03 黒魔術師、本気を出す
キラーベア。
茶色い体表で、人間の身長ほどの背丈を持つ、四足歩行の魔物。
凶悪な表情をした顔には、二本の角が生えている。
その角による刺突攻撃が、戦闘においては脅威となり得る魔物だ。
冒険者ギルドが定めた討伐ランクはA級。つまりは、キラーベアを倒すためにはAランク冒険者ほどの実力が必要になるわけだ。
Aランク冒険者と言えば、各都市に一人いるかどうかというほどの実力者。
乗合馬車の護衛たちではとても歯が立たないだろう。
「ここは、俺が戦った方がよさそうだな」
馬は声高く鳴き、馬車の中にいる乗客は魔物に見つからないように静かにしている。
護衛と御者は、険悪な表情で言い合いをしていた。
「客を守るのがお前らの仕事だろう?!」
「無理なモンは無理だって言ってるだろうが! それともお前、俺に死ねって言いてえのか?!」
「クソが! この役立たず!」
「なんだと?! じゃあお前が戦ってこいや!」
そんな喧騒を聞き流しながら、キラーベアに向き直る。
「最後の相手がキラーベアね。悪くない相手かな」
故郷に帰ったら俺は冒険者をやめて、冷やし中華店を経営する予定だ。
だから、これが冒険者としての最後の戦闘になるということか。
感慨深いものではあるが、しかし時間は無い。
GUAAAAAAAAAA!!!
鳴き声と共に、キラーベアはこちらに狙いを定めて地面を蹴る。
巨体に似合わず、目にも留まらぬ速さで迫る。
頭部の角を突き出し、馬車の前に立ちはだかる俺に向かって駆ける。
しかし、キラーベアの動きは単調だ。
一直線に、俺に向かって迫るだけ。
故に、攻撃を見切ることができる。
「最後だし、本気を出すとするか」
勇者パーティーでは、俺の担当は敵の弱体化だったために、ほとんどそれ以外の魔法を使うことは無かった。
だが、これは最後の戦い。
出し惜しみはしない。
キラーベアは目前まで迫っている。
俺に角を向けて猪突猛進して――俺に向かって飛び掛かった。
今だッ。
「《ストーン・ブリザード》!!!」
刹那、空中に多くの石礫が生成される。
それらすべてが、キラーベアに向かって飛ぶ。
空中にいるキラーベアは、それを躱すことができない。
ドドドドドドドドッ!
礫が次々とキラーベアに直撃する。
数えきれないほどの石礫が、鈍い音を立ててキラーベアに着弾する。
物量に押され、キラーベアは後ろへ吹っ飛んだ。
GUAAA…………。
呻くような鳴き声を上げた後、キラーベアは力を失ったように倒れた。
討伐確認のために近づくと、穴だらけの骸がそこには転がっていた。
「思ったより、あっけなかったな」
そう呟いて、馬車に戻る。
すると、先程まで言い合いをしていたはずの御者と護衛たちが、ポカンとした顔でこちらを見ていた。
「……すまない。助かった」
「お、お前……。何者だ…………」
「俺はオルアス。冒険者ギルドに所属する黒魔術師だ」
「オルアスだと?!」
「オルアスと言ったら、あの、勇者パーティーの黒魔術師か?!」
「ああ、いや、俺は勇者パーティーを抜けたから、元勇者パーティー、っていうのが正しいかな」
そう言うと、御者と護衛たちは慌てて姿勢を正した。
「ももも、申し訳ありません! まさか、そんな高名な魔術師とは知らず、出過ぎた真似をしてしまいました! どうかお許しを!」
「見苦しいところを見せて、すまなかった!」
「そんなに固くなる必要は無い。今はもう勇者パーティーをやめたわけだし、単なる一般人だ。普通に接してくれると嬉しい」
「わ、わかった。エシュナに着いたら、色々とお礼をさせてほしい」
「このご恩は、いつか必ず返すからな!」
「困ったときはお互い様だろ? 俺に恩を返すくらいなら、困っている奴に手を差し伸べてやってくれ」と言い残して、俺は馬車の中に乗り込む。
すると、先程のやり取りが聞こえていたのか、乗客みんなからの注目を一斉に浴びることとなった。
「助けてくれてありがとうございました」
「命を救ってくださり、感謝しています」
「おにいさんありがとう!」
馬車の中には言った瞬間、乗客の皆から口々にお礼を言われた。
安心した表情で。
嬉しそうに、目を輝かせている子供もいる。
嘘偽りない、本心のお礼を言われたのだ、と瞬時に分かった。
「どういたしまして。みんなが無事でよかった」
その後、勇者パーティーの冒険についての話になり、今までの冒険を語っているうちに時が過ぎていった。
きれいな夕日が遠くの山に沈むころ、馬車が止まった。
こうして俺は、故郷の街であるエシュナに到着した。
なるべく早めに許嫁と再会したいな、と思いながら馬車を下りたのだった。