08 黒魔術師、家を買う
一通り家の中を見て回り、アードレルの説明も十分に聞いた。
その結果、俺もセルミナも納得して、家を買うことにした。
ある程度のお金は持ち歩いていたので、エシュナの土地管理事務所に戻ってすぐに契約を済ませ、今日から住み始めることになった。
そんなわけで、エシュナの土地管理事務所を出て、街で足りない家具や備品を買った。
その後、アードレルに馬車で荷物の運送を頼み、新しいマイホームの前に戻ってきて、今に至る。
改めて、マイホームを眺める。
エシュナの街の外れにある、大きめの一軒家。
右を見れば、広大な畑が広がっており、左を見ればエシュナの市街地が見える、そんな立地だ。
街道沿いで店としての利便性があるところもプラスポイントだ。
建物の中に入ると、店として使えそうな広いスペースがある。
ここに椅子とテーブルを置いて、お客さんにくつろいで行ってもらうのもありかもしれない。
大部屋の片隅には、カウンターが備え付けられていた。
アードレルの話によると前の住人は道具屋をやっていたというから、その名残だろう。
カウンター席を作ってもいいが、会計と商品の受け渡し口にするのもよさそうだ。
「ボケっとしてないで、早めに荷物を片付けちゃおうよー。もう日が暮れるよ?」
アードレルに頼んで輸送された荷物を見て、セルミナが俺を急かす。
空を見ると日が傾いていて、確かに夜が近そうだ。
「そうだな。ベッドとか重そうだし、協力して運んでくれないか?」
「ベッド……」
消え入りそうな声で呟いて、顔を赤くしているが……。
「ん? どうした?」
「な、ななな、なんでもない! 早くベッド運ぶよ! 床で寝るのは勘弁だからね!」
慌てたように、セルミナはベッドの積んである荷台に乗り込む。
「おい、ちょっと落ち着け」
俺の忠告も耳に入っていないようで、セルミナは荷台の上を足早に移動していく。
荷台の上は危ないから、気を付けて歩かないと――
ゴツンッ!
「いったあああああああああいっっっ!!!」
痛ましい悲鳴が、辺り一帯に響き渡る。
足を押さえて転がっているところを見ると、おそらく荷台の上に積んであったタンスの角に足をぶつけたのだろう。
「だから落ち着けって言ったのに」
そう言いながら、俺はセルミナに駆け寄って、頭を撫でてやる。
「だって、オルアスがベッドとか言うから……。変なこと想像しちゃったんだもん……」
涙目になりながら、頬を染めて、伏し目がちに俺を見てくる。
かわいそうな感じになっているが、しかしこれは明らかにセルミナの自爆だろう。
ベッドって言うだけで、あんなことやこんなことを妄想しちゃうっていうのは、さすがに俺にはどうしようもない。
だから、もうちょっとだけ意地悪してしまおう。
「なるべく、優しくお願いな――」
――ベッドを運ぶのを、ね。
頬を染めるだけでなく、耳まで真っ赤にしながら、セルミナは頷いた。
まあ、この発言の本当の意味は「さっきみたいに慌ててベッドを運ばれたら、落としたりしそうで危険だから、優しくお願い」って意味なのだが。
だから、嘘を言ったわけではない。
ちょっと、必要な情報を言わなかったというだけで。
「なんか勘違いしてるらしいけど、ベッドを優しく運んでくれないと危険だ、って言っただけだぞ? セルミナは今、何を考えてたんだ?」
「オルアスのバカ!」
その言葉と同時にペシンと、頬に平手打ちを食らった。
昔から、セルミナは恥ずかしくなると照れ隠しのために平手打ちを飛ばしてきたんだよな。
それだけは、勇者パーティーとして戦ってきた俺でも、反応できない速度だったりする。
一体、その素早い平手打ちの技術は、どこで手に入れたものなのだろうか……。
あまり痛くなかった頬を軽く撫でながら、俺はそんなことを考えた。
「おーい、そろそろ荷台を返してもらってもいいか? オレもそろそろ帰りたいんだけど……」
予期せぬ方向から、声が聞こえた。
慌てて振り返って見てみると、いつの間にか、アードレルが来ていた。
ということは、俺とセルミナのやり取りを見ていたのだろう。
アードレルが馬車の荷台を返してもらうために戻ってくるということを、すっかり忘れていた……。
なんとなく恥ずかしい思いをしながらも、アードレルに荷物運びを手伝ってもらって、新居に住む準備は完了したのだった。
アードレルが帰る頃には、もう既に日が暮れて夜になっていた。
『もしかして、今日の夜はオルアスと……。ふふっ』
昼間に呟いていたセルミナの独り言が、ふと頭によぎった。




