7-13話 修学旅行(6)
【読者さまのコメント】
なんだか夏村さんの様子がおかしい……女子会で何かあったのかな?
今日のバスの席の隣は、前半が多江ちゃん、後半が井上さん。
多江ちゃんと話す内容はやっぱり今後の進路。
そして、もしもの話。
もう少し早く勇気を出していたらなぁ……。
◇◇ 九月二十六日 ◇◇
修学旅行 第二日目
習慣は怖い物で修学旅行先でさえも朝六時には目が覚めてしまった。
六時と言えばNHKラジオの基礎英語の始まる時間だ。
昨晩は比較的に早く女子から解放され、眠りについたが、眠りは浅かったようだ。
もう一眠りしたい気分になる。
奴らはと横を見ると気持ちよさそうに皆んな、今も眠っている。
寝相の悪い奴はいなかったようだ。
俺は枕元からバッグを取り、中身を探ってイヤホンを探し出し、スマホに付けて、頭から布団をかぶり、番組を聴いていた。
今日の予定はバスで金閣寺に向かい、金閣寺から大徳寺には徒歩で、そこからまたバスに乗り、仁和寺で降り竜安寺、妙心寺まで歩き、そこからバスで嵐山に向かうという流れだ。
嵐山では班単位での自由行動になる。
嵐山まで来たのなら翌日訪問する太秦の映画村まで足を伸ばせばとも思ったのだが、時間的に無理らしい。
そういえば、今日は行きのバスの隣は多江ちゃんで、帰りは井上さんと聞いていた。
多江ちゃんは問題ないと思ってはいるが、嵐山からホテルまで井上さんと考えると気が重かった。
井上さんが何か仕掛けてきて、夜の楽しみであるパトロールの時間に夏村さんから怒られるのが嫌だったからだ。
しかし、今思い出しても、昨晩の花見小路、鴨川土手での夏村さんは可愛くて、その思いが俺の耳を遮断してしまいラジオの音声が頭の中に入ってこなかった。
今日もそんな夜を夏村さんとすごせればと俺は願った。
そういえば、昨晩のゲームの際、自分を当ててくれた夏村さんが抱きついてきて、夏村さんのいろいろなところが当たったし、みんなの前でキスをされたことを思い出す。
元気になったもう一人の『俺』をなだめながら、ラジオの音声に集中しようと思った。
そういえば、あれから女子会とのことだったが、夏村さん大丈夫だったのだろうかと心配になる。
井上さん、多江ちゃんからみれば敵であるし、目の前で夏村さんがあんなことをしたら絶対に気分が良くないだろう。
多分、那奈は恋敵とは考えてはいないので端で聞いていて笑っていて、石森さんは端で話を聞いているという構図が思い浮かぶ。
石森さんもあれだけ昨日のバスの中で俺と会話の練習をしたのだ。
少しは誰かに加担したのかなとも思ってしまう。
そんなことを考えていると一人二人と仲間が起き始めた。
「かず。おはよう。昨日はいつ頃帰してもらったんだ」
と坂本が聞いてきたので、俺は、
「あれから一時間くらいで解放されたよ。昨日は絶対にみんなは来なくて成功だったよ。たぶん女子に弄ばれたと思う」
「お前、弄ばれたのか…… い、行かなくて良かった……」
彼らの表情とは正反対にカーテンから漏れるまぶしい光が今日の好天も保証しているかのようであった。
腹が減ったので早く朝食行こうぜと鵜坂が誘ったため、みんなで朝食会場に向かうと一番乗りだった。
昨晩は、興奮していたということは否めないが、俺は若干眠そうな顔をしていたらしい。
「かず、昨晩は女子の部屋で何かあったの?」
と鵜坂がニコニコしながら聞いてきたので、
「目隠しさせられて、自分の目の前にいるのが誰かを当てるというゲームというか拷問をうけた」
と答えた。
そんなことがあったのかといった表情で全員が俺の方を見ると、坂本は、
「結果はどうだった?」
と聞いてきた。
おれはどう答えれば、簡単な落ちで終わるかと考えたが、結局答えは出ず、正直に答えた。
「全員当てた」
「おう!」
やはりコイツら話に乗ってきたな……
案の定、そこから約十数分間、彼らは箸を置いて、話に聞き入っていた。
