12 黒魔術師、元仲間の話を聞く
「オルアス、遅いわよ! いつまで私たちを待たせるつもり?!」
部屋に入ると同時に、軽戦士のミルロッテが椅子から勢いよく立ち上がる。
赤色の長髪を揺らして、俺の方に向き直る。
「遅いって、お前、いつから待ってたんだ? 俺はさっきダルドに呼ばれたばかりだが」
「昨日の夕方から、ずっとよ! 首を長くして待っていたんだからね! 律儀に待っていた私に感謝しなさいよ!」
語気を強めるミルロッテに対し、ギルドマスターのダルドが深々と頭を下げる。
「すまない、俺の不手際だ。オルアスなら、街に来たら真っ先に冒険者ギルドに来ると思い込んでいたんだ……。それで、昨日はオルアスを探そうとしなかった……。本当にすまない」
「ミルロッテ、あなたは落ち着いた方がいいのですわ。オルアスも困っていますわよ?」
ミルロッテをなだめて席に座らせたのは、斥候のエノーネ。
プラチナブロンドの長い髪から飛び出している尖った耳は、エルフ特有のものである。
「……あの、オルアスさん」
室内でもとんがり帽子をかぶった小柄な白魔術師のレミカが、控えめな声で尋ねてくる。
「どうした?」
「手紙に書いてあったことって、本当なんですか……?」
手紙。
俺が勇者からパーティー追放を言い渡された後、宿屋の受付に預けておいた、あの手紙だ。
「ああ、すべて本当のことを書いたつもりだ。何か間違いを見つけたのか?」
「いえ、そうではなくて、あの……。エルディンさんについてなんですけど……」
「エルディン? ああ、あの勇者か。それがどうした?」
「きっと、手紙に書いてあることが本当なら、私がオルアスさんを追い出す原因を作ってしまったんですよね……? その、だから、ごめんなさい……」
ん?
あの手紙は勇者の悪行についていろいろと綴った気がするけど、レミカが悪いとは一言も書いていないはず……。
何を勘違いしているんだ?
首を傾げていると、エノーネが補足してくれた。
「エルディンが、レミカと楽しそうに話しているオルアスに嫉妬して、オルアスをパーティーから追放したんじゃないか、みたいな内容が手紙に書いてありましたよね?」
「ああ、そうやって書いたはずだ。まあ、本人はスパイ容疑だとか言っていたが」
「それで、レミカが責任を感じているんですわ。『私と話していたばっかりにパーティーから追放されたんですよね……』という感じでしょうか」
「なるほど、そういう捉え方もできるのか」
納得して、俺はレミカに向き直る。
「誤解させてすまんな。レミカが責任を感じる必要はないよ。悪いのは全てあの勇者だ。勇者の自己中心的な考えで、俺が追放されただけだ。もともと、あの勇者とは近いうちに決別しようと思っていたから、むしろちょうどよかったと思っているくらいだよ」
「すみません……。気を遣わせてしまって……」
「そんなに申し訳なさそうにするなよ。むしろ、レミカもエルディンの被害者だろ?」
レミカが何度告白を断っても、勇者はレミカに付きまとい続けていた。
セクハラまがいのことも、あの勇者はパーティーの女性メンバーたちに何度も繰り返していた。
俺は勇者の蛮行を止めようとしたこともあったけれど、一切聞く耳を持たずに、しまいには勇者としての権力を振りかざすような始末だった。
「そう、ですね……」
「そうよ! 国に言われて仕方なく勇者パーティーをやっていましたけど、そうでなかったらすぐに辞めていたわ!」
「私も、エルディンという男はこちらから願い下げですわ。だからこそ、エルディンに気付かれないように、私たちだけでエシュナに来たのですから」
ということは、勇者は今頃、王都で一人取り残され、途方に暮れているのだろうか。
あの馬鹿の末路として相応しいだろう。
「その話、ちょっと詳しく聞きたいな」
俺が追放された後、勇者パーティーは一体どうなったのか。
俺をパーティーから追放した勇者は、どうなったのか。
彼女たちが、いかにして勇者を嵌めてエシュナに逃げ出してきたのか。
気になることだらけだ。
「もちろん、語って差し上げますわ。そのために、オルアスを呼んだと言っても過言ではありませんし」
「エルディンの醜態を聞いて楽しめばいいと思うわ!」
「あの、私はただ、オルアスさんに会いたかっただけなのですが……」
復讐の話を聞いてもらおうと息巻いている二人と違って、レミカは優しいから人に復讐しようとは思わなかったのかもしれない。
それにしても、俺に会いたかったとは、嬉しいことを言ってくれる。
少し、レミカのもじもじとした仕草が気になるが……。
「何だか知らねえが、とりあえず長話には飲み物だ。水を用意してくるぞ」
ダルドはそう言って、部屋から退出する。
話が分からないなりに、気を使ってくれたのだろう。
ありがたい。
「ええと、どこから話そうかしら――」
「そうですね。私たちが手紙を受け取ったところから始めるのがいいですわ」
ミルロッテとエノーネが、競うようにして語り始める。
こうして、彼女たちが冒険者パーティーから抜けてきた経緯を聞くことになった。