1-4話 夏村最強化計画
夏村さんと初めての勉強会の日程調整をした翌日は水曜日。
俺と勉強仲間は南浦和の進学塾を終え、近所のバーガークィーンで時間をつぶしていた。
「今日もあのヤンキー姉さん、かずのところに来ていたよなぁ。やっぱ、本当におまえら付き合ってるの?」
「うん、そうだけど」
「先生達からは何か言われてないの?」
「いやぁ、先生から呼び出しとかあるのかなとは想定はしてたけど、先生の耳に入っていないのかな。何も今のところは言われてないよ」
「なんで拒否らなかったの」
「特に夏村さんを教えることについて拒否する理由もなかったから受けたって感じかな」
「怖くないの? 相手ヤンキーだよ」
「うん、うちの中学校もヤンキー結構居て、中二まで生徒会をやっていたということもあって、少なからずヤンキーと対決とまでは行かなくても、マジで対話なんてやってきたからね」
「結構、勇気あるね。かずくん」
「でも、さすがに女性のヤンキーに対することが無かったので緊張したのは確かな話」
「でも、何か話には裏があるんじゃないかなぁ?」
「いや、勉強を教えろっとは言われたけど、何か裏で考えているようにはみえないんだよね」
「やっぱ勉強を教えろが理由なのか? 彼氏引き受けた上に、勉強も教える、どっちがかずとしてはメインなんだ?」
「俺の心中では勉強がメインでしょう。自分の彼女だよ。だったら、もっと他のタイプの方がよくない……?」
「多江みたいな子?」
俺と多江ちゃんが赤くなるのを見て冷やかす勉強仲間たち。
「ヤンキーと多江ちゃんだったら、もちろん多江ちゃんでしょう」
「本音を言ってるし」
「いやいや、あくまで比較をしての話だよ。多江ちゃんは俺にとっては高嶺の花だしね」
ん? 俺は不用意なことを言ってしまったのだろうか、多江ちゃんの顔色が曇ったように感じた。
以前にも言ったが、俺は実家が花屋だし、多江ちゃんの家が医者であるので、不相応と思っていた。
それが高嶺の花と言葉になっているわけだが、多江ちゃんが俺に好意を寄せていることはないと思う。
気のせいだろう、話を変えよう。
「一応自分の方向性としては、夏村さんのレベルがどのくらいなのかわからないけど、自分よりレベルの劣る人に教えることは自分の復習にもなるし、いいかなぁって思ったんだよね。ということで毎週木曜は勉強を教えに行くので、勉強会には参加できません。ごめんなさい!」
「そこまで考えているんだったら、いいけど……。自分の成績のことも考えてね」
「さくらちゃん、わかった。ありがとう」
「ところでどこで教えるの?」
「彼女の家」
「お前、悪の巣に身を投じるつもりか?」
「ひどい言い草だなぁ。その辺は信じて対応するよ。家庭教師も教え子の家に行って教えるじゃん。それと同じだよ」
「まぁ、いいや。もしトラブったら相談しろよ」
「呼び出されたとき何もしてくれなかったから信用せん!」
「わりぃ、わりぃ」
多分、この謝罪も本心じゃないんだろう。
「でもさ、かず。本意はわかったけど、彼女とはマジにはなるなよ」
「うん、高校終了までにはバイバイって感じになれればいいなと思ってる。自分の受験も大切だからね。それまではがんばってみんなの地位は守る」
「まあ、よろしく頼むよ。でも確かに最近ヤンキーのちょっかいが無くなったよな」
「それなら満足です」
このような形で勉強仲間には状況と今後を説明し、了解を得た。
当然、何か起こった時にはおまえらには何も言わないつもりだ。
何も役に立たないのは先日の行動で分かったからだ。
今後は、自分だけを信じて頑張るよ。
少なくとも彼らのは迷惑をかけないようにしようと思った。
しかし、暑いなぁ……
アイスコーヒーの入ったプラカップについた露の量でそろそろ梅雨は近いと感じた。
その翌日も昨晩と同様に暑かった。
俺は自転車を飛ばしながら学校に向かった。
自転車は勉強仲間との塾への通学が決まった時点で両親が買ってくれた。
ペダルのところに三段、車輪のところに六段の計十八段変速の自転車であった。
自分としてもお気に入りの自転車で、同じ高校の生徒の自転車を追い抜くとそれは快感であった。
こいつには卒業までお世話になると思って使っていたが、高二の時に意外なことから乗らなくなってしまった。
この時点ではそんなことが起こるとも知らず、気持ちよく自転車をとばした。
自宅から三十五分ほど走らすと学校に着く。
街中の混雑を避けるため、帰宅部にも関わらず、八時前後には教室に着いているのが日課だった。
教室に着くと、まず校舎外側の窓を開き、そして廊下側の窓を開く。
梅雨前とはいえ、窓を通り抜けていく風は気持ちがよい。
たまにクラブの朝練に出たクラスメイトが教室に来ることはあるが、授業までの数十分は俺の世界だ。
自分の席に付き、授業の予習をしながら、教室内を眺めると、黒板消しやチョークの配置が気になり直しに行く。
他人が見たらどうでもいいルーチンが好きだ。
朝の教室にヤンキーはいない。
当然、彼らはほぼ始業のベルが鳴る時刻周辺に来るのでそれまでは安全である。
自由を満喫しながら、予習を続けていると、廊下の方からパタパタと上履きを鳴らしながら歩く音が近づいてきた。
勉強仲間が来るには早すぎる。
足音が止まったので、その方向を見ると、
「おーす、かず、おはよう!」
な、な、なんで夏村さんが?