「やっぱ、すげえなあ。俺だったらお前みたいに学校に付き合いが多いと一人一人の名前すら覚えられないけど、お前、名前はもちろん、みんなのクセとかも知ってそうだもんな」
と聞かれたが、実のところは旧ヤンキーメンバーはほぼわかっていた。
あとは一部付き合いのある中間層の奴らも知っていた。
ただ、そんなことを言って余計な詮索をされたくなかったので、こう答えた。
「そんなことはありませんって」
「そういうところも女子に好かれるところなのかねぇ」
「いやいや、すべては中学時代の失敗の反省から来ている訳で……」
と俺が話している時も、顔見知りが通っては、俺に声をかけてきた。
これも上郷地先輩から、ヤンキー、中間層に顔見知りを増やしておけと言われたことを忠実に守ったおかげだと俺は思った。
「さて、女子グループ来る前に部屋に戻りますか。それともかずだけ来るの待っているか?」
「待ちません。さっさと行きましょう!」
と佐々木の案を受け、俺たちは早々に朝食会場を撤収した。
部屋に戻り、今日持って行く品物をリュックに入れ、出かける準備をしていると、
「今日のバスのお隣さんは誰なの」
「行きが多江ちゃんで、帰りが井上さん」
「行きは前妻、帰りは内縁の妻かよ。昨日より厄介だな」
「井上さんの内縁の妻は自分で言ってるからいいけど、多江ちゃんはまずいでしょ」
「でも、かず、多江のこと好きだったんだろう?」
「ノーコメント」
「まあ楽しみが増えましたなあ……」
とみんなはいやらしい笑い方で喜んでいた。
出発の時間となり、ホテル前に集合すると、女性メンバーは女子会を相当遅くまでがんばったらしく、全員眠そうな顔をしていた。
一方、夏村さんは終始下を向いていた。
「夏村さん、おはようございます」
と俺が声を掛けても、夏村さんは、
「おはよう……」
と軽く返答するだけだった。
昨晩の女子会で何かあったのだろうなと俺は思ったが、多分、バスの中でその話題になるのであろうと思った。
遅くとも帰りのバスの中では確実になるであろうと俺は思った。
とはいえ、心配である。
俺は夏村さんの行動をチラチラ見ながらバスに乗り込んだ。
「かずくん、おはよう。昨晩はゆっくりできたの」
行きのバスで隣になる前妻さん、ではなく多江ちゃんは席に座ろうとした俺に向かって言った。
「女子の部屋出て、男子の部屋戻ったら、もうみんな寝てたよ。何もすることなかったんで、しょうがない。俺もすぐに寝ちゃったんで睡眠時間はバッチリだよ。でもなんか、睡眠が浅くて……」
「私たちなんか三時まで話ししてたよ。まあ内容はかずくんネタだけどね」
「そうでしょうね。夏村さんの姿を見ると、夏村さん、相当攻められたのが目に浮かぶよ」
「まあね…… というか、結構私もショックだったかなと思って」
「何が?」
「あのメンバーの中で自分が一番自分の本心を押し殺してきたのかなあと思っちゃって…… 緊張して手に汗かいちゃうし…… 勉強もそうだけどかずくんと本心でもっと対応するようにならなければと思って」
「本心を押し殺してきたの」
「うん、やはり受験が第一だからまずはそれを進める。でもそれを優先して受験に受かったときに、すでに欲しいものがなくなっているとおもったら、やっぱり嫌だなって思ったんだ」
「今は受験を優先させなくっちゃいけない時なんじゃないのかな。多江ちゃんにとっては」
「やはり、かずくんがそばにいて、それで合格が最高の結末になるんじゃないかなって……」
「でも、受験落ちたら今までが無駄にならない?」
「そのためにも自分が強くなっていかなくっちゃいけないなって思ったんだ」
「強くなるだけでそんなにうまくいくのかな?」
「でも、それで納得いくならやってみたいんだ」
「あの~、俺からこんなこと言っちゃいけないけど、多江ちゃんの家は医者の家、俺の家は花屋の家だよ。釣り合わないし、例え付き合っても未来が想像できないよ」
「未来ってさ、自分で作って行けばいいんじゃないかな。付き合っていくうちに、お互い思い悩み、進むべき方向を二人で考えていけば良いんじゃないかなって思った」
