13 勇者抜き勇者パーティー①
★ ☆
オルアスが冒険者パーティーから追放された、その翌朝。
いつも通り、朝の打ち合わせをするために、勇者パーティーのメンバーは勇者エルディンの部屋に集まっていた。
勇者エルディン、斥候のエノーネ、軽戦士のミルロッテ、白魔術師のレミカ。
昨日より一人メンバーが減っているが、何事もなかったかのようにエルディンは呼びかける。
「よし、全員揃ったか。それじゃあ、冒険者ギルドに行くぞ」
さっそく部屋を出て行こうとするエルディンを、エノーネは怪訝な表情で呼び止めた。
「ええと……? オルアスがいないようですが……」
「あいつはスパイだからな! 昨日の夜に俺が追放してやったぜ。あいつ、陰で俺たちの行動を邪魔してたからな。これで前より楽に戦えるようになったぜ!」
同意を求めるように、エルディンはパーティーのメンバーを見る。
しかし、エルディンの意図と反面に、同意は一つも得られなかった。
ぽつりと、とんがり帽子をかぶったレミカが呟く。
「……オルアスさんがスパイなんて、考えられません」
「お前はオルアスに騙されてた。だから、オルアスなんか放っておいて、俺と仲良くなってくれないかなぁ?」
いやらしい笑みを浮かべて、エルディンはレミカに迫る。
それを遮るようにして、ミルロッテはエルディンに言った。
「私も、オルアスがスパイなんて考えられないわ! アイツが一番、パーティーのために頑張ってたじゃないの!」
「アイツはどう見てもパーティーのお荷物じゃねえかよ! もしかしてお前もオルアスに誑かされていたんだな?!」
「でたらめなことを言うんじゃないわよ!」
ミルロッテが、ものすごい形相でエルディンを睨みつける。
今にも食ってかかりそうな状態を、エノーネが手で制する。
エルフであるエノーネは、若い見た目をしていながらも長くの年月を生きている。
その経験によるものなのか、それとも生来の性格なのか、彼女は非常に冷静であった。
「仮にオルアスがスパイだったとしても、一度みんなで話し合った方が良いのは確かですわ。まだ、オルアスもそれほど遠くには行っていないはず。オルアスを追いかけましょう」
「オルアス、オルアス、うっせえんだよ! そんなにお前らオルアスのことが好きかよ?! お前らは黙って俺の言うことにしたがってりゃいいんだよ!」
そう言って、エルディンはエノーネに詰め寄る。
そしてその頬を、思い切り殴った。
「……ッ?!」
不意打ちのように殴られたエノーネは、エルディンの拳に吹き飛ばされる。
バコン、と何かが凹むような音を立てて、エノーネは部屋の壁に叩きつけられた。
「お前ら、わかってんだろうな?! オルアスはスパイだから俺が追い出した! お前らは文句言わずに俺の言うことを聞けばいい! 次に俺に逆らったら、こんなところじゃ済まないからな?!」
壁にめり込んで、意識を失っているエノーネを指差して言う。
レミカが治療に向かおうとするが、しかしエルディンはそれを無言で遮る。
それを見て、苦虫を嚙み潰したような顔で、ミルロッテは口を開く。
「わ、わかったわ! わかったから、さっさと冒険者ギルドに行ってきてちょうだい! 依頼は早い者勝ちだって、エルディンも分かっているでしょう?! 私たちはエノーネの治療をしてから行くから、エルディンだけ先に行って依頼を確保してきてほしいのだわ!」
「へっ。わかってんじゃねえか。言われた通り、先にギルドに行って良い依頼を確保しとくからな! お前らも、すぐにギルドに来るんだぞ!」
そう言って、エルディンは部屋から出ていく。
そして宿屋の一室には、レミカとミルロッテ、そして壁にめり込んで意識を失っているエノーネの3人だけになった。
ミルロッテは、事態をうまく呑み込めずに固まっているレミカの肩を軽く叩く。
「うまくエルディンを追い出すことができたわ。レミカはエノーネに治癒魔法をかけてあげなさい」
「は、はい!」
レミカ頷いてエノーネのもとに駆け寄り、魔法を唱える。
「《クイック・ヒール》!」
ぼんやりとした白い光にエノーネが包まれる。
すぐに光は消え、傷が癒えて意識も取り戻したエノーネが立っていた。
そして、エノーネは周囲を見渡す。
傍にレミカが立っており、エルディンが部屋にいないことを見て状況を理解したのか、エノーネは頭を下げた。
「レミカ。治癒魔法をかけていただき、ありがとうございます。エルディンに無様に殴られて、申し訳ありませんでしたわ」
「いえ、お礼ならミルロッテさんに言ってください……。エルディンさんを追い出して私に治癒させてくれたのは、ミルロッテさんなので……」
「そうよ、私に感謝するといいわ。……とは言っても、『後でギルドに行く』ってエルディンと約束しちゃったのは、申し訳ないけど。本当は、あんな奴と二度と顔を合わせたくないのよ」
ため息をついて、ミルロッテは首を横に振る。
エノーネは、諦めたように肩をすくめた。
「しかし、私たちも国で雇われている以上、勇者に従うしかないでしょう。いずれ、国には勇者の悪行を訴えに行くことにして、今日は、ひとまず冒険者ギルドに行きますわよ」
エノーネはそう言って、宿屋の一室を出た。
ミルロッテとレミカもそれに従い、歩き出す。
勇者エルディンの部屋には、人型に凹んだ壁だけが残されたのだった。
「あの、勇者パーティーの皆さんですか?」
宿屋を出ようとしたところで、3人は宿屋の受付嬢に呼び止められた。
「はい、そうですわ。なにかご用でしょうか?」
エノーネが振り返って答えると、受付嬢は安心したように笑顔を浮かべた。
「実は、オルアスさんから手紙を預かっているんですよ。勇者エルディンには見せるな、とのことだったので個別に部屋へ行こうかと考えていましたが、ちょうどよかったです」
そう言って、カウンターから3通の手紙を取り出し、3人にそれぞれ渡した。
「それでは、今日もお仕事行ってらっしゃいませ」
一礼して、受付嬢はカウンターの奥の方に戻っていく。
手紙を渡された3人は互いに顔を見合わせた。
そして、みんな揃って周りの様子を窺っていることに気づき、おかしそうに笑ったのだった。