06 黒魔術師、許嫁の家に行く
「ただいまー!」
「お邪魔します」
街の外れにある、セルミナの家。
見覚えのある入り口の扉を、セルミナが勢い良く開く。
家の中から、こちらに向かう足音が聞こえる。
そして姿を現したのは、セルミナの母、シュフィアさんだった。
「おかえりー。頼んでたもの買ってきた? ……って、オルアス君じゃないの!」
俺の姿に気づいて、シュフィアさんは目を見開く。
そして、すぐにその表情は安堵に変わる。
まるで我が子の帰りを待っていた母親のように、優しい口調で言った。
「オルアス君、おかえりなさい。魔族との戦争のために国に呼ばれたと聞いて、心配していたのよ? とりあえず、中に入ってちょうだい? とは言っても、何の用意もできてないけどね」
そうやって笑いながら、シュフィアさんは俺を居間に案内した。
「ちょっと料理の準備をしてくるわね。ついでに、お父さんも起こしてくるから」と言って、シュフィアさんは台所の方に歩いていった。
そして、居間にセルミナと二人きりになる。
今の中央にあるテーブルを前にして、俺はセルミナと並ぶようにして座っていた。
ぼんやりとした灯りにともされた部屋の中を見渡してみる。
見覚えのある家具が、記憶よりも少し古びた感じで並んでいる。
魔法によって光を発している電灯には、少し埃が溜まっているだろうか。
しばらくして、肩をつつかれた感触がする。
同時に、セルミナはしみじみとした声色で言った。
「オルアスと一緒にご飯を食べるの、いつぶりだろうね?」
「昔は一緒に暮らしていたからな。懐かしいもんだよ」
「『娘の許嫁が困ってるのは放置できない』って言って、お母さんが路頭に迷ったオルアスを引き取ってきたんだっけ?」
「そんな話もあったな。俺の両親が狩りから帰ってこなくて、落ち込んでるところをセルミナが慰めてくれたんだったか? あの時はありがとうな」
俺の両親が亡くなって一人取り残された時に、セルミナの母に引き取られて、セルミナが励ましてくれたのだ。
セルミナを含む、この一家の人たちには感謝してもしきれない。
「えへへ。どういたしまして」
満更でもなさそうに、セルミナは笑顔を浮かべる。
「あの後からだっけ? 私たちが、お互いに男女として意識し始めたのって」
「お前が変なことを口走るからだぞ。確か、『オルアスが元気になってくれるなら、私の身体を――』」
「うわあああああああ! それは言わないで! 恥ずかしいから!」
「もう一度言うぞ? 『オルアスが元気になってくれるなら――』」
「やあああああああ! オルアスの意地悪!」
「冗談だよ、冗談」
そう言って俺が勝ち誇った笑みを浮かべると、セルミナにジト目で見つめ返された。
じっと見つめ合って、しかし、彼女は当時のことを思い出したのか、恥ずかしそうに俯いた。
それを見て、俺もあの時のことを思い出し、口を開く。
「でも、さすがにあの年で身体を差し出すような発想が出てくるとは思わなかったな。確か、あれは俺たちが11歳の頃じゃなかったっけ?」
「そのくらいだと思う。たしかあの頃は、お母さんに『もうすぐあなたの身体は大人になるのよ』って言われて大人の事情をいろいろと教えられてたから……」
「そうだったのか……。とにかく、あの後はお互いに変に気を使っちゃって、何ともいえない空気が流れてたよな」
「真面目にあんなことを言っちゃって、恥ずかしくて……。んで、気付いたらオルアスを意識するようになっちゃってて……。オルアスが視界に入るだけでドキドキしちゃって、大変だったよ」
「俺も気づいたらセルミナのことが好きになってたんだよな。……セルミナが幼馴染で、本当によかったよ」
「そう言われると照れるかも……」
頬を僅かに染めながら、「私もオルアスと幼馴染でよかったなー」と小さく呟いた。
同時に、台所から物音がして、こちらに近づく足音が聞こえてきた。
「ごはんできたわよー」