「要は付き合って見ないとわからないってことか。自分勝手に考えず、付き合って居れば二人で考えればいいってことだね」
「そう、思う」
「なんか、今の話、現在の自分にも当てはまる考えなんでとても参考になった」
「相手は私じゃなくて、沙羅ちゃんで考えてたでしょう!」
「正解……」
多江ちゃんは軽く俺の肩を叩いた。そしてうつむきながらこう言った。
「あのさ、バスの中でだけ手握ってていいかな」
「な、なんで!」
「昨日の反省。緊張しないように練習しておかないとね。それとかずくんに私の手の感触も覚えておいて貰わないといけないから」
「そんなこといらないんじゃないの?」
「私じゃないよ。かずくんに覚えて貰いたいんだよ。私は井上さんみたいに本能で動けないから、このくらいしか、かずくんに印象付けできないけど」
「昨日、井上さん、なんか変な発言したことが想像できますが…… まあ、勉強一筋っていうのも辛いって自分もわかってるから、できる限り協力しますよ」
「かずくんなら、そう言うと思ってた。ありがとう」
といい、二人はどちらからともなく手を握り合った。
バスはホテルを出発し、四条通りを通り四条堀川で右折し、堀川通を北上した。
「そういえば、附属中学出身は伊達じゃないね。夏村さんの成績ののびがすごすぎて怖いんだよ」
「そんなに上がってるんだ。全然私には話してくれないから、どうなのかも知らないんだけど」
「なんとか受験までには慶応の入試に対応できるレベルになると思う」
「すごいね。一緒に勉強会やらせて貰って、沙羅ちゃん、結構難しいことやっているなあって思ってたの。それで、一年の時からこんなに沙羅ちゃんのことをかずくんが面倒見てたんだと思ったら、なんか私の方がかずくんに先に告白して、一緒に頑張っていたら私ももっと成績よくなっていたんだろうなあって。そうすれば、かずくんとも付き合えたし、もしかすると、二人で一緒の第一志望の大学に行けたかもしれないし」
そう言いながら、多江ちゃんは俺の手を強く握った。
「でもね、これは相手が夏村さんだったからうまく言ったのかもしれないし、多江ちゃんだったらダメだったかもしれない。こればかりは、受験の結果が出てみないとわからないと思うよ」
「まあね。沙羅ちゃんの勉強方法、私の勉強方法、その上最近は、吉川さん、井上さんの相談も乗ってるんでしょ。大変だよね」
「人は一律ではないから、その人に合わせて計画を練らなくてはいけないのが大変かな。ただこれだけいると、自然と教え方のツボは分かり初めてきた感じがする」
「えらいなあ。でもやはり中心は沙羅ちゃんなんでしょ」
「う~ん。とはいえ、俺って自分に自信が無いから、卒業後に夏村さんに振られて一人になるということも想像しちゃうんだよね」
「そうか、だから、かずくん、井上さんとか私とか完全に吹っ切らないでキープしてるんだ! 最低! でも、どうしてそんな心配事があるの?」
「いや、漠然としているんだけど、何か、最後に…… と思えてしまうことがあるんだ。俺とは別世界に夏村さんが行ってしまうような気がして…… その上、他のみんなも俺から離れて行くって最悪のことも考えちゃうんだ。まあ、中学時代のトラウマなんだけどね」
「大丈夫だよ。そこは沙羅ちゃんを信じてあげないと。あれだけかずくんのこと、好きだって昨日も言ってたんだから」
「えっ?! 夏村さん、何を言っていたのでしょうか?」
「本人から聞きなさい!」
バスは西陣を過ぎると北大路通を左折し、金閣寺方面に向かう。すでに道路は観光バスを含めて渋滞状態であった。
「あのさ、かずくん。昨晩、私が手に汗をかいていたって言ってたけど、ここまでかずくんは何回自分の手を拭ってましたか?」
「三回ほど?」
「どなたが汗をかいているのですか?」
「俺です」
「なんだ、かずくんの方が緊張してるんじゃないの?」
「そうかもしれません」
「じゃあ、緊張ついでに肩に頭付けていい?」
「別にいいけど」
「ほのかに、新宿で嗅がせて貰ったかずくんの匂いが忘れられなかったりして」
