26 黒魔術師、未来に思いを馳せる
最終回です。
2話分くらいありますが、一気にどうぞ。
※更新後すぐにご覧になってくださっている方へ
レミカの勤務スタイルですが、17話を投稿した当初は「住み込み」でしたが、「宿からの通い」に変更しています。ご留意ください。
今日も今日とて、俺は冷やし中華を作る。
勇者が来店して、返り討ちにしてから一か月が経過した。
噂によると、勇者は王国に「飼われる」こととなったらしい。
人間としての権利をすべて奪われて、対魔物用の「道具」として王国軍に入れられたのだとか。
王国を代表する勇者であるにもかかわらず、数多の凶行を繰り返し、治安維持の騎士団に捕縛され、あまつさえ王国から下された謹慎という命令に背いたのだ。
そんな男が、軍の「道具」――奴隷のようなものとして扱われるのは、因果応報と言えるのかもしれない。
ぼんやりと、そんなことを考えていると。
セルミナとレミカが、厨房で冷やし中華を作っている俺のところに駆け込んできた。
レミカは俺に要件を伝えてすぐに次の仕事へと向かうが、セルミナは俺をじっと見つめて少し困った顔をする。
「オルアス助けて! 冒険者のお客さんに、グリフォンの倒し方を聞かれたんだけど分からなくて……」
「オルアスさん、冷やし中華を追加で二つお願いします!」
今はお昼時。
お店のオープンから一か月が経過したが、この時間帯でお客さんが途切れたことは未だにない。
毎日冷やし中華を食べに来てくれる常連さんも現れてきているのは、ありがたい限りである。
冒険者が仕事場に向かう道中にあるという立地のおかげか、冒険者のお客さんが多い。
そんなわけで、なんというか、冒険者の溜まり場みたいな状況になっている感じがするのは否めないが……。
「それで、グリフォンの倒し方か? なんか最近、そういう質問増えたよな」
「私より、オルアスがお会計やったほうがいいんじゃないかなー? 質問されるたびにオルアスのところに聞きに行くと、どうしてもお客さんを待たせちゃうし……。だからといって、レミカも忙しそうだし……」
「じゃあ、セルミナが冷やし中華を作ってみるか? 魔法を使わないと、案外面倒だぞ?」
そう言いながら、冷やし中華の具材を《ウィンドカッター》で切っていく。
「うぐっ……。ちょっと、私には無理かも……」
「まあ、そんなに落ち込むこともないと思うけどな。今度の休みの日にでもチャレンジしてみるか? 休日はのんびりとお料理教室っていうのも悪くない」
「んー。オルアスのお料理教室なら、ちょっと受けてみたいかも」
今週の休日の予定を決めながら、セルミナと一緒に厨房を出る。
店内は冒険者たちを中心に会話が盛り上がっているようだ。
商人は情報収集のために熱心に聞き入っているし、地元に住むお客さんたちも冒険者の語る冒険譚に興味津々らしい。
活気のある店内は、まるで冒険者ギルドに併設された酒場を彷彿とさせるものだった。
「……やっぱり、冒険者ギルドみたいだよな」
「ん? 冒険者ギルドもこんな感じなの?」
「そうだな。でも、あそこよりは少し平和かな」
そんな会話をしながら店内に入ると、店の空気が少し変わった。
おそらく、お客さんが俺の姿に気づいたのだろう。
冒険者ギルドに有名冒険者が来た時のように、辺りの注目を一斉に浴びることになった。
「オルアスが出てきたぞ!」
「黒魔術を習いたい! 弟子にしてくれ!」
「お前はそこの受付の女の子と給仕の女の子の、どっちを妻に娶るんだ?」
お客さんたちのヤジを軽く受け流しながら、セルミナと一緒に会計カウンターに向かう。
セルミナは、グリフォンの倒し方について質問されていたのだった。
だから俺は、お会計カウンターの前で待っていた新人冒険者にグリフォンの倒し方や狩りの注意点、冒険者としてのノウハウを教えることにした。
いろいろと話し込んでしまい、レミカに「お客さんを待たせてるんで早く冷やし中華を作ってください!」と怒られたのは、また別の話。
★ ☆
そんな感じで、時が過ぎていく。
厨房に戻って冷やし中華を作り、たまにレミカやセルミナに呼び出されて、店内に出ていくとお客さんたちから注目を浴びる。
お昼の忙しい時間帯を切り抜けると、次は夕方に備えて麺の下ごしらえをする。
冷やし中華の麺は、生地を長い時間放置しなければいけないのだ。
夕方に麺を使えるようにするために、お客さんが少ない今のうちに下ごしらえを終えておくのがいいと、最近の経験で分かってきた。
「この店を始めてから、もう一か月か」
勇者パーティーを追い出されて、故郷に帰って、それから、セルミナと再会して。
そうして、セルミナと一緒に開店の準備を始めてから、もう一か月以上も経っていることになる。
時間が過ぎるのは、早いものだ。
しかし、まだ俺とセルミナの関係は、キス止まりだったりする。
プラトニックと言えば聞こえはいいが、お互いに、ただ単に恥ずかしがっているだけだ。
でも、きっと、もっと先のことをしても、セルミナは受け入れてくれる。
