04 黒魔術師、許嫁と再会する
故郷の街、エシュナ。
市街地は、冒険者と商人の数が多く、賑わっている。
というのも、エシュナは隣国との国境が近く、冒険者ギルドが設置されているのだ。
一方で、市街地から離れると長閑な農村が広がっている。
見渡す限り、麦や野菜の畑。
エシュナは、シュリタール辺境伯領内での有数の農業地帯でもあるのだ。
俺は今、市街地を歩いている。
馬車の停留所にいた商人と御者だった青年に連れられ、乗合馬車を運営しているレルドリア商会のエシュナ支部へ向かっているところだ。
乗客を救った俺に、お礼をしたいということらしい。
レルドリア商会といえば、王都でも聞いたことがある。
俺の記憶が正しければ、農作物や工芸品、馬車に至るまで手広く扱っている、規模の大きな商会だ。
「それにしても、思ったより変わってないんだな」
久しぶりに帰ってきた故郷を見て、呟く。
槍と剣が交差した模様の看板が掲げられている、冒険者ギルド。
冒険者ギルドの隣で、ひっそりと佇んでいる武器屋。
パンや野菜が店頭に並んでいる八百屋。
八百屋の店主のおばあさんにはお世話になったけど、元気だろうか。
「あれ?! もしかして、オルアス?!」
聞こえたのは、幼馴染であり許嫁でもある少女の声。
この声も、あの頃とほとんど変わっていない。
昔より少しだけ、落ち着いた声色になっているかもしれないが――。
「セルミナ?! 久しぶりだな! 約束通り、戻ってきたぞ」
「おかえり! 元気にしてた?」
そう言って、正面から抱き着いてきた。
セルミナの温かい体温が、彼女と接している面から伝わってくる。
以前は感じることの無かった、柔らかい感触が胸の辺りをくすぐる。
「俺はいつでも元気だよ。そういえばお前、大きくなったな」
「ん? そうかな? 3年前と比べても、身長はそれほど伸びてないと思うけど……。あ、でも、胸の大きさとかは……って、何を言わせてるのよ!」
後頭部の辺りにセルミナの平手打ちが飛んできて、パシンという音を上げた。
まあ、確かにちょっと下心のあることを考えていたのは否定しないけどさ。
でも、今のは完全に自爆だっただろうに。
勝手に自爆して人の頭を叩くなよ……。
「そんな呆れた顔で見ないでよー。ごめんって。久しぶりにオルアスに会えたから、嬉しくて、つい……」
「やっぱり、昔と性格は変わってないみたいだな。良い意味でも悪い意味でも」
「悪い意味、っていうのは?」
「いや、昔も、こうやって平手打ちされたな、って思って」
「否定できないのが嫌なところ……。ぐぬぬ」
セルミナは抱擁を解いて、悔しそうな目つきで俺の目を見る。
じっと目を合わせて、しかし恥ずかしくなったのか、誤魔化すように笑いだした。
なんとも忙しいやつだ。
「でも、安心した。オルアスも、あんまり変わってないんだね」
「……んー、ちょっと、頼りがいがある感じになったのかな?」と言いながら俺の全身を観察する。
それに乗じて、俺もセルミナを改めて目に映す。
橙色のショートヘアで、健康的に日焼けをした背の低い少女。
生成り色の質素な衣服は、辺境の農家の娘の標準装備だ。
辺境の農家は基本的に貧しいので、このように質素な衣服であるのだが――再会の記念として、セルミナにおしゃれな服を一着、プレゼントしてあげてもいいかもしれない。
サプライズプレゼントってことで、考えておくか。
そんなことを考えながらセルミナと見つめ合っていると、意識の外から声をかけられた。
「……感動的な再会に水を差すようで悪いですが、もうじき日が暮れるので早めに来ていただけると助かります……」
困った顔をしたレルドリア商会の商人さんが、申し訳なさそうに俺に言う。
馬車の御者を務めていた若者も、商人さんの隣で俺を待っているみたいだった。
「あ、すみません」
商人のおじさんと御者の若者の方に向き直って、頭を下げる。
久しぶりにセルミナといろいろ話したいことはあったが、今は先約があるのだ。
「それじゃあ、セルミナはまた後で。近いうちに家に行くかも」
セルミナにはそう言い残して、商人さんの後に続く。
手を振って別れようと思って後ろを見たら、俺についてきていたセルミナと目が合った。
思ったよりもかなり距離が近くて、「うぁっ?!」と声が出てしまった。
セルミナはくすくすと笑いながら、俺に尋ねた。
「なんか用事でもあるの? ……見た感じだと、商人さんに道案内してもらってるみたいだけど」
「まあ、ちょっとした話し合いのために商店まで呼ばれてな。そういうお前こそ、俺についてきても大丈夫なのか? 街に出てきたってことは、何か用事があっただろうに」
「んー、用事はあったけど、別に今日じゃなくてもいいから。それより、オルアスと久しぶりに会えたんだから、一緒にいたいかなって思って。だから、私も一緒に連れていってほしいんだけど、ダメかな?」
上目遣いで、お願いをするような仕草をするセルミナ。
反射的に許可を出しそうになるが、こればかりは俺が決めていいことではない。
「商人さん、こいつも一緒でいいですか? 俺の許嫁なんですけど、一緒に行きたいって言って聞かなくて……」
耳元で「それじゃあ私がわがままっ子みたいじゃん」と文句を言われるが、気にしない。
そんな様子を商人さんは微笑ましいものを見る目で俺たちを眺めながら、頷いた。
「はい。貴方は商会の恩人ですからね。そのくらいのことであれば、まったくもって構いませんよ」
「ありがとうございます。許嫁がわがままですみません」
俺が軽く頭を下げると商人さんは笑顔で対応してくれた。
セルミナがジト目でこちらを見てきたので、知らないふりをして歩き出すと、踵を踏まれた。
仕返しが地味すぎる。
そうこうしているうちに、目的地に到着したみたいだ。
レルドリア商会エシュナ支店。
エシュナで最も大きな商店に、俺たちは入っていった。