「おまえ、朝、早いって聞いていたから来てみた。本当、いたよ! ウケる!」
全然ウケていないし、誰が教えた?!
俺はテンパりながら返事した。
「お、おはようございます。夏村さん! ところで、な、な、なんで?」
「朝から一緒に居たら、付き合ってるっていう宣伝効果でかいだろ? だから来てみた」
戦略的早朝登校ですか?
「はぁ、そうですか……」
「うれしくないのか?!」
「はい、うれしいです!」
もう、ザブングルの加藤の顔まねをしながら言ってみたが、どうやら夏村さんはザブングルの加藤を知らない様子でスルーされた。
「そうだよな! んん、おまえ朝から何やってるんだ。勉強かよ。感心だな。予習か復習か?」
「両方です。反復回数を増やすと知識の定着が早いので」
「そうか、さすがだな。今度、俺もやるか。その時は、かず、仲間に入れてくれな」
「いいですよ。やる気があるなら」
「おう、あるぞ。じゃあ、その時に声かけるから。以上! 今日からの勉強会よろしくな。予習の時間、つぶして悪い」
そんな配慮の心があるんですね、感心、感心。
そして、夏村さんは後ろ手に隠していた缶コーヒーを出し、俺に投げた。
俺が、受け取ると夏村さんは、笑顔でこう言った。
「勉強、がんばれよ! かず!」
夏村さん、これからも宣伝効果のために朝早く来るのだろうか……?
※※※※
やはり緊張しているのだろう。
いつものように過ごしているつもりだったが時間が進むのが早いと感じた。
あっという間に六時限目の授業が終わり、俺は席を立った。
坂本は、昨日の会話を気にしてくれていたのであろう、俺に声をかけてきた。
「これからか?」
「あぁ。十八時集合なんで、ゆっくり行っても十分間に合うと思う」
「ふぅ~ん。あいつの家ってどどこら辺なの?」
「地図的には一女(浦和第一女子高校)のそばかな?」
「そんないいところに住んでんだ。あそこって高級住宅街だぞ」
「みたいだね。じゃあ、行くわ」
「道中、お気をつけて!」
俺は駐輪場に着くと、前日に調べた地図を再度確認し、胸ポケットにしまうと、自転車を走らせた。
夏村さんからは前日ラインで住所を教えてもらい、あらかた、地図でシミュレーションをしていた。
近くには調神社という狛犬の代わりにウサギが入り口を守っている浦和の鎮守の神社がある。
正月の初詣でうちの家族は必ず参拝するため、その近辺の土地勘はあった。
高校からはJR浦和駅まで行き、そこから旧中山道を俺の家とは反対方面に自転車なら五分ほど飛ばせば着く距離であろう。
夏村さんの家はJR浦和駅と南浦和駅のちょうど中間あたりの岸町という住宅街にあった。
彼女の家のそばには、県内有数の進学女子高である浦和第一女子高校がある。
この高校は県内では『一女』の愛称で親しまれている。
夏村さん、多江ちゃんの出身校はこの高校に毎年五十人近くの合格者が出る有数の進学校であり、彼女たちも縁があればこの高校に行ったのだろう。
その高校から徒歩で二,三分くらいのところに夏村さんの家はあった。
一戸建てではあるが、家をファンスが囲み、フェンスの上には鉄条網が張り巡らされている。
その上、フェンスの各コーナーには上下2個ずつ監視カメラが付いていた。
想像以上の金持ち、あるいはこの近辺の地主なのかと勝手に想像をめぐらした。
玄関に立つ。
そのドアは相当な厚さの金属でできた防犯ドアのようだった。
多分ミサイルを撃ち込まれても簡単には壊れないのではないかと思えるような不必要な厚さで、圧迫感を感じる。
俺はその横にある、呼び鈴を押した。
ツーコール目で、スピーカーからガタッという音がなった。
「あぁ、かずか。今開ける。自転車は中に止めて」
と夏村さんの聞きなれないテンションの声が響いた。
ドアがカシャという音とともに少し開いたので、俺はドアを開け、中に入った。
そこは玄関ではなかった。
ドアの奥は中庭になっており、玄関は別にあった。
玄関までは二,三分ほど歩かないと行けない距離があった。
足元には横二メートルほどの敷石が敷かれ、敷石の両端にはいくつもの灯籠らしきものが置かれていた。