そろそろ、一線を越えた関係へと踏み込むべき時期なのかもしれない。
そう思って、今日の夕方は、セルミナと二人で出かけるという約束を取り付けた。
しかし、行き先は伝えていない。
なぜならば、そこは、俺が見つけ出したとっておきの場所なのだから。
そこで、セルミナと二人で絶景を堪能して。
そして、指輪を贈るのだ。
王都で流行りの『婚約指輪』というものを。
その後、家に帰ってきて、二人きりの部屋で未来について語り合うのだ。
俺たちの目指すべき方向性を決めて、子供は何人欲しいかを話し合って、それから、婚約初夜を二人で――。
おっと、いけない。
今はまだ、仕事中だ。
いくらお客さんが少ないとはいえ、やるべきことは残っているのだ。
だらけるわけにはいかない。
それに、プロポーズはサプライズで行うと決めたのだ。
惚けた顔をして、セルミナに勘付かれるわけにもいかない。
気持ちを切り替えて、作業に戻る。
麺を作るために、生地を革袋に詰める作業を再開しよう。
そう思い、革袋を手に取った、その時だった。
カランコロン、とドアベルがお客さんの来店を知らせた。
普通なら気に留めるべくもない出来事である。
だが、お客さんが少ない時間帯だからだろうか、やけに俺の耳にドアベルの音が響いた気がした。
そして、その後すぐに、凛とした女性の声がした。
「すまないが、店主は居るか? 私は、この『冷やし中華店』の店主と話をしたい」
その声に、俺は作業の手を止めて、店内に出ていく。
女性の応対をしていたレミカに代わって、俺が会話を引き継ぐ。
「俺が店主だ。それで、話とは何だ?」
「話の前に……。私は、一応こういう者だ」
そう言って、彼女は徽章のようなものを俺に見せてくる。
アメジストが嵌め込まれた、高級感の漂うバッチだ。
アメジストの徽章――それはつまり、魔大陸の貴族が好んで使っている徽章だっただろうか。
つまりは、この女性は魔大陸の貴族の使いであるだろうことが分かる。
わざわざこれを俺に見せてきたということは、彼女が信用に足る人物であると示す目的なのだろう。
そこまでして、一体どんな話を持ち掛けてくるのだろうか。
「あまり長い話は好きでないものでな。単刀直入に言わせてもらう」
そう前置きをして、言葉を放つ。
「魔大陸のリンドリア地方領主のアイナ様が、あなた方が作っている『冷やし中華』に興味をお持ちのようだ。一度、アイナ様と会って話してみる気はないだろうか?」
「ん? アイナ……?」
アイナ。
その名前には、聞き覚えがある。
俺が5年ほど前に、一時期パーティーを組んで一緒に冒険をしていた仲間も、アイナという名前だった。
冷やし中華の製法を教えてもらったのも、アイナからだ。
アイナという名前は、かなり珍しい部類に入ると思う。
冒険者パーティーの一員としてかなり多くの人と関わってきたが、アイナという名前は彼女以外に一度も聞くことは無かった。
きっと、いや、間違いなく、俺の知っているアイナと、彼女の言っているアイナ様は同一人物だろう。
冷やし中華に興味を持っているということだし、疑いようもないだろう。
「……ってことは、アイナは魔大陸にいるってことか」
「知り合いなのか? 否、そうやって聞くのも野暮な話だろう。アイナ様は魔大陸の技術革命を推進する偉大なお方なのだから、あちこちに知り合いがいても不思議ではない。
……それはともあれ、アイナ様のところまで、会いに来てもらえるだろうか?」
アイナ、か。
5年前に彼女が旅立って以来、一度も出会うことは無かったが。
なるほど、魔大陸で領主をやっていたのか。
大した出世である。
それで、会いに行くかどうか、であったか。
もちろん、行くに決まっている。
天才肌で、変わった能力を持っていた知り合いが、どんな領地経営を行っているのか。
純粋に、それには興味がある。
それに、冷やし中華を教わった本人に、この店で出している冷やし中華の意見を聞いてみたい。
彼女と再会できたとしたら、やりたいことは山ほどあるのだ。
「ああ。もちろんアイナのところまで行きたいと思っている。もしよければ、案内してもらえないか?」
「もちろんそのつもりだ。では、そちらにも客への休業告知や旅の準備があるだろうから、来週に出発するというのはどうだろうか?」
「そうだな。そうしよう」
今から出発だ、と言われるのではないかと少し身構えたが、それは杞憂だったようだ。
出発が来週であれば、しばらく店を閉めるための準備も滞りなく行えるだろう。
ふと思い立って、ちょうど暇そうにしていたレミカを呼び止める。
セルミナには、後で事情を話しておくことにしよう。
「レミカ、店の扉に『来週からしばらく休業します』と張り紙をしておいてくれると助かる」
「はい、わかりました」
何の変哲もないやり取りのつもりだったが、しかし、女性は驚いたように声を上げる。
「そちらの方は、もしかしてレミカという名前なのか?!」
「はい、そうですけど……」
