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25 黒魔術師、勇者と縁を切る




「勇者を王都に引き留めておけなくて、本当にすまなかった。王宮が勇者の身柄を管理していたとはいえ、冒険者ギルドにもできることはあったはずだ。そのせいで、お前たちの店が迷惑を被ることになってしまって、悪かった。冒険者ギルドを代表して、俺が謝罪する」


 ダルドに、込み入った話があると言われ、とりあえず居住部のリビングに通すことにした。

 そこで、開口一番、ダルドは頭を深々と下げてそう言った。


 この場には、俺とダルド、レミカが向かい合うように座っている。

 セルミナには、店の見張りを頼んだのでこの場にはいない。


「いえ、ダルドさんは何も悪くないと思います……。悪いのは、エルディンさんに執着される原因を作ってしまった私で……」


 レミカはそうやって言葉を濁す。

 しかし、エルディンがレミカに執着した原因は、エルディンの独りよがりな感情によるものだろう。

 レミカは勇者に対する一番の被害者だろうに、このように言えるのは彼女の生来の優しさだ。


 それに付け込むエルディンが悪いのは自明の理なのだが。


「誰が悪いとかいう話は無しにしようぜ。今回の一件があるからには王宮も勇者に対して厳しい制裁を加えるだろうし、勇者ともう一度会うことは無いだろ。それより、これからのことを考えようぜ」


「違いねえな」

「そうですね……」


 ダルドとレミカは揃って頷く。

 続けて、ダルドが口を開く。


「まあ、そんなわけで、勇者エルディンに関しては、冒険者ギルドが責任を持って王都に送り届ける。勇者の処罰が厳しいものとなるように、冒険者ギルドとして提言しておくつもりだが……他に冒険者ギルドにやってほしいこととかはあるか?」


 俺とレミカは、言ってみれば勇者に対する被害者だ。

 謹慎中の勇者が王都を飛び出すという王国の不備により、被害を被った張本人だ。

 だからこそ、勇者のこれからの処遇について、小さくない発言権を持っていることは間違いない。


 俺とレミカが極刑を望めば、それに近い形で処刑されることだろう。

 逆に、無罪放免を望めば、限りなく処罰は軽くなることだろう。

 王国の体面的なことを考えると、勇者に罰を与えないわけにはいかないのだろうが、それでもできる限りで俺たちの発言が尊重されることは間違いない。


 しかし、正直なところ、俺は勇者の行く末に対して興味はなかった。

 堕ちた勇者の行く末を見て一喜一憂するよりも、この地でのんびりと冷やし中華の店を経営している方がよほど建設的だ。


 よって、俺は口を開く。


「まあ、俺からは特にないかな。勇者に迷惑をかけられる人がこれ以上増えなければ、それでいいと思うかな」


「私も、敢えて頼みたいことはありません。……できるなら、エルディンさんには改心してもらって、以前のような理想に燃える勇者になってほしいとは思いますが……」


 それは難しいと思います、という言葉が続くのだろう。


 俺やレミカ、他のパーティーメンバーたちも説得を試みたことがあったが、誰一人として勇者を改心させることはできなかった。

 今更、親しいわけでもない人間に諭されて改心するなど、万に一つの可能性もないだろう。


「そうか、わかった。お前たちは、本当に優しいんだな。俺だったら『あいつなんか絶対に殺してくれ』とか言ってるだろうな……」


 ダルドはそんな言葉を口にしながら、立ち上がる。


「忙しそうなところにお邪魔して悪かったな。用件はこれで終わりだ。お前たちが冒険者を辞めたのは残念だが、個人的にはこの料理店も応援してるぞ。今度、時間が空いたらまた来るぜ。俺は味にうるさいから、その時は覚悟しとけよ?」


「ああ、覚悟して待ってるぜ。ダルドも、勇者の護送を頼むぜ」


 俺の言葉に頷いて、ダルドが俺たちの店を後にする。

 俺とレミカは、店の外へとダルドを見送った後、店の中へと戻る。


 その途中で、レミカは俺に向き直り、少しだけ俯きながら言葉を紡いだ。


「私、オルアスさんにはお世話になりっぱなしですね……。


 オルアスさんが手紙で『勇者から逃げ出そうぜ』と提案してくれたのも、お店のお手伝いとして雇っていただいたのも、オルアスさんとのケジメをつけるのを手伝ってくれたのも……。


 正直、私ばかりが得をさせてもらって、オルアスさんに申し訳なかったりします……」


 俺としては、そんなつもりはないのだが。

 勇者に対する意趣返しといった意図は多少に含まれていたが、レミカを相手に負担を感じることも全く無かった。

 利害が一致していたがゆえに、レミカが俺に一方的に施しを受けたように感じているのだろうか。


「あんまり気にしなくてもいいけどな。俺もエルディンには仕返ししたいと思っていたし、それに協力してくれたレミカには感謝しているくらいだよ」


「そうですか……。それは、よかったです」


 レミカがふわりと笑い、つられて俺も笑顔になる。


 思えば、俺の追放から始まった、勇者パーティーとしての日常の終わり。

 故郷に帰り、セルミナと再会して、お店を作ることにした。

 その過程では、ハプニングこそあったが、今はこうして笑っていられている。


 ふと、お店の方に目を向けてみると、笑顔で店から出ていくお客さんが見えた。

 お店の中からも、活気に満ちた声が聞こえてくる。

 これはきっと、俺たちの冷やし中華で、お客さんたちに喜んでもらえているのだ。


「……控えめに言って、最高だよな」


「……? 何か言いましたか?」


「いや、なんでもない。それより、早めに店に戻ったほうがよさそうだな」


 そう言って、俺が指を差した先には――。


「オルアス! レミカ! そこでのんびりしてないで助けてよー!」


 店の中で慌ただしく走り回るセルミナを見て、急いで店に戻るのだった。




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