「やあやあ、オルアス君じゃないか。久しぶりだね」
夕食を用意してくれたシュフィアさんと、セルミナの父セールドさんが居間に来て、思い出話は中断することになった。
シュフィアさんが料理をテーブルに運び、みんなで夕食を食べ始める。
「オルアス君が帰ってきたということは、魔王を倒したということでいいのかい?」
セールドさんが確認事をするように俺に問う。
同時に、俺がセルミナに「魔王を倒したら結婚しよう」と約束していたことを思い出す。
セールドさんも、その件について気になっているのだろうか。
「いえ、魔王は倒していません。事情を知っていくうちに、魔王を倒さなくても平和が訪れるのではないかと思いまして。だから、勇者パーティーから抜けてこっちに帰ってきたというわけです」
「そうかそうか。ちなみに、これから何をするか予定とかはあるのかい?」
予定が無いのならば農業を手伝ってほしい、ということなのだろうか。
それとも、娘を預ける男として相応しいかどうかを試しているのか。
いずれにしても、この問いは俺にとって都合がよかった。
これから始めようと思っていることで、セールドさんに頼みたいことがあるのだ。
「はい。料理店に挑戦しようと思っています。その件なんですけど、ちょっと頼みたいことがありまして……」
「オルアス君の頼みなら、何でも聞くぞ?」
「そう言ってもらえるとありがたいです。実は、料理に使う葉野菜をセールドさんから仕入れたいと思っているんですけど、どうでしょうか?」
「確かに、葉野菜は時間が経つから鮮度が落ちるから、商人から仕入れるのは適していないかもね。わかった。オルアス君の料理店に卸してあげよう。……ただ、この家の収入もそれほど多くはなくて、あまりサービスしてあげられないのは申し訳ないんだけどね……」
「ありがとうございます。サービスなんてとんでもないですよ。むしろ、いい品を仕入れられるから、相場より高めにお金を払おうと思っていたくらいなので」
「ははは、そうか。それはありがたい話だな」
ほっとしたような、情けないような表情でセールドさんが笑う。
セールドさんからすれば、娘婿に自分の生活を助けられたということになるのだろうか。
農業で生計を立てるのも大変だな、と思っていると、隣からセルミナにつんつんとつつかれた。
「そういえば、店の場所ってどうするの?」
「あー、まだ決めてなかったな。セールドさん、どこか良い場所知りませんか?」
「店を出すって言ったら、当然、街の方だろう? そうしたら、アードレルのところに言うといいよ。あの子は今、町長に選ばれてエシュナの土地を管理してるから」
懐かしい名前が出た。
アードレル。
幼いころから俺とセルミナと一緒に遊んできた、兄のような存在だ。
小さい頃から彼は頭が良かったのだが、そうか、エシュナの土地の管理をしているのか。
彼のところにも挨拶に行こうと思っていたので、ちょうどいい。
そう考えている間にも、セルミナとシュフィアさんで会話が続いていた。
「店と住居は一緒の建物にするの? もしかして私、オルアスと二人で暮らせるのかな?」
「うちはちょっと寂しくなるけど、いいわよ。オルアス君が帰ってきたら、結婚して二人で家を建てるっていう話だったしね」
「そういえば、そうだったかも……。ってことは、もうすぐオルアスと二人暮らしになるんだね。楽しみだなー」
「セルミナ、オルアス君に迷惑をかけないようにするのよ」
「はい、お母さん。私、頑張ります!」
なんか、勝手に話が進んでしまった気がするが。
とにかく、料理に使う葉野菜を仕入れる目処が立った。
明日は、アードレル兄さんのところに行って、店となる建物を探そう。
俺の構想では、建物の一階を店にして、二階を居住部にするイメージであるが。
そうなると、その建物は店であると同時に、俺とセルミナの愛の巣になるというわけか。
明日は、気合いを入れて建物を探そう。