったらヘルプしてあげて。かず、なるべくギターは一本の曲にして、ツインはなるべく避けて」

「オッケーです。じゃあ、お願いします」


「PAさん、宜しくお願いします。皆揃いましたので、始めます。俺がリード&ボーカル、きょんさんがサイド(ギター)とキーボードでお願いします」

「了解。いつでも始めてくれ」

 いろいろな楽器のノイズがスタジオ内を散乱するが、この一言で静まり返る。

「えーと、最初の曲は"helter skelter" ワン! ツー! スリー! フォー!」


 いきなりの激しいギターのビートに夏村さんはびっくりして目を見開いていた。


 When I get to the bottom

 I go back to the top of the slide

 Where I stop and I turn

 and I go for a ride

 Till I get to the bottom

 and I see you again

 Yeah yeah yeah hey……


 Do you, don't you want me to love you

 I'm coming down fast

 but I'm miles above you

 Tell me tell me tell me

 come on tell me the answer

 Well you may be a lover

 but you ain't no dancer


 Now helter skelter helter skelter

 Helter skelter yeah

 Ooh!

※The Beatles helter skelterより引用


 helter skelterは元々はビートルズの楽曲でいろいろな人がカヴァーしているが俺たちはU2ヴァージョンを弾いている。

 U2の"Rattle and Hum"という映画で使われた曲だ。

 ひずんだギターのイントロが流れる。

 めちゃ音が荒っぽくなりカッコいい!


 それから淡々と曲を選んでは演奏していった。

 よくみると、夏村さんの各曲を聴いているときのキラキラ感ってなに?

 すごく喜んでいる感じであった。


 そんな中、じっくり音を聞いていた和田さんが、夏村さんに近づき、こう言った。

「かずの良いところは声の存在感とギターのパワフルさなんだ。俺はギター中心で歌の無いインストの曲が好きなんだが、かずは昔からロックが大好きだった。今、こう聞いてみるとやっぱ、かずの声とギターはロックが一番合うと思うよ。多分これからどんどん奴は輝いていくと思うんで、彼のこと応援してやってくれないか」

「わかりました。彼のことはずっと前からファンでやっと付き合うことが出来たんです。色々私の知らないことを彼は知っていて、すごく勉強になるし、本当に付き合えてよかったと思います。あっ、ファンって別の意味ですよ。それとここで言ったことは内緒で……」

「付き合い始めてもう内緒ごとかよ。おもしろいカップルだなぁ(笑)」


 約四十曲、約五時間をかけての練習が終わった。

 五時間もスタジオにいると、暑さでずぶ濡れになる。

 夏村さんはスタジオから出てきた俺にタオルを手渡してくれた。

「お前、こんなこと毎週やっていたのか?」

「あぁ、そうだけど。なんで?」

「滅茶苦茶かっこいいなぁ。惚れた。次も来る」

 俺はガラス越しに夏村さんがつまらない時間を過ごしていたらどうしようかと心配だったのだが、その不安は取り越し苦労であったようだ。

 彼女の黒ずくめの服がやたら今回の選曲とマッチし過ぎて、夏村さんがガールズバンドのボーカルだったら、人気でるだろうなと思った。


 メンバーが機材をかたづけ始めた時、俺はPAルームの畑中さんにマイク越しに言った。

「あっ、ちょっといいですか。一曲、彼女のために弾きたい曲、思い出したんでせっかくなんでいいですか?」

 PAブースに居た、やたら汗だくのおーさんがマイクを握り、スイッチを入れ、茶々を入れる。

「良いところ見せろよ。ませガキ!」

「あざーす。じゃあ、夏村さんに捧げます、" Van Diemen's Land "」

 おっと軽く声を上げ、ブースから俺を眺める仲間たち。

 そして何が起こるんだとキョトンとする夏村さん。


 俺はギターを持ち、目をつぶり、マイクに向かって歌い始めた。


 Hold me now, oh hold me now

 Till this hour has gone around

 And I gone, on the rising tide

 For to face Van Diemen's land.


 It's a bitter pill I swallow here

 To be rent from one so dear.

 We fought for justice and not for gain

 But the magistrate sent me away.


 Now kings will rule and rhe poor will toil

 And tear their hands as they tear the siol

 But a day will come in this dawning age

 When an honest man sees an honest wage.


 Hold me now, oh hold me now

 Till this hour has gone around

 And I'm gone on the rising tide

 For to face Van Diemen's Land.

※U2 Van Diemen's Landより引用


 途中からきょんさんが俺のギターのアルペジオにキーボードをのっけてくれてとても印象的な出来になった。

 ありがとう、きょんさん。


 おれは歌いながら、薄目を開け夏村さんを確認してみると、こちらをじっと見て、身動き一つしてなかった……。

 彼女が真面目に英語の歌詞を訳していないことだけを祈った。

 歌の内容が別れなので。

 でもなんでこの曲を選んだのかって?