雨が降ったら、入り口から玄関までこんなに遠いとぬれてしまうなぁとか、夜になって灯籠に電気がついたらきれだろうなぁと勝手に思ってしまう。
自転車は入り口の中に止めてほしいと言われたので、ドアの横にあるこちらも強化扉のついた巨大な駐車場に止め、敷石を踏み鳴らしながら玄関に進んだ。
「お~い。待ってた」
と、夏村さんらしき人が玄関のドア越しに顔を見せた。
そこで顔を見せた夏村さんらしき人。
俺の知っているのは学校で会っている赤い化粧をしたヤンキー姿の夏村さん。
どうにも照合できない。
玄関に出てきた夏村さんは服装は上下黒スウェットなのだが、学校のケバい化粧は落とし、ほぼすっぴんであった。
あんな化粧をすると顔がデカくというか、イカツク見えるのに、ノーメイクの夏村さんは顔が小さい。
その上、意外と細身……。
胸は…… 残念(俺は少し大きめが好きです)だが、足が長い。
髪の毛はピンク色だがポニーテールに束ねていた。
目は大きめでまつげが長い。
ヤンキー姿では吸血鬼のような口は、化粧を落とすと唇は薄ピンクで、気持ち厚みは薄かった。
俺はこのすっぴんでの意図しない美しさに完全にすべての動作を停止してしまった。
それを見た夏村さんは言った。
「馬鹿な顔してねぇで早く入れよ!」
その声はいつもの夏村さんであり、俺は活動を再開した。
家に入れてもらうと、広い廊下を通り、一番奥の部屋に通された。
俺は妹以外の女性の部屋に行ったことがなかった。
とはいえ、妹の部屋にもかれこれ数年は入ったことがない。
ただ、夏村さんの部屋は……? と考えた時、部屋の中にまずい凶器や部屋の中がスプレーでいろいろな色に塗られていて、壁には『夜露死苦!』とか書かれているんだと勝手に想像してしまっていた。
さらに想像以上になっていたら、どうしたらいいのだろうと思った。
夏村さんは部屋のドアを開け、中から
「入って……」
と俺を促した。
例のごとく、俺は『失礼します~』とあいさつし中に入る。
と! と! と!
全く想像もしていない風景がそこには展開されていた。
そこはきれいに整頓され、ごみも散乱していない、ただし女子高生の読むような雑誌は一つもない、飾りっけの欠片もない、そんな部屋だった。
びっくりしている俺に向かって夏村さんは、こう言った。
「な~に、部屋きれいだろ! ビビっただろう! 帰って掃除したんだ。よろしく!」
えっ、なに普通の女子高生みたいなことしてんだよ(想像)。
てか、それ以上かもしれん……(想像)
「あの~……もしかしてこれって、俺のため?」
「前のありさまじゃあ、かずも集中して教えることもできないと思ってさぁ。きれいにしたわけだ」
意外な彼女のやる気を感じ、俺もうれしさが込み上げて来た。
「ありがとう。やる気満々なんだね」
「あ、当たりめぇよ~! (じゃない…)当たり前だよ。俺自身のためだもんな。おととい、こっ恥ずかしい俺が勉強する理由を、図らずもおまえに言わされて……。決心がついたんだよ。俺、がんばろうって。まぁ、まだ教えてもらってないんだけどな」
夏村さんは照れながら笑顔で俺にこう言った。
おとといのこと。
俺が夏村さんを追い込んで言わせてしまった、彼女の理由。
そこで、俺は彼女をなんとかしてあげたいと思った、彼女の理由。
それは一つの俺の決心。
そして彼女の決心。
無駄にはできない。
がんばらないと思った。
「じゃあ、始めますか?!」
◇◇◇◇◇◇
約二時間、俺は夏村さんの勉強の現状と中学時代のいつから勉強がわからなくなっているのかを確認した。
そこでいくつかの原因となる事象が散見された。
そして、中学時代の成績や今回の中間テストの成績からあらかた、夏村さんの欠点らしきことは見つけることができた。
そこで分かったことは、以下の内容だ。
1.中学二年までは成績が学年で二十番以内にいたこと
2.中学三年以降に何かの理由があって勉強をすることを拒んだこと
3.そのことが現在まで続いていること
4.暗記ものの社会は得意で、情報を提供するとスポンジに水が吸収するようなスピードで対応できること
もちろん、論理性が必要な科目も勉強を継続すればすぐに対応できるようになると考えた。
