15 取り残された勇者
☆ ★
一方の勇者エルディンは、王都の冒険者ギルドの建物内にいた。
一枚の依頼用紙を持ち、併設されている酒場の席に座り、パーティーメンバーを待っていた。
彼女たちが、エシュナへ出発した後であるとも知らずに。
「あー、あいつら遅いなー。何やってんだよ……」
貧乏ゆすりをしながら、酒場の席に座って冒険者ギルドの入り口のドアを見つめる。
しかし、目的の人物は来ない。
――5分後。
「ホント、何やってんだよ。俺を待たせるなんて、ただじゃ済まねえぞ?」
テーブルを小刻みに叩きながら、冒険者ギルドの入り口を眺める。
しかし、待ち人は来ない。
――10分後。
「ふざけんなよ。いつまで待たせりゃ気が済むんだよ」
当然、待ち人は来ない。
――1時間後。
「ふざけんな! あいつら何やってやがる! いつまで待っても来ないじゃねえか!」
ガタン、とテーブルを思い切り叩いて、怒鳴り声をあげながら立ち上がる。
周囲の人がエルディンに注目するが、しかし彼に関わろうとする者はいなかった。
「またアイツかよ」「ホント、懲りねえな」と周りの冒険者たちはひそひそと話すが、当然、お怒りの勇者エルディンの耳には入らない。
酒場の主人も、冒険者ギルドの受付嬢も、彼のことを一瞥するだけで取り合おうとはしなかった。
バタン、と音を立てて、冒険者ギルドの出入り口の扉を蹴り開ける。
そして、エルディンはパーティーメンバーがいるはずの定宿に向かった。
――もう、彼女たちはエシュナへと出発した後で、部屋はもぬけの殻の状態なのだが。
いつも滞在している宿にたどり着き、その建物に入る。
そしてすぐに目が合った宿屋の受付嬢に、エルディンは尋ねる。
「おい、レミカとミルロッテ、あとエノーネはどこだ」
勇者の心底不機嫌そうな声に対して、宿屋の受付嬢は薄ら笑みを浮かべた。
「てめえ、なに笑ってやがる。そんなに俺がおかしいか?!」
「いえ、この宿では、お客様に対応するときは笑顔で、と決まっておりますので。ちなみに、彼女たちは冒険者ギルドに行くと言っていた気がしましたが……。あ、そうだ。ちょっと用事を思い出したとかで、騎士団の方に行くと言っていましたかも……」
もちろん、嘘である。
宿屋の受付嬢は、レミカたちの行動を見ていたために、実際には冒険者ギルドと反対側に向かったことは知っている。
それを知ったうえで、レミカたちが向かった方向とは対極にある場所へと誘導する嘘をついた。
しかし、なぜ受付嬢が嘘をつくのか。
それは簡単な話だ。
なぜなら、この受付嬢もまた、横柄な態度を取るエルディンに苦労させられていたのだから。
俺の妾にしてやるとしつこく言い寄られたり、うるさくて他の客が寝付けないのでエルディンの怒りを鎮める羽目になったり……。
しまいにはエルディンに部屋の壁を思い切り壊されたのだ。
ここまでされて、恨みを持たないほうがおかしいだろう。
「わかった、騎士団の方だな! あいつら、見つけたら一発ぶん殴ってやるからな!」
そう言って、意気揚々と宿屋を出る。
そこで、地面に転がった小石に足を取られて、すっ転んだ。
「ぶへらッ?!」
無様に転んだ姿を見た通行人がひとり、プッと笑いを漏らした。
笑いを漏らした女性の通行人に対し、勇者エルディンは聖剣を抜いた。
普段は彼の蛮行を止めるパーティーの仲間も、今は誰一人いなかった。
「あぁ? なに笑ってんだ?! それが勇者エルディン様に向ける態度か?!」
「すみません、すみません……」
そうやって彼女は頭を下げるが、しかし勇者はそれに聞く耳を持たない。
勇者は怒りを露わにし、彼女に剣を向けた。
「なんだって? 声が小さくて聞こえねえぞおらぁ!」
「ど、どうか、命だけは……」
女性の懇願を無視し、エルディンが剣を持って近づいていき――
――しかし、その剣が振るわれることは無かった。
騒ぎを聞きつけた騎士隊が駆けつけたのである。
「おい、お前。街中での武力行使は法で禁じられている。それを破ったお前は武器没収だ。さっさと武器を寄越せ」
騎士たちが馬を降り、女性を保護してから、エルディンを取り囲む。
全方位を、剣を持った騎士で囲まれたエルディンは、聖剣を構えて吠える。
「俺は勇者エルディンだぞ?! 騎士程度が勇者に歯向かって許されると思っているのか?!」
「誰であろうと、犯罪は犯罪だ。大人しく剣を渡して投降しろ」
「くそがッ! 黙って俺に従えばいいんだよッ!」
エルディンは正面にいる騎士に向かって、聖剣を振り下ろす。
しかし、怒りに任せて単調になっている勇者の攻撃に、一人の騎士が対応した。
すぐに勝負がつくものと考えられたが、しかし、その騎士はかなりの実力者であった。
押され気味でありながらも、一瞬で勝負が決することはなく、騎士は攻撃を防ぎ続けていく。
うまく時間を稼ぎ、他の騎士たちは包囲網を狭める。
そして、十分に距離が詰まったところで――
――エルディンに向け、一斉に剣を突き出す。
少しでも動けば剣が突き刺さる、そんな状況になり、エルディンは動きを止めざるを得なかった。
そして、なすすべもなくエルディンは捕縛される。
「くそがッ! 離せ、離せよこの野郎!」
叫ぶが、しかし、誰もその言葉に反応することは無かった。
手と足を縄で縛られ、エルディンは騎士の詰め所へと運ばれていった。
王国の法に則って、彼は持っていた武器を全て没収され、投獄された。
そして、牢屋の中で、国の判断を待つ身分となった。
もちろん、勇者の証である聖剣も、彼は失ったのだった。
★ ☆
……そして。
彼が一人で王都に取り残されたことに気づくのは、まだ先の話……。
エルディンに【捨てられた勇者】という二つ名がつくことも、国からの言いつけを破ってレミカの居場所を探し、追いかけることも、これまた先の話なのであった……。
勇者のざまぁがこの程度で終われば、どれほどよかったものか……