19 黒魔術師、冷やし中華を作る
人生で初めて料理回を書いたので、読みづらかったらすみません。
※感想欄でのご指摘ありがとうございます。
麺を茹でるのを忘れていたので追記しました。
「今日は試食会だ。皆さんお待ちかねの、冷やし中華を作るぞ」
「わー、楽しみ!」
「冷やし中華、ですか……。初めて聞きますね」
店の厨房となる部屋で、俺はセルミナとレミカを集めて試食会を開くことにした。
水場の付近に、昨日買ってきた食材を集めてある。
そして、作業台の片隅に置いてあるのは、一枚の古い羊皮紙。
異世界から転生してきたアイナという少女に、「冷やし中華」のレシピを教えてもらった時のメモが書かれている紙だ。
そういえば、アイナはあの時「ショウユが足りない」と言っていた気がする。
彼女はもとの世界に戻る方法を探すのと同時に、「ショウユ」を探すために旅立ったのだったか。
彼女の行方は知れないが、元気でやっているだろうか。
「さて、じゃあ始めるぞ」
俺がそう言うと、セルミナとレミカは興味津々といった様子で俺の手元を見てくる。
そんな中、俺は小麦粉の入った袋を箱から取り出し、グリフォンの卵を混ぜたものと、水、ルルエリ湖の湖水をメモの通りの割合で混ぜ合わせる。
そして、均一に混ざり合ったら、手でこねる。
生地が手につかなくなるのを頃合いにして、こねる工程を終える。
「おおー、すごい。さっきまで粉だったのに」
「不思議です……」
セルミナとレミカの反応を聞き流しながら、メモを見る。
「次は、このままこれを革袋に入れて放置する。だいたい、太陽が真上に昇るくらいまでかな? その間に、具材とタレを作るとしよう」
箱の中から、グリフォンの卵を取り出す。
これを皿の上で割って、よくかき混ぜる。
そして、鉄板の上に流し込み、焼いていく。
「普通に火を起こしてもいいんだが、こっちのほうが楽だよな。《ファイアボール》」
「そんなことを言うのはオルアスさんくらいですよ。火力と位置を制御しながら火の魔法を扱うのは高等技術じゃないですか……。私でも自信ないです……」
レミカから突っ込みが入るが、笑ってごまかす。
メモによると、アイナも《ファイアボール》で調理したと書いてあるのだが……。
当時は気にならなかったが、もしかしたらアイナは魔法の実力も突出したものだったのかもしれない。
「焦げ目がついて固まったら、火を止めて細長く切るんだったな」
「香ばしくて、いい匂いがする……」
「グリフォンの卵って、鉄板で焼いたら美味しそうな食べ物になるんですね」
二人の反応に頷いてから、ちょっと焦げ目がついた黄色い卵焼きを細長く切っていく。
そして、干し肉と葉野菜のキャレスも同じように細長く切って、具材を完成させる。
ちなみに、キャレスはちゃんと水洗いしたので悪しからず。
「それで、次に作るのがタレなんだが」
そう呟きながら、植物油と酢、砂糖を混ぜ合わせる。
そういえば、砂糖の仕入れを忘れていたな。
直近はエシュナで買って間に合わせるとして、いずれ商会に言って追加で仕入れてもらうとするか。
「ここで、『ショウユ』が足りないのか」
アイナによると「ショウユ」があればもっと美味しくなるらしいけど、無いものは仕方がない。
というか、「ショウユ」無しでも十分に俺は美味いと思うのだが。
「んで、そろそろ麺の方もいいかな」
革袋に入れて放置しておいた生地を持ってきて、押し潰す。
薄く伸びきったら、中身を折り返して、もう一度押し潰す。
そうすることで、柔らかい生地を硬くし、麺として食べやすくするのだとか。
何度かその工程を繰り返した後、革袋から麺の生地を取り出し、薄く引き伸ばして棒状に切る。
その際にも、やはり魔法を使った方が楽だとメモに書いてある。
「《ウィンドカッター》」
細く、たくさん切るためには魔法を使うと早い。
「おおー。一気に全部切れたね」
「ちょっと、私は真似できそうにないです……」
生地を一瞬で麺にしたのに対し、セルミナは目を輝かせ、レミカはちょっと落ち込んだように声を上げた。
ところで、どうしてアイナは、料理に魔法を使おうと思ったのだろうか。
その発想は、素直に尊敬に値するものだ。
彼女の世界には魔法がなかったと言っていたが、だからこそ柔軟な発想で魔法を使えたのかもしれない。
そして、出来上がった麺に、小麦粉をまぶしてお互いがくっつかないようにする。
最後に、麺を茹でる。
水を張った鍋を《ファイアボール》で沸騰させて、その中に麺を入れてから、しばらく待つ。
そして茹で上がった麺を冷水に浸してから、3つの皿に盛りつける。
麺の上には、あらかじめ調理しておいた具材を盛り付ける。
タレはお好みの量で、ということにしておこう。
「最後に、料理を冷やすのか。《フロスト・エア》」
魔法によって冷気を吹きかけ、出来上がった料理を冷やす。
「よし、これで完成かな」
「これが、オルアスの大好きな冷やし中華……。確かにおいしそうかも……」
「さっそく食べてみてもいいですか……?」
二人とも、冷やし中華に目が釘付けだ。
確かに、俺たちが普段食べている料理とは、雰囲気からして違うもんな。
王国の庶民や低級貴族の食事と言えばだいたい、パンとスープと野菜だったりする。
だからこそ、麺料理である冷やし中華は目新しくて、興味を惹かれるのだろう。
「ここにタレがあるから、お好みでかけてくれ」
そう言って、俺は見本を見せるようにタレをかけて見せる。
そして、料理をフォークで掬い取る。
アイナは「ハシ」と呼ばれる物で食べていた、とメモされているが、詳しくは書かれていない。
まあ、無いものは使えないよな、と割り切って、冷やし中華を口にする。
「あー、これこれ。この味が最高なのよ」
もちっとした麺の食感に、甘酸っぱいタレが絡み合う。
卵やキャレス、肉の味も、ちょうどいいアクセントとなっている。
久しぶりに食べる冷やし中華の味を堪能していると、遅れてセルミナとレミカの声が聞こえてきた。
「さっぱりしてるし、暑い時に食べたくなる味だね」
「ちょっと、私には酸っぱいです……」
「レミカはタレを掛け過ぎたんじゃない? 明らかに、その量はおかしいと思う……」
セルミナの言葉に、レミカの皿を見てみると――。
なんと、麺がタレに浸っていた。
確かに、それは酸っぱい。
間違いなく、タレの味しかしないだろう。
「ううっ……。失敗しちゃいました……」
「仕方ないなー。私のをちょっと分けてあげる」
セルミナは落ち込んでいるレミカに、自分のぶんの料理を取り分けてあげていた。
レミカは申し訳なさそうに頭を下げて、そしてそれを口に含む。
「あ、ありがとうございます……。おいしいです」
「んふふー。オルアスの手料理おいしいー」
レミカとセルミナの好評を頂いて、本日の試食会は終わった。
不評だったらどうしようかと心配していたが、それは杞憂だったようだ。
おいしそうに冷やし中華を食べる二人を眺めながら、俺もじっくりとその味を堪能するのだった。