 歌っていてカッコが付けられるからだ。


 俺とメンバーは練習終了後反省会も含めて、いつも行くバーガーショップに向かう。

 当然、夏村さんも一緒だ。


 メンバーは席に着くとこう話出す。

「でもよかったね。バンドのボーカル兼ギターのかずに彼女なんて。全員推してくれる子とか居たのに、かず、モテなったもんなぁ」

「そうそう、ボーカル、モテないなんて、ありえないでっしょ」

「歌も良い、ギターも良いのに何か影あったもんな、かずくん」

 ………

 いつもの冗談である。

 しかし、俺には背負っている大きなものがあり、それが大きな影を落としているのだろう。


 第三者から見ると、ひどい言われっぷりだと思うが、実際のことだし俺は気にはしていなかったのだが、俺の隣で指をボキボキさせている音がしているのを聞き逃さなかった。

「あー? 俺がかずのファン一号だ! 最初にして最強のファンだ。お前らのファンが何人掛かってこようが負けないので、よろしく!」

 メンバーの会話が夏村さんの一言でぶった切られる。

 女子高生モードの夏村さんの姿からヤンキーモードの口調が出てきたので、メンバーも黙ってしまう。

「まぁ、最強のファンが付いたってことでバンドにも花が出来て、俺たちも知名度あがるんじゃないかなぁ」

 俺たちの事情を知っている達也さんがうまくフォローを入れた。

 メンバー全員がうなづく。

 腕を組みうなずく夏村さん。


「しかし、和田さんが抜けるの痛いなぁ」

「やっぱ、インストロメンタルの和田のギターは欠かせないもんなあ」

 そうメンバーが言うと和田さんはこう言った。

「いや、かずのボーカルが映えるのはやっぱ歌のある曲だから今日のような選択でいいと思う。その上、かずはギターもうまくなっている。それを大事にする方向性でいいんじゃないか?」


 和田さんの感想は重い。

 なにせプロのミュージシャンの言葉だ。

 俺の真のギターの師匠だと思っている。

 スクールでギターの基礎は教わったが、ギターの演奏の仕方を教えてくれたのは和田さんだった。

 単に弦を押さえるのでは無く、どう弦を生かすかを教えてくれたのは和田さんだった。

 そんな恩師が評価してくれているんだ、頑張らなくてはいけないと俺は思った。


 これからのバンドの方向性についてはプロのアレンジャーの畑中さんに任せることになり、オリジナルの曲の変更についても畑中さんに早急に行ってもらうこととなった。

 畑中さんは既に音楽で生計を立てており、うちのバンドは趣味程度で、本業としてアニメの挿入歌のプロディースもしており、その分野の専門家でもあることから一任することで一致した。


 帰路、湘南新宿ラインの車内で夏村さんは、こう言った。

「お前いつもあんな感じだったのか?」

「確かに俺ってほかのメンバーと違って、個別に活動もしていないし、知名度もないし、推してくれる人もいなかったしね」

「大丈夫。俺がお前のファン1号なら、あのバンドが浦和でコンサートをやった時はお前のファンが一番強い」

 言葉の意味は全くわからなかったが、ファン第1号にになってくれた夏村さんに感謝した。


「実はお前が練習しているとき、和田さんと話していて、『かずは一生懸命がんばってるんだけど、なかなか認めてもらえなくて、なかなかファンも付かなくて、普通なら卑屈になりそうな時もがんばってくれていた。そんなかずにファン第1号に君のような子が付いてくれたことに感謝する。最後まで見守ってくれ』って言われたよ。そういわれたら、しゃあないなあ、見守ってやるから頑張れ!」

「ありがとう、少し報われた気がする。夏村さん、ありがとう。和田さん、ありがとう」


「ところで最後に聞かせてくれた曲は何だ?」

「あれは、ギターにアルペジオって弾き方があって、その旋律の美しいあの曲を以前弾いたのを思い出したのでやってみたんだ」

「どんな詩なんだ?」

「ごめん、恋愛の歌詞ではなくて、ぼくも詳しくは分からないんだけど、反政府活動した人がイギリスからオーストラリアに流刑になって、隣のヴァン・ディーメンズ・ランド(タスマニア)に戦争に行って戻って来れないかもしれない。だから今は俺を抱きしめていてほしいという内容だったと思う」

「そうか……。お前が苦難に立ち向かう時があったら、俺が抱きしめてやってもいいぞ」

「その時はやさしい口調で言ってね(笑)」


 しばらくの沈黙。


「でも、最高にかっこよかったなぁ、最初の『ヘル・スケーター』って曲!」

 全く分かっていない。

 それじゃ『地獄のスケート選手』だ。

 英語を教え直さないといけないと俺は思った。


 ふと、俺は大切なことを夏村さんに言うのを忘れていたことに気づく。

「あっ、夏村さん、遅くなったけど、今日の服、とても似合っているよ!」

「遅すぎ。待ちすぎてブチ切れたわ。帰りにかずの家に行ってご両親に言いつけてやる!」

 勘弁してよ……。

 でもいつか苦難にぶち当たっら、夏村さん、よろしく頼むね。

当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。

面白い・続きが気になる等思われた方は、評価ポイント(↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎)を入れて頂けると作者の励みになります。

また、ブックマーク登録・お気に入りユーザー登録の方もよろしくお願いします。


編集記録

2022/08/22 校正、一部改稿

2023/05/05 改稿

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 和くん、実はかっこいいやつだったんですね。 夏村さんもどんどんかわいくなって、もう普通に両思い。 かずくん、夏村さんが本気で好きなこと、気付かないからやきもきしますね。 そこがこのお話のおも…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