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09 黒魔術師、許嫁と夜を過ごす




「んふふー。オルアスと二人きりー」


 幸せそうなセルミナの声を聞きながら、俺は部屋の明かりを消してベッドに入った。

 夕食や体を洗う時に、はしゃいでしまったせいで、就寝の時間がいつもより遅くなってしまったのだ。


 まさか、水を生成する魔道具を買うのを忘れていて、俺が魔法を使ってシャワー代わりになり、セルミナの背中を流すことになるとは思わなかった。

 セルミナが自分から「オルアス、私のシャワーになってよ」って言っておきながら、本人が一番恥ずかしがっていたのは、さすがに笑ってしまった。


「えへへー。オルアスあったかいー」


 寝転がっている俺の横から抱き着いてくる。

 そんなセルミナを軽く抱き返しながら、ふと昨夜のことを思い出す。


「そういえば、昨日の夜にシュフィアさんが言ってたことって本当なの?」


「ん? 何のこと?」


 きょとんとした顔で、セルミナは首を傾げる。

 確かに、質問がちょっと言葉足らずだったかもしれない。


「領主の息子の妾にならないか、と言われて縁談をもちかけられたって聞いたけど」


「うん。でも、私にはオルアスがいるから、って言って断っちゃった。そしたら、逆上されて剣を向けられてさー。領主様が直々に止めてくれなきゃ、どうなってたことやら……」


 ふつう、領主の息子に嫁ぐことは、玉の輿という言葉で済ますには足りないほどに夢のような話だ。

 妾でも愛人であろうとも、領主によって将来が保証されるわけだし、多少のわがままも聞いてもらえる。

 日々の生活が不安定な農民にとっては、神の手が差し伸べられたように感じられることだろう。


 しかし、セルミナはそんな夢のような話を断ってまで、俺を選んでくれたのだ。

 遠くに旅立って、帰ってくるかもわからないような、そんな俺を。


「……本当に、ありがとな。俺との約束をちゃんと守ってくれて」


「ううん、当然だよ。むしろ、オルアスを裏切るなんて、考えたこともなかったし」


「俺が帰ってこなかったり、王都で恋人を作ったり、とかは考えなかったのか?」


「全く考えなかったよ? ……って言えたらかっこいいんだろうなー。実は、かなり不安だったんだよね……。もし、帰ってこなかったらどうしよう、って……」


「不甲斐ない私でごめんね」と言って、セルミナは目線を下に遣った。

 俺はそんなセルミナの頭を撫でて、できるだけ優しく言った。


「心配かけて本当にごめんな。帰るかどうかも分からない旅に出た俺を、ちゃんと待っていてくれて、本当に感謝してもしきれないよ。……俺は、セルミナの婚約者で、本当に良かった」


「……私も、オルアスの婚約者でよかった」


 ふわりと笑って、さらに密着してきた。

 そしてセルミナは、目を瞑りながら顔を近づける。

 俺の頬に、しっとりとした柔らかい感触が重なった。


「んふふ。オルアスにファーストキスをあげちゃった」


 妙に嬉しそうに、セルミナが言う。


「そう言う割には、唇にキスしないんだな」


「うるさい! 今の私はこれが限界なの! 心臓が壊れちゃったらどうするのよ!」


 ぽかぽかと俺の頭を叩く。

 暗くて見えないが、きっと顔を真っ赤にしていることだろう。


「茶化したりして悪かったって。だから握りこぶしで殴るのはやめてくれ……」


「乙女の純情をもてあそびやがって! この! この!」


 うん、この口調はかなりふざけてるね。

 たまに「ふふふ」という声が漏れて、笑い声を隠しきれていなかったりするし。

 俺の隣で寝転がりながら、俺の頭をぽかぽかと叩く姿は、本当に微笑ましい。


……カタッ。


 今、何か音が聞こえなかったか?


「ちょっと、一回それ止めてくれ」


「その手には乗らないよ! この! この!」


……コトッ。


「おい、ストップストップ! なんか、嫌な気配がする」


「だから、そんな手には――」


 カタッ、コト、コト……。


「――え? も、もしかして……」


 俺の頭をぽかぽかと叩いていた手を止めて、怯えた様子で俺の左腕を強く抱きしめてくる。

 若干、体が震えている気がするが、気のせいだろうか……。


……ギィィィィィィ。


「き、きゃあああああああああああ! お、お化けえええええええええええ!」


 耳元で叫ぶな!

 耳が壊れるから!


 耳鳴りに苛まれながら、セルミナの視線の先を辿る。

 しがみつくセルミナを引き剥がしてベッドから出てから、周囲を警戒する。


「ったく、いい感じの雰囲気を邪魔しやがって」


 ドアを開けて寝室に入ってきたのは。

 紫色で、実体を持たないガス状の身体を持ち、二つの目玉だけが宙に浮いているような魔物。


 シャドウゴーストが、こちらをじっと見つめていた。




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