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02 黒魔術師、冷やし中華を思い出す




 勇者パーティーから追放された次の日に、俺は王都から旅立った。

 王都からシュリタール辺境伯領の領都シュタリアまで馬車で三日の旅を終えて、馬車を乗り換えてエシュナに向かっているところだ。


 ゆっくりと進む馬車に揺られながら、他の乗客と同様に外の景色を眺める。

 広々とした草原の景色を眺めながら、故郷について思いを馳せていた。


 故郷においてきた許嫁は今も元気にしているだろうか。

 小さい頃お世話になった近所の兄さんは今頃なにをしているんだろうか。

 当時、一緒にパーティーを組んでいた奴らは今でも冒険者として働いているのだろうか。


 流れる気色を眺めながら物思いにふけっていると、隣の40代くらいのおっさんが俺に話しかけてきた。


「お兄さんも、故郷へ帰るのかい?」


「はい。エシュナで、許嫁が待っているんで」


 おっさんと言葉を交えると、対面に座っていた剣士の格好をしたお姉さんが身を乗り出して、会話に参加してきた。


「エシュナねー。あそこ、食べ物がおいしいよねー。特に、『新緑の息吹亭』の冷やし菓子パンとか」


「ああ、あれは美味かった記憶がある」


 冷やし菓子パン。

 砂糖水を氷魔法で凍らせて、それを粉々にしたものをパンの中に入れ込んだものだ。

 甘くて冷たいあのパンは、エシュナの夏には欠かせない存在だった。


「そんなものがあるのか。今度食べに行ってみようかなあ」


 おっさんの言葉にお姉さんが「エシュナに行ったら、ぜひ食べてみてねー」と返す。

 どこかの商人の宣伝みたいだなと思いながらも、俺には何か、「冷やし菓子パン」という響きに引っ掛かりを感じていた。


 どうにも、「冷やし」という単語にもうひとつ、聞き覚えがある気がするのだ。

 美味しかった食べ物であるという記憶だけが残っているのだが、あれは何だっただろうか。

 とある冒険者に教えてもらった、あの料理は――


「冷やし、冷やす、冷やし……。……ああ、そうだ」


「どうしたんだい?」


 ぶつぶつと呟く俺に、隣のおっさんが振り向く。

 対面のお姉さんも、俺を見て首を傾げていた。


 でも、思い出した。

 今まで食べた料理の中で、俺が一番好きだった味。

 そんな料理の名前を忘れるなんて、我ながら不覚だ。


「冷やし中華、って知ってるか?」


「いえ、それは初めて聞くわ」

「その名前は初めて聞いたね。どんな料理なんだい?」


「昔、冒険者パーティーを組んでいた仲間に一人、異世界から転移してきた奴がいたんだ。そいつに教えてもらった料理なんだが……そうか。あまり広まっていなかったか」


 あれは、5年ほど前だっただろうか。

 俺がまだ駆け出しの冒険者だったころ。

 当時俺が所属していたパーティーに、一時期だけ入っていた女冒険者――アイナと名乗ったその少女は、別世界から転移してきたと言っていた。


「異世界から、転移かい? そんな話、初めて聞いたな」


「にわかには信じられない話ね」


 おっさんとお姉さんの不思議そうな反応も、無理はないだろう。

 アイナの自己紹介を聞いた当初は、俺も同じ反応を返したのだから。


「俺も、最初は疑わしく思ったんだがな。でも、彼女の故郷の話を聞くと、どうにもこの世界の話じゃなさそうなんだよ。魔法がなくて、代わりに『科学』ってやつが発展してるらしい」


 大木よりも背の高い建物が立ち並んでいて、夜になっても明かりが絶えず、しまいには空を飛ぶ乗り物まであるらしい。

 そんなことを語ると、二人とも揃って驚いた顔をした。


「確かにそれは、ここの世界じゃなさそうね。魔法が使えない生活っていうのは、ちょっと想像ができないわ」


「そんな世界があるのならば、一回行ってみたいなあ」


 俺も、彼女の故郷に行ってみたいと考えたことは何度かある。

 そういえば彼女はもとの世界への帰り方を探していたが、もうその方法は見つかったのだろうか。

 それはまた別の機会に考えるとして、俺は逸れた話を元に戻す。


「そんなわけで、異世界出身のそいつと運よく冒険者パーティーを組むことができたんだが、その時に教わった彼女の故郷の料理、それが冷やし中華ってわけだ」


 異世界から来たアイナの、故郷の料理。

 不足や代用品だらけだと彼女は言っていたが、しかし俺が今まで食べた中で一番美味かった記憶がある。


 そうだ。故郷に帰ったら、冷やし中華の店を開こう。


「エシュナに着いたら、食べてみないか? 冷やし中華の店を開きたいと思っているんだが、意見を聞かせて…………っ?!」


 突如。

 馬車がガタンと音を立てて止まった。

 馬の嘶き声が聞こえてくる。

 同乗していた護衛が馬車から外に出て、御者の一人と何かを話し始める。


「どうしたんだ?」

「何かあったのかしら?」


 おっさんとお姉さんはまだわからないようだが、戦いの日々に明け暮れていた俺にはよく理解できた。


 威圧感と殺気。


 並々ならぬ気配を感じて外に出ると、進行方向に、そいつはいた。


 道を塞ぐように佇むのは、巨大な熊の姿をした魔物――キラーベアだった。





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