「多江ちゃんが井上さん化するのだけはやめてください! イメージが合いませんので」
「ところで、私ってかずくんから見てどういうイメージなのかな?」
「そうねえ、清楚な、お、おじょうさまタイプです。最近は違うけど」
「最後のは余計! じゃあ、沙羅ちゃんは?」
「ヤンキーの時は別に置いといて、おじょうさまタイプですね」
「じゃあ、同じだよ。沙羅ちゃんがしたいことを私もしたいし、私もしてもらいたいんだよ」
「そうなんですね。留意しておきます…… えっ! もしかして夏村さんも俺のフェロモン注入していたりして!」
「今度聞いてみたら♫ ん? どうしたの」
「また、手を拭ってよろしいでしょうか?」
「いいよ。でも今日、かずくんの右手は私の匂いが定着されましたので!」
「金閣寺のトイレで石けんでゴシゴシよく洗います」
「ひどいなあ」
といい、多江ちゃんは俺の肩を叩いた。
そして優しく自分の頭を俺の肩にくっつけた。
その時、多江ちゃんから夏村さんとは異なる香りを感じた。
俺の心拍数は十数回/分増加させられたが、多江ちゃんからの香りの効果なのか、ただ緊張していただけなのかはわからなかった。
金閣寺につくと、速攻でトイレに向かう…… ことは多江ちゃんに失礼と思い、することはできなかった。
バスから降りた後は例のごとく班で行動し、撮影スポットでいつもの流れで写真を撮りながら大徳寺まで進み、再びバスに乗り込んだ。
「かずくん、なかなか手を洗わないね。そんなに私色に染まりたい?」
「多分、染まっているでしょうね!」
と言い返すしかなかった。
「そういえば、かずくん。最終の志望校って決めたの?」
と多江ちゃんから聞かれたときに俺は迷った。
本当のことを言うべきか? まだ決めていないと言葉濁らすか。
この雰囲気をぶち壊す可能性もあるが、正直に言うことにした。
後で嘘をついていたと思われる方が嫌だったからだ。
「八月に多江ちゃんのお父さんの紹介で新宿のJR東京病院に行った時、外来で出会った人が装着していたロボット器具や先生の机の上にあった医療用ロボットのパンフレットから興味を持って、先生に話を聞くことが出来たんだ。そして、俺のようにハンデを背負った人の人助けをする医療用ロボットの開発をしたいと思ったんだよね。それでそのような勉強をするにはどこに行くべきかいろいろと調べたんだ。それで最終的に決めたのが、第一希望が筑波の医学部、第二希望が早稲田の先進理工学部なんだ」
「やっぱり、医学部行くんだ。それも筑波か。私と同じだね。千葉大でもいいんだけど、ちょっと難易度が少し高いんで筑波に私も最終的に決めたんだ。三十人定員だけど二人とも入れるといいね」
意外と多江ちゃんの表情は明るかった。
俺は多江ちゃんが何で私の邪魔をするんだぐらい言ってくるのかと思ったのだが、逆に喜んでいるような表情だったのには驚いた。
そこで、俺はこんな質問を多江ちゃんにしてみた。
「同じところ受けるって嫌じゃないかなと思って今まで言うのを躊躇していたんだけど……」
「多分そうじゃないのかなって思ってた。でも、もし二人で合格できれば大学で、沙羅ちゃんよりも私と一緒に過ごす時間が長くなるから、一発大逆転あるかもって、今思っちゃった」
そう考えた結果が多江ちゃんのあの表情だったのかと思った。
「そういう考えもありだね。お互いがんばろう」
というと、多江ちゃんは微笑みながら頷いた。
それからは多江ちゃんは話しもせず、俺の右手を握り、右肩にあたまを付けて眠っていた。
これは妙心寺から嵐山までのバスの中でも同じであった。
昨晩は大分お疲れだったのだなと推測できた。
しかし、終始うつむき加減の夏村さんの姿が俺は気になった。
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編集記録
2022/12/20 誤記修正
2023/02/11 一部改稿に伴い、一部分割し、7-13話に統合




