01 黒魔術師、勇者パーティーから追放される
よろしくお願いします。
「おい、オルアス。お前は今日でお役御免だ!」
今日も仕事が終わり、いつもの宿に帰ってきた。
夕食後に「大事な話がある」と呼ばれ、勇者となったエルディンの部屋に入り、最初に言われた言葉がこれであった。
「一応理由を聞いておこうか?」
エルディンは俺の言葉を「はっ」と鼻で笑って、言う。
「こっちはとっくのとうに気づいてるんだよ! お前が魔王軍のスパイだってな!」
突拍子の無い言葉を投げつけられ、困惑する。
パーティーで足を引っ張っているとか、性格が気に食わないとかだろうと思っていたのだが、その言葉は予想外だった。
いったい彼は何を勘違いしているのか、と考えていると、その思考を遮るように彼は言葉を続ける。
「とぼけやがって。ちゃんと俺は聞いてたからな? お前が酒の席で『魔王を倒す必要は無い』って言ってたことを!」
「ああ、そのことか。だってそう思わないか? 歴代の勇者パーティーが魔王を滅ぼしたことはあっても、歴代の魔王が人間の国を滅ぼしたことは無いだろう?」
「それは魔王が力不足だったからだろうが!」
「俺も確かにそのように聞いた。だが、それがおかしいとは思わないのか? 魔王軍の本隊が魔大陸から出てきた例はないんだぜ?」
「うるせえ! スパイの言うことなんて聞くかよ! どうせお前は俺に魔王討伐をやめさせることしか考えてないんだろ?!」
「……まあ、無理に俺の考えを押し付ける必要もないか」
そういえばこのエルディンという男は、他人の言葉に耳を傾けないきらいのある奴だった。
俺が教え諭したところで、たいして効果は無いだろう。
むしろ、俺への疑いを掻き立ててしまって逆効果かもしれない。
そう思って俺は彼の理解を得ることを諦めたのだが、それをチャンスとばかりに、さらに彼は捲し立てた。
「そもそもお前は、戦闘が始まってすぐに黒魔術を撃つだけでそれ以外ほとんど何もしないじゃないか! それどころか攻撃を受けて治癒を要求したり、範囲攻撃内にお前がいて攻撃を撃てずに終わったり……正直言って、お荷物なんだよ、お前は!」
そうか、勇者エルディンからはそのように評価されていたのか。
俺がスパイである、という先入観で物事を見て、全く本質に迫っていない。
俺の撃つ黒魔術によって敵を弱体化させて、こちらの攻撃を通しやすくしており、勇者パーティーの勝利に大きく貢献していることは間違いない。
敵のヘイト管理や、戦いの途中で黒魔術を放つことによって戦況を有利にしているのも、自惚れではなく、確かな事実だ。
だが彼は、そのことに気づいていないのだろう。
「いいのか? 俺が抜けるとパーティー全体が弱くなると思うが」
「脅したって無駄だ! お前がお荷物なのはれっきとした事実だからな! スパイのお前のことだから、俺たちの足を引っ張って、怪我をさせようとか考えていたんだろ?!」
「そうか。お前がそこまで死にたいというのなら俺は止めない」
ため息を吐いてから、俺は続ける。
「……ちなみにこれは、他のメンバーとは話したのか?」
エルディンは「生意気なことを言いやがって」と俺を睨みつける。
「相談なんて必要ねえよ! 選ばれし勇者である俺がお前をスパイだと見抜いた。それだけで十分だろうがよ!」
「なるほど。他のメンバーに俺の追放について相談したくないということは……つまり、レミカにご執心ってことか」
白魔術師のレミカ。
いつもとんがり帽子をかぶった、背の低い少女。
パーティー内の魔術師同士、俺とレミカが頻繁に話していたのは確かだ。
そんな俺を見て、エルディンは嫉妬していたのだろう。
確かに、彼は普段、彼女のことを目で追っていた。
彼が彼女をデートに誘っていたこともあった。
きっと彼は、彼女が俺とともにパーティーを抜けることを恐れて、パーティーメンバーと相談をしなかったのだろう。
ありそうな話だ。
「なっ?! それとこれとは関係ないだろ!?」
明らかに動揺するエルディンを鼻で笑い、続けて言葉を紡ぐ。
「ああ、関係なかったかもな。だが、お前のその言動はレミカを含むパーティーみんなの命を危険に晒す行動だと覚えておいてほしいかな。お前が勝手に自滅するのは構わないが、あいつらを巻き込むのは少し可哀想だからな」
