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10 黒魔術師、お化け(?)を退治する




 シャドウゴースト。

 生物に取り憑くことで生命力を奪うという特徴を持つ魔物だ。

 また、シャドウゴーストに取り憑かれた生物は、他の生物を襲って、溢れ出る生命力を吸収しようとするからタチが悪い。


 もちろん、人間であっても取り憑かれる可能性がある。

 そして、その場合は主に、口から侵入するということが知られているが――。


「セルミナ?! 危ない!」


 腰を抜かし、ベッドの上に座り込んで、口を開けたまま固まっていたセルミナ。

 そんな彼女にシャドウゴーストが近づくのを見が見えた。

 慌ててベッドに飛び込み、彼女の口を手で塞ぐ。


「む?! むぐぐぅ……」


 驚きと困惑の表情で俺を見てくるが、しかし今は説明することはできない。

 下手に口を開けると、シャドウゴーストに取り憑かれる可能性があるのだ。


 ともあれ、間に合ってよかった。

 シャドウゴーストはそれほど動きが速くない。

 もう少しシャドウゴーストの動きが速ければ、既にセルミナは取り憑かれていたかもしれない。


 まあ、取り憑かれた人間を浄化する方法もあることにはあるのだが……。


 しかし、このまま膠着状態となるのも良くない。

 シャドウゴーストは口から人体に侵入することが多いというだけで、時間をかければ他の場所からも取り憑くことができるのだ。


 それに対して、俺が取れる選択肢はそれほど多くはない。


 魔法を使うとすると、そのために『キーワード』を口に出す必要がある。

 この距離だと、その一瞬の開口で取り憑かれる恐れがあるため、それはできない。

 また、シャドウゴーストはガス状生物なので、物理攻撃は効かない。

 一見、物理攻撃が効きそうな二つの目玉も、壊せばすぐに自己治癒するので意味がない。


 このように聞くと、シャドウゴーストは討伐不可能のように思うだろう。

 実際、ほとんどの冒険者にとってみればその通りだ。

 出会った瞬間、逃げるべきと言われている魔物。

 それは、冒険者ギルドに加盟すると最初に教えられることである。


 しかし、討伐方法が無いと言えば嘘になる。


 俺は左手の拳に魔力を込めて構える。

 物理攻撃が効かないとしても、魔力を纏った攻撃の場合は別だ。

 莫大な魔力量でもって圧し潰せば、それは有効な攻撃となり得るのだ。


 そして、莫大な魔力を纏った左拳で、シャドウゴーストを殴る。

 相手がガス状生物であるために手応えはないが、しかしシャドウゴーストは一直線に吹っ飛んでいく。

 部屋の壁にぶつかり、そこでようやく動きを止めた。


 これで、シャドウゴーストとの距離は十分に取れた。

 だから、少しくらい喋っても、即座に取り憑かれることは無い。

 シャドウゴーストの動きを見てから口を閉ざしても遅くない、そんな距離だ。


 セルミナの口を覆っていた右手を離す。

 そのまま、セルミナの隣で体勢を整える。

……さすがに、ベッドにダイブした状態で戦うのは色々と不自由だからな。


「セルミナ、こいつは口を開けてると取り憑いてくる。気を付けろ」


「わ、わかった……。…………うぅ、お化け、怖いよ……」


 ベッドの上で膝立ちをしている俺に、セルミナが強く抱き着いてくる。

 胸が押し付けられて若干気が散るが、それは些細な問題だ。


 俺たちが喋っているのを確認したのか、シャドウゴーストがまたしても俺たちに近づいてくる。

 口を開いているところを見て、チャンスだと見たのだろう。


 だが、残念。

 それは間違いだ。


「――《サラウンド・ダーク》」


 一言だけ、魔法を発動するための『キーワード』を口にする。

 同時に、シャドウゴーストが戸惑ったように動きを止めて、空中に留まる。


《サラウンド・ダーク》

 それは、敵の周囲の光を捻じ曲げ、視覚を狂わせる魔法である。

 シャドウゴーストは、二つの目玉のみによって外界の情報を得ているので、その視界を遮ってしまえば俺たちが認識されることは無いのだ。


 よって、俺の左腕にしがみついて震えているセルミナに害が及ぶことは無い。

 次の魔法の『キーワード』を紡ぐために口を開くのも、全くもって問題はない。


「吸い尽くせッ! 《コア・ドレイン》!!!」


 少し魔力を消費した感覚がすると同時に、魔法が発動する。

 空中に漂っているシャドウゴーストの付近に、紫色に渦を巻く円盤のようなものが空中に出現する。


 これは、魔物の生命の源である魔力核と呼ばれる部分を吸い取り、絶命させる魔法である。

 強力な魔法である反面、効果を発揮するまでに時間がかかるので、魔物の動きをある程度止めている状態でないと使えないという制限がある。

 しかし、シャドウゴーストはそもそも動きが遅いし、さらに視界を遮っているため、困惑して空中に漂っている状態。

 魔法の発動条件としては完璧だ。


 シャドウゴーストから発せられる青色の煌きが、紫色の円盤に吸い込まれていき、シャドウゴーストの大きさがみるみるうちに小さくなる。


 そしてついに、シャドウゴーストは霧消した。

 それを確認してから魔法の効果を解き、俺の左腕を抱く少女の方に向き直る。


「セルミナ、もう大丈夫だ」


「ほ、本当……? 実はもう一匹とか、いないよね……?」


「ああ。あいつはガス状生物だから、近くに別の個体がいると合成して一つになってしまうという性質を持っているんだ。だから、家の周辺にはいないよ。……まあ、一応家の中は確認してくるけど」


「……じゃあ、私も連れていって。一人だと怖くて……」


「もちろん、いいよ。セルミナは昔から怖がりだもんな」


 セルミナの頭を撫でてから、立ち上がる。

 セルミナは相変わらず俺の左腕にぎゅっと抱き着いたまま、俺の隣で不安そうな表情を向けている。


 電灯の魔道具を手に持って、明かりを灯しながら部屋を出る。

 確か、シャドウゴーストは寝室の外から入っていたはずだ。


「シャドウゴーストって、魔大陸にしかいないはずなのにな……」


 人間が住むこの大陸でシャドウゴーストがいる原因といえば、魔大陸から帰ってきた冒険者がシャドウゴーストを連れて来てしまったことくらいか。

 冒険者が回収してきた装備にシャドウゴーストが潜んでいたという話は、ごく稀にではあるが聞くことはある。


 そういえばアードレルの言葉によれば、この建物はもともと冒険者向けの道具屋だったらしい。

 そう考えると、シャドウゴーストに取り憑かれた装備が偶然残っていた、と考えるのが自然か。




 家の中を隅々まで探し回った結果、古いガントレットを一つだけ見つけることができた。

 きっと、このガントレットにシャドウゴーストが潜んでいたのだろう。


「このガントレット、どこかで見たことがあるような……」


 あれは、5年前だったか。

 一時期、俺の所属するパーティーに入っていた、不思議な少女。

 アイナが装備していたガントレットに、似ているような気がした。





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