21 黒魔術師、店を開く
ついに、開店の日が来た。
最終確認を終え、店内から窓の外を見ると、既に十人ほどの行列が出来ていた。
俺とセルミナとレミカの三人で、お互いに顔を見合わせ、そして頷き合う。
全員準備は出来ている、ということだろう。
「セルミナもレミカも、お店の経営は初めてだろうが、お互いに頑張ろうな!」
「はい!」
「もちろんだよ!」
二人とも、気合は十分みたいだ。
「それじゃあ、『料理店ティエラ』開店だ!」
店の名前の由来は、アイナの言葉から取った。
彼女が元居た世界である「地球」の別名であるらしい。
安直すぎる名前だが、ここら辺には『服屋サトイモ』とか『かっこいい武器店』みたいな、残念なセンスの名前の方が、店の名前として主流なので問題ないだろう。
逆に、冷やし菓子パンを売っている『新緑の息吹亭』っていうのが異質な方だ。
「ええと、私が店の扉を開けるんですね……?」
「お金の計算頑張らないと!」
開店直前にしては、なんとなく締まらない気もするが、まあいいだろう。
セルミナは会計カウンターへ、レミカは入り口のドアに手をかけている。
そして俺は、料理を作るために厨房へ向かった。
そして、「開店です!」というレミカの声と共に、カランコロンと爽やかなドアベルの音が聞こえてくる。
「ここがオルアスの店か! 思ったよりも雰囲気があっていいじゃないか!」
「お品書きは――冷やし中華、か。聞いたことがない食べ物だな」
「さっそくだけど、注文いい?」
「は、はい! 今うかがいます!」
次々にお客さんが入ってくることを確認してから、俺は厨房に籠って注文を待った。
「オルアスさん! 冷やし中華、3つお願いします!」
「ああ、わかった」
★ ☆
お昼時になるにつれ、店はどんどん忙しくなっていった。
厨房の部屋のドアは開けっ放しにしているため、店内の様子が僅かに見える。
そこから見る限りだと、客層は主に冒険者といったところだろうか。
それでも、たまに流行に聡い商人のような人物もやってくるのは、やはりレルドリア商会の広告のおかげだろうか。
いや、余計なことを考えている場合じゃないな。
調理に集中しないと、お客さんを待たせることになる。
「……ん? あいつ、怪しいな」
冷やし中華を平らげ、席を立つのは冒険者の格好をした男性。
それはいいのだが、問題は、しきりに周囲の様子を確認しているところだろうか。
そして――あっ。
あいつ、走って逃げやがった。
何か怪しいと思ったら、やっぱり食い逃げか。
「レミカ! あいつを追いかけてくれ! 俺はちょっと今、手が離せない!」
「わかってます!」
店内で給仕をしていたレミカに呼びかけると、頼もしい返事が返ってきた。
そして、カランコロンとドアベルを鳴らして、外へ走っていった。
店内は、突然のことにざわめく。
「レミカだと?!」
「あの勇者パーティーの白魔術師だろ?!」
「お前ら、気付いてなかったのかよ! 俺も今気づいたぞ!」
そういえば、レミカはトレードマークであるとんがり帽子を被っていなかった。
給仕の邪魔になるから――ということなのだが、その帽子が無ければレミカだと気づかない人もいるのか。
それならそれで、油断した悪人を発見し、出禁にすることができるので都合が良いのだが。
ここはレミカに任せて、俺はお客さんを待たせないためにも調理を続けよう。
「あいつ、馬鹿だろ。勇者パーティーの黒魔術師と白魔術師がいる店で食い逃げとか、殺されるに決まってるじゃねえか」
「安心安全ってこったな。今度来る時は妻と娘も連れてこようか」
「料理はおいしいし、店員は強いし、言うこと無いね!」
嬉しい反応が耳に入ってくるとともに、外で「《パラライズ》!」とレミカの声が聞こえてきた。
そして、しばらくしてレミカは食い逃げ犯を引きずって、店内に戻ってくる。
しっかりとお金を払わせて、出禁を言い渡して、そして解放する。
食い逃げ犯は、涙目で、逃げるようにして去っていった。
「あいつ、ざまあねえな」
「騎士に突き出さなかったのは店員の温情だろうが、それでもこんなに大勢の前で派手にやってるんだから、アイツも終わりだな」
「悪い人が成敗されてよかったのです!」
お客さんの反応を聞き流しながら、少し考える。
本当は食い逃げ犯を騎士に突き出してもよかったのだろうが、しかしそれをしようとすると、身柄を運ぶだけの人手が足りない。
だからと言って、お客さんに罪人を運ぶ手伝いをさせるのも気が引ける。
そういうことを考えた結果、レミカはあのような判断をしたのだろう。
予期せぬトラブルだったけど、無事に解決できたようでよかった。
開店初日は、昼を回ったころだ。
まだまだ忙しい時間が続きそうだな、と思いながらも俺は、冷やし中華をひたすら作るのであった。