「……っ?!」
彼の表情に動揺の色が走る。
しかし、俺の言うことをどうしても信用したくないのか「いや、違う。違うはずだ……。……そうだ!」と呟きながら、徐々に表情を戻し、言う。
「そうやって俺に魔王討伐をやめさせることが目的なんだろ? お前の目論見は見え見えなんだよ!」
言い終わったころには、してやったり、といった顔でエルディンは嗤っていた。
でもまあ、無理にそれを訂正する必要もないか。
この感じだと、この男に何かを言い募ったところで無駄だろう。
彼の説得は諦めて、他のパーティーメンバーに状況を理解してもらう方が良いかもしれない。
そうだ、そうしよう。
「それで、お前の言いたいことはこれだけか? それならこれにてお暇するが」
「そんな涼しい顔をしやがって……。お前、自分の立場を分かってるのか!? 栄えある勇者パーティーから追放だぞ?! 魔王のスパイを疑われているんだぞ?! お前の未来は死刑だぞ?!」
「本当に俺が魔王のスパイだったなら、確かに死刑だろうな。王国の法にも、スパイ活動は死刑だと書いてある」
「だったら何だって言うんだよ!」
「ただ、証拠がなければ裁けないのも確かだ。偉い奴が個人的な恨みで人を罰することが無いように、証拠がなければ罰は下さないと法に書いてある」
「証拠ならいくらでもあるじゃねえかよ! 『魔王を倒す必要はない』って発言も、俺たちのパーティーを邪魔してたっていう事実も!」
「その程度の理由で王国が動くとも思えないけどな。特に、お前は素行が悪いから。……まあ、好きにするといいさ。じゃあ、俺はこの辺で」
「聞き捨てならねえ言葉が聞こえた気がするが、まあいい。二度と俺の前に姿を見せるなよ!」
俺は肩を竦めながら、勇者エルディンの部屋を出た。
そのまま、自分の部屋に行き、3通の手紙を用意した。
とんがり帽子が特徴的な白魔術師、レミカ。
斥候であり、エルフのお嬢様であるエノーネ。
意志の強い赤髪の少女、軽戦士のミルロッテ。
勇者パーティーの他の面々に向けて、俺は手紙を書いた。
宿屋の受付に行き、彼女らに後で手紙を渡しておくようにと頼み、それから宿を出た。
エルディンとばったり出会って面倒ごとになっても困るので、俺は近くの安宿に向かった。
こうして、俺は勇者パーティーを追放された。
☆ ★
そんなわけで、勇者パーティーを追放されたのだが。
特に俺に行く当てがあったわけでもない。
ただ、勇者パーティーとしての稼ぎによって、贅沢しなければ一生食べていけるような財産はある。
「僻地に行って、静かに暮らしてみようかな」
今まで、勇者パーティーの一員として忙しい日々を送ってきた。
国の命令で魔王の手勢を打ち負かし、ギルドに頼まれて魔物の駆除をする。
休む暇もないくらいの、戦いの日々だった。
だから、いつしか俺はスローライフというものに憧れるようになった。
のんびりと、気ままに日々を暮らすそんな生き方が、とても魅力的に感じるようになった。
「故郷で小さな店を開いて、のんびりと暮らしてみるのもいいかもな」
俺の故郷。
シュリタール辺境伯領の小都市、エシュナ。
勇者パーティーとして国から召集を受けるより前に、俺が一介の冒険者として活動していた街でもある。
そこならば、顔見知りもいるだろう。
店を始める準備などあまり詳しくない部分もあるので、それを相談できる知り合いがいるというのならばそれに越したことは無い。
喋り相手となる知り合いがいた方が楽しいに違いない。
それに、故郷には……俺の帰りを待つ許嫁がいるのだ。
「セルミナ、元気にしてるかな? たしか、街を出るときに『魔王を倒したら結婚しよう』って約束したんだっけ」
そんな約束も、もう3年も前の話だ。
たまに文通をすることはあったが、実際に会うことなく3年の月日が経過している。
遠距離恋愛にも程があるが、なんとなく、彼女は今でも俺のことを待ち続けてくれていると思った。
「さて、そうと決まればすぐ行動だ」
こうして、俺は勇者パーティーの本拠地である王都から離れ、故郷の街エシュナに行くことに決めたのだった。
■■■大切なおはなし■■■
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