22 黒魔術師、許嫁に助けを求められる
「オルアス! 助けて!」
会計係をしていたセルミナが、厨房に駆け込んできた。
どうしたのかと思い、俺は一旦手を止める。
「どうした? クレームでも言われたか?」
「ううん、私の知らない金貨出されたんだけど!」
「レミカには訊かなかったのか?」
「お客さんと楽しそうに話してたから、邪魔したらまずいと思って……」
「そうか。じゃあお会計のお客さんには、ちょっと待っていてほしいと伝えてくれ」
今やっていた作業――卵を焼き終え、セルミナの持ち場であるお会計カウンターに向かう。
そこには、見覚えのある商人がいた。
40代くらいの見た目で、人の良さそうな笑みを浮かべる男性。
店の仕入れを請け負ってくれた商人、コレイトだった。
「どうやら、順調のようですね。一つの料理でここまで盛況となった料理店は、わたくしは他に知りません」
「ありがとうございます。それもこれも、レルドリア商会が広告を担当してくれたおかげですよ」
「そう言っていただけるとありがたいですね。ちなみに、『冷やし中華』ですが、美味しかったですよ。楽しみにしていた甲斐がありました」
そう言ってコレイトは、カウンターに見慣れない金貨を置いた。
通常の金貨よりも大きく、精緻な模様が描かれている、聖金貨だ。
確か、価値は通常の金貨の10倍だったか……。
明らかにこれは、貰いすぎだ。
「こんなにもらえませんよ!」
「いいえ。以前、商会の者を助けてもらったお礼も足りなかったと思いましてね。あれは、双方に利益がある対等な商取引でした。それでは、お礼をしたいというわたくしの気が済みませんので……。どうか受け取っていただけると幸いです」
そう言うや否や、コレイトはすぐに去っていった。
どうやら、受け取らないという選択肢はないらしい。
俺としては、レルドリア商会からのお礼は十分だと思っていたのだが……コレイトがそう言うのなら、貰っておいてもいいだろう。
そんなことを考えていると、セルミナが首をコテンと傾げて尋ねてきた。
「それ、どういう金貨なの?」
「これは、聖金貨と言ってな。普通の金貨の10倍の価値がある」
「……え?! そ、そんな大金だったんだ……」
驚愕に目を見開きながら、セルミナは聖金貨をじっと見つめる。
しかし、そうしているうちにも、会計カウンターにはお客さんの列が出来ていた。
「とりあえずそれはこっちで預かっておくから、セルミナは引き続き会計を頼むよ」
「あ、うん。わかった」
セルミナが「次の方どうぞー」と言っているのを背中に、俺も厨房に戻る。
聖金貨を安全な場所に片付け、水魔法で手を洗ってから、調理を再開する。
こうして、開店初日が過ぎていったのだった。
★ ☆
お店は、大盛況だった。
初日ほどではなかったが、2日目以降もたくさんのお客さんに来てもらった。
仕入れの食材や麺の作り置きが足りなくなって、夕方前に店を閉じることも多かった。
また、参考になる意見を寄せてくれるお客さんもいた。
どうやら、タレに「レムン」という柑橘系の果物の汁を入れた方が好みだ、という人もいるようだ。
その意見を試してみようと思い、店が終わってからレムンを買って、自分で試してみた。
俺はレムン無しの方が美味しいと思ったけれど、セルミナとレミカにはこちらの方が好評だった。
そのため、レルドリア商会に言って、レムンも仕入れてもらうこととした。
こうして、忙しいながらもお店をやりくりしていた。
戦いからは完全に離れ、平穏な暮らしを続けて一週間。
そろそろ、お店の経営にも慣れてきたかと考えていた、そんな時。
そこで、初めて大きな問題が起きた。
「おい! 道をどけ! 俺は勇者だぞ?!」
怒鳴り散らして、店の中に入ってきたのは。
王国に謹慎を言い渡されたはずの、勇者エルディンだった。