確かに、国立埼玉大学教育学部附属中学校の学年二十位以内を取っただけあり、地頭が俺より各段に良いと感じた。
そこで、中学三年から現在までの授業を復習し、確認テストを行いながら、確実な知識にしていくことを第一目標にすることを夏村さんに告げた。
なぜ勉強しなくなったかは今は論点とはせず、問題となった時点で解決に協力しようと考えた。
夏村さんは初め、自分の過去の成績を俺に見せることをかなり抵抗をしたが、根気よく説明し、最終的には納得してくれた。
もちろん、その間、「あーん」、「なんだ、おら!」となじられること、胸倉をつかまれることは多々有ったが、最終的には肯定的に対処してくれた。
また、ゴールを明示することで彼女も納得し、暴言、暴力はその後、減っていった。
もう二十時。
そろそろ、終わりにして帰ると夏村さんに告げた。
その時、夏村さんは俯きながら、
「あの、俺、一人で飯だし、一緒に食っていかないか。てか、実はもう作ってあるんだ」
え、え、え!
「な、な、なんとおっしゃいました?」
「だから、一緒に晩飯を食べようって言ってるんだ」
「承知しました」
想定以上の緊張感が俺を襲った。
ヤンキーが俺にご飯を作った+ヤンキーと一緒にご飯を食べる+まずいとは言えない=冷や汗、タラタラであった。
出てきた食事は普通の一般家庭で出るような食事であった。
ブタの生姜焼き、里芋の煮っころがし、ご飯、豚汁って男子高校生のハートをつかむ最強レシピではないか!!
俺は『いただきます』といい食べ始める。
すると夏村さんは、気にして聞いてきた。
「冷えてないか? もう少し温めようか?」
なんか本当のカップルのような気分になってしまうのだけど(交際経験のない男はチョロい)……。
味はうまかった(んだろう)……。
だって、意表を突かれたのと緊張で味なんかわかりませんよ。
と思っているうちに完食。
手を合わせ、『ごちそうさまでした』と言った。
『お粗末でした』といい、テーブルに肘を乗せ、両手を組み、そこにあごを乗せて、夏村さんは俺の顔を見た。
目の前にすっぴんの自宅モードの夏村さんの顔が!
完全に、血圧が五十ミリ水銀近く上がってしまったでろう、心臓が口から出そうになった。
「どうだった?」
「うまかったです」
「また食いたいか?」
「はい、お願いします!」
「じゃあ、次回も作るから家には飯要らないと言っておいて」
と言い、夏村さんはキッチンの方に歩いて行った。
その数秒後、どこかの壁がドカッという音がしたと同時に、キッチンにいる夏村さんが「よっしゃ~!」と叫んだのを聞き逃さなかった。
何が起こったのかと思ったのと同時に、かわいいなぁと思ってしまい、吹き出してしまった。
玄関で別れを告げ、駐車場から自転車を出し、不必要に重いドアを閉めた俺は、夏村さんの家の方向に振り向き、家を見上げた。
やはり、家族は居ないんだなぁ。
ただ、今も自炊をしている時点でそこまで堕落はしていない。
勉強するにあたっても、積極的に自分から勉強してくれる。
なによりも、おいしい夕食も待っているなら、彼女にこのまま付き合おうと思った。
そして、夏村さんって更生したら本当に最強になっちゃうんじゃないかと思った。
でもヤンキーだからという理由を見つけ、心を落ちつかせ、自転車に跨った。
俺は自転車に乗り、十分ほどの家まで全力で漕いで帰った。
夜の旧中山道は車の通りも少なくなり、信号が一直線に青信号で並んでいるのが見えた。
食器の後片付けが終わると、自分の隣の部屋にある仏壇に向かう夏村さん。
そこにおかれた写真を見ながらこう言った。
「父さん、母さん、かずくんがうちに来てくれたよ。その上、私が作った食事がおいしいって。やっぱ、あの時と変わってなかったよ、かずくん」
当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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編集記録
2022/8/19 校正、一部改稿
2023/05/01 改稿




