17 黒魔術師、浮気を疑われる
「でも、本当に良かったのか? 俺としては、店の働き手が増えるのは助かるのだが……」
レミカが俺の店で働きたいと言ったのに対して俺は、とりあえず家に来て俺の許嫁と会ってほしいと答えた。
レミカが店で働くことについて、セルミナがどう思うのか、それについて確認したかったからだ。
その後、ミルロッテやエノーネと別れを済ませて、もともとの用事を終えてから、冒険者ギルドから出た。
そして今は、レミカと二人で俺の家に向かっているところだ。
エシュナの中心街の賑わいの中を、俺とレミカは歩いていく。
辺りの喧騒に掻き消されそうなほど小さな声で、レミカはぽつりと呟いた。
「……もしかして、考えていることが顔に出ちゃったりしてましたか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
レミカの表情については、いつも通りだ、としか思わないのだが。
だが、彼女の言う「考えていること」というのは気になる。
野暮かもしれないが、「相談に乗ることはやぶさかでない」という意思表示のためにも、軽く尋ねてみる。
「何か、悩んでいることがあるのか?」
「はい……。ええと、私の気持ちが私自身で分かっていなくて……。なんというか、『あの人』のことが……。いえ、やっぱり、なんでもないです」
そう言ってレミカは言葉を濁す。
『あの人』という新要素が、特に気になってしまうのだが……。
しかし、レミカが「なんでもない」と言うのならば、問い質すことはしない方が良いだろう。
「とりあえず、レミカが働くかどうかはセルミナ次第かな。セルミナと相談して、もしダメだって言われたら、まあ、ごめんな」
「オルアスさんが謝る必要はないですよ……。わがままを言っているのは、私の方なので……」
レミカは、そう言いながらとんがり帽子を深くかぶり直す。
そうして、俺とレミカの間に、沈黙が流れた。
とはいえ、それほど気まずい空気が流れるわけでもない。
勇者パーティーで冒険をしていた時には、周囲を警戒して全員が無言になることも多々あった。
むしろ、雑談をしようとしたら勇者エルディンに怒られる始末だった。
レミカの隣を歩きながら、店舗兼自宅に向かう。
冒険者ギルドではかなりの長話をしてしまったから、おそらく、実家に行っていたセルミナが帰ってきているだろう。
賑わっているエシュナの街中から、農村部の方に向かう。
エシュナの中心街と、農業地帯の中間地点。
そこにある、二階建ての一軒家。
それが俺の新居だ。
「ついたぞ。ここが俺の家だ」
ドアを開け、家の中に入っていく。
レミカは少し恐縮したような仕草をして、俺の後に続く。
少し遅れて、家の奥から物音がする。
やはり、セルミナがもう帰っていたようだ。
彼女は階段を下りてきて、玄関に顔を出す。
「オルアス、おかえり!
……ちょっと待って、その女の子は誰? 浮気相手でも連れてきたの?」
ジト目で、セルミナは俺に説明を求める。
「浮気相手って……。お前、俺が女性と一緒にいたらいつもそうやって言うよな」
俺が女性冒険者とパーティーを組むたびに、セルミナは俺のことを浮気者だとか言っていた気がするな、と思いながら言葉を続ける。
「彼女はレミカだ。勇者パーティーで、白魔術師をやっていた。俺が料理店をやりたい、って言ったら手伝いたいって申し出てくれたんだ」
「は、はい。レミカです。もしよければ、お店のお手伝いをさせてもらいたいんですけど……」
セルミナは、レミカをじっと見つめる。
しかし、レミカはセルミナの視線に恥ずかしくなったのか、顔を俯かせた。
その様子を確認した後、セルミナは納得した顔で俺に視線を向けてくる。
「うん。わかった。悪い子じゃなさそうだし、うちで働いてもいいよ。ただ、オルアスは渡さないから、その気でね」
「あはは、そうですよね……。でも、こんな私を受け入れてくれて、ありがとうございます」
レミカは、セルミナに向かって礼をする。
レミカが苦笑しているのは、「オルアスは渡さない」というセルミナの発言がちょっと的外れだったからだろうか。
そんなように思考をしていると、突然、セルミナの口から爆弾発言が放たれた。
「それじゃあ、さっそくレミカさんのぶんの家具とか調度品も、買ってこよっか」
「え、マジで?」
「え、いいんですか……?」
まるで、レミカもこの家で暮らすと思って疑わないような発言だ。
俺は、この家にセルミナ以外の女性を住まわせるのはどうかと思い、レミカには通いで手伝いをしてもらおうと考えていたのだが。
浮気相手かと疑っておきながら、一緒に暮らすことがもはや確定事項となっているのは、ちょっとセルミナの考えていることが理解できない……。
「あれ? 嫌だった? レミカさんは、オルアスと一緒にいられて幸せ。オルアスは私とレミカさんと三人で遊べて幸せ。私はオルアスと一緒にいられるし、レミカさんとも仲良くなれそうだから幸せ。っていう感じで、みんな幸せだと思ったんだけど……」
「いや、セルミナが大丈夫なら問題ないんだけど。レミカを俺の浮気相手だって疑ってたわりに、あっさり信用するんだな、って思ってさ」
「んー? だって、オルアスの浮気相手でしょ? ってことは、悪い子は連れてこないと思ったんだけど」
やっぱり浮気を疑われてるのかよ、と口を挟もうとしてけれど、そうする間もなくセルミナが言葉を続けた。
「それにさ、私、ずっと農村で暮らしてきたわけじゃん? だから、仲の良い人ってオルアスかアードレルくらいしかいないんだよね。だから、レミカさんさえよければ、私と友達になってほしいな、って思ったんだけど……どうかな?」
セルミナはレミカに向かって問いかける。
しかし、確かに言われてみれば、セルミナには同性の友達がほとんどいない。
俺とセルミナが生まれ育った農村では、近い年代の女の子がいなかったのだ。
だから必然的にセルミナは、俺とアードレルと一緒に遊んでいたのだが……。
もしかしたらセルミナは、同性の友達がいないことで、少し寂しい思いをしてきたのかもしれない。
「友達、ですか。ええと……私でよければ、ぜひお願いします……!」
レミカはとんがり帽子を手で押さえながら、深々と礼をする。
こころなしか、レミカの声が弾んでいるように聞こえた。
「こちらこそ、よろしく。
……ところでレミカさんは、うちで住み込みで働くつもりはない? わざわざ遠くの宿屋から通って働くのは不便でしょ?」
「いえ、やっぱり、それは申し訳ないですし……。お二人の間に割り込んで、変な空気になっても嫌なので……」
「ふーん、なるほどねー」
セルミナは、何かを疑うような目でレミカを見る。
しかし、すぐにその表情を戻し、「まあいいや」と言って話を続ける。
「宿で暮らすにしても、レミカさんは色々と買わなきゃいけないものとかあるでしょ? 早めに街に買い物に行かないと、日が暮れちゃうよ?」
あ、私も水生成の魔道具を買わなきゃいけないんだった……、と独り言ちながらセルミナは玄関の外へ歩き出す。
しかし、ふと立ち止まって、レミカの方に振り向く。
「そういえば、友達に敬語を使うのは変かな? 今度から呼び捨てでもいい?」
「あ、はい。お願いします」
こうして、冷やし中華店の開店計画に、レミカという仲間が加わったのだった。