「そうか。それならば、私としては都合がいい」
女性は一つ頷いて、言葉を続ける。
「アイナ様が、レミカという女性を探せとおっしゃっていた。どうやら、アイナ様が保護した人間が、どうしても会いたいのだということらしいが……心当たりはあるか?」
「……え? いや、その、心当たりは無いです……」
「そうか。まあ良い。会ってからのお楽しみということでもいいだろう。……ふふっ、今から貴女様の反応が楽しみだ」
★ ☆
こうして。
今日の夜は、セルミナと二人で過ごす予定で。
来週には、店をいったん閉じて、魔大陸へと旅をすることになった。
アイナと再会したら、まず何をしようか。
確か、5年前に彼女は『ショウユ』を探し求めてこの街から旅立ったのだから、その件について聞いてみてもいいかもしれない。
冷やし中華をもっと美味しくするために、色々と相談もしてみたい。
新メニューを作るべく、新たな料理を伝授してもらうのも良いかもしれない。
その結果、材料の産地のこだわりや、特定の場所でしか栽培されないものを求めて、冒険が始まるかもしれない。
それは、当初の目標である「のんびりお店経営」とはかけ離れたものだが、しかし同時に、そんな平和な動機で行う冒険も面白そうだと思う。
でも、しかし、その前に――。
「オルアス! 早く行こうよ! もう日が暮れちゃうよ?」
店内の椅子に座り、ぼんやりと外を眺めていると、セルミナに腕を引かれた。
「ちょっと待っててくれ。少しだけ、準備をしなきゃいけないから」
「準備……?」
首を傾げるセルミナにはここで少し待っていてもらって、俺は自室へと向かう。
二重底の箱から指輪の入ったケースを取り出して、ポケットに入れる。
ポケットに穴が開いていないことを確認して、それから自室を後にする。
そして、「お待たせ」と言いながらセルミナのもとへと戻り、二人で一緒に、この自宅兼店舗の建物から外へ出た。
夕暮れの優しい光が辺りを照らし出す、そんな時刻。
本日最後のお客さんが帰るのを見守り、店内の掃除と明日の準備をして、それからレミカが帰宅した、その後。
約束通り、俺とセルミナは二人きりで外に出かける。
行き先は、近くの小高い丘だ。
そこは、エシュナの街を見下ろせる、夜景の綺麗な場所だ。
俺が何をするのか、どこに行くのか、その全てをセルミナに伝えてはいない。
だけど、セルミナは何の疑いもなく、俺についてきてくれる。
俺を追放するような奴もいたけれど、しかし、何も言わずとも俺を信じてくれる人もいるのだ。
そんな人を、俺は大切にしたいと思う。
できる限りの、恩返しをしたいと思う。
だから。
これからもずっと一緒にいて。
そして、困ったときはお互いに支え合って、信じ合って、受け入れ合って生きていこう。
ずっと笑顔で、幸せに生きていくことができれば、どれほど良いだろうか。
きっと、困難に直面することもあるだろう。
いつも笑顔で、なんて、どだい無理な話だろう。
でも、俺とセルミナならば、きっと。
二人で力を合わせれば、きっと。
どんな苦難であろうとも、最終的には笑って終われると、そう信じている。
だから。
こんな願望が、独りよがりでないことを祈る。
セルミナが、俺の理想に頷いてくれることを祈る。
俺にとってセルミナが大切であるように、セルミナも俺のことを大事に思ってくれていることを祈る。
どうか、俺とセルミナの二人で、未来を切り開いていけますように。
これからもずっと、セルミナの隣に俺がいることを、許してもらえますように。
いつまでも、二人で肩を並べて笑い合えますように。
そんな、願いを込めて。
そんな、希望を込めて。
緊張感と、断られたらどうしようという不安感を僅かに抱いて。
そして。
セルミナの正面に、向き直る。
そうだ。俺は、これから――
「着いたぞ。ここが、俺のとっておきの絶景スポットだ」
――セルミナに、プロポーズをするのだ。
これにて、完結です。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ところで、本作ですが。
実は、この後「冷やし中華の具材を求めて旅に出る」というパートに移ろうと考えていたのですが、作者の多忙につき更新が滞ってしまうことが予想でき、また皆様に楽しんでいただけるような話とは少しズレているようにも感じていたため、ここで完結とさせていただきました。
そのため、少々中途半端な終わり方をしてしまった点につきましては、申し訳ない限りです。
少し検討しているのが、番外編についてです。
もし要望があれば、2話くらい書くかもしれません。
(2020/12/24追記 諸事情により、番外編の要望については締め切らせていただきます)
最後に。
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長々とした後書きを読んでいただき、ありがとうございました。
もしこの先、ご縁がありましたら、その時はよろしくお願いします。
それでは。