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第6話

 目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。


「ぅ……?」


 水晶板に囲まれた不思議な空間でもなければ、レヴナントと戦ったフロアでもない。

 そもそもダンジョンの中ですらなかった。


「ここは……?」

 

 僕の体が横たわっていたのは、やわらかい砂の上。

 目と鼻の先には大きな湖があった。

 

 見覚えのない景色。

 ルブルム領にこんな湖はなかったはずだ。


 体を起こしてあたりを見渡す。

 どうして僕はこんなところにいるんだろうか?


「夢、だったのか?」


 だが、そうではないとすぐに思い知らされた。

 僕の身に起きていた、とてつもない異変によって。


「なッ――!? こ、これって僕の手、だよな……?」


 五年ぶりに目にした自分の素肌。なにも付けていないむき出しの手のひらだ。

 あわてて全身を確認する。


「――ない。本当になくなってる……!」


 胴も、腰も、脚も、全身を覆っていたはずの闇の鎧が綺麗さっぱり消えている。

 かわりに、白を基調とした軽鎧を身に着けていた。

 もちろん兜もなくなっている。そういえば視界がやけに広く感じられた。


 湖へと近づき、岸から水面を見下ろす。

 風はなく空は快晴。

 湖の水面には、上から覗きこむ僕の顔がくっきりと映った。


「これが、僕の顔っ……!?」


 五年ぶりに見る自分の素顔は、はっきり言って別人としか思えなかった。

 なにしろ「色」が違う。

 僕の髪と瞳は生まれつき黒だった。

 それなのに水面に映っているのは、淡い光沢を放つ純白の髪と、静かに艶めく紫水晶アメシスト色の瞳だった。


「一体なにがどうなってるんだ……?」


 とても理解が追いつかない。

 闇の鎧は脱ぐこともできなければ砕けることもないはず。

 しかし見てのとおり、いまや影も形もない。


「光の女神……創星神テルツァリーマ様の加護なのか?」


 わからない。

 ただ一つだけ確かなのは、闇の鎧を失った以上、僕はもう暗黒騎士ではないということだ。


「最後に僕のことを聖騎士って呼んでたけど――」


 そんな称号は耳にしたことがない。

 ルブルムのみならず他国にも、聖騎士と呼ばれる者はいないはずだ。

 聖騎士と暗黒騎士。光と闇。対極に位置する存在。

 

 よりにもよって暗黒騎士だった僕がなぜ?

 疑問はつきないが、ひとまず考えるのは後まわしだ。

 どんな姿になろうと、生きている限り僕にはなすべきことがある。

 それは――


「キャアアアアアッ!」


 そのとき、女性の悲鳴が聞こえた。

 反射的にそちらの方向をむく。

 一瞬たりとも迷わない。

 ここがどこで、いまの僕が何者だろうと「騎士」であることに変わりはないのだから。


 ダッ! 地面を蹴って駆けだす。


「えっ――!?」


 直後、驚きのあまり声がもれた。

 異常なまでに体が軽く、信じられないほど全身に力がみなぎっている。

 ひと蹴りで僕の体は爆発的に加速し、数十メートルの距離を一瞬で移動していた。


 「戦士の血」に目覚めた騎士は、一般人をはるかに上回る身体能力を持つ。

 その騎士の基準に当てはめてもこれは破格だ。

 暗黒騎士の時とはまるで比較にならない。

 たとえて言うなら、いままでは重りと枷で体をがんじがらめにされていたような――


「見えた! あそこだっ」


 水辺に沿って湖を四分の一周した地点で、悲鳴の主を発見した。

 尻もちをついている軽装の若い女の子。


 その視線の先には、湖から這い出そうとしているワニ型のモンスターがいた。

 全長は一〇メートルもあり、鋭い牙のならんだ口は人間を丸呑みにできるほど大きい。

 初めて目にする種類のモンスター。だが臆する理由はどこにもない。


 モンスターが大きな顎を開き、女の子に噛みつこうとする。

 ガチン! 口が閉じるより一瞬早く、僕は女の子を抱きかかえて飛び去っていた。


「えっ……!?」

「もう大丈夫。僕にまかせて」


 離れた場所に彼女を置いて、僕はモンスターと対峙した。

 こちらから攻める。武器は持っていないが問題ない。


 駆けだしつつ、僕は固有スキル『ブラックヴェイン』を発動しようとした。


「っ!?」


 が、発動しない。

 当然だ。それは暗黒騎士の固有スキルなのだから。

 しまったと思った刹那――どこからともなく声が響いた。


〈――ルシス、呼び覚ますのです。星の光の結晶を〉


 それは天の声、女神の啓示だった。


「――『ライトブリンガー』!」


 唱えた瞬間、右手の先に光が生まれた。

 光は輝きを失うと同時に結晶化し、透明な剣を形づくった。


〈そして振るうのです。新たなる力、閃光の刃を――〉


 どうすればいいのか、頭ではなく体で理解した。


「ぉおおおおッ!」


 僕は結晶剣を両手で振り上げると、モンスターの頭部めがけて一閃した。


 ――閃光剣・一式『月光』


 剣を振り下ろす刹那、自分の力が倍加する感覚があった。

 ゾゥンッ! 結晶剣から光の刃がほとばしる。


 ありあまる威力はモンスターを真っ二つに両断し、その下の大地を深々とえぐり――

 さらには背後の湖を叩き割った。


「なっ――!?」


 技を放った僕自身、驚きのあまり固まってしまう。


 斬撃によって噴き上げられた大量の水は、やがて重力に引かれにわか雨のごとく降り注いだ。

 空は雲ひとつない快晴。

 水滴が陽光を反射し、湖の上にはアーチ状の虹がかかった。


「信じられない。これが僕の、聖騎士の力なのか……?」


 どうやら僕は飛躍的に強くなってしまったらしい。

 けれど、歓喜や感動よりも空恐ろしさが先にくる。

 自分には過ぎた力だという気がしてならなかった。


 ともあれモンスターは絶命し塵に還った。


「うん、ほかにはいないみたいだ」


 安全を確認すると、僕は助けた女の子の元へ戻った。


「………………!」


 ぺたんと座り、まさに茫然自失のでいた。

 口をあんぐりと開け、虚ろな目で湖のほうをぼんやりと見ている。


 僕は近くでかがみこんで、怪我の有無をあらためて確認した。


「見た感じ外傷はないけど……。君、どこか痛むところはないかい?」


 反応はない。

 僕のほうに視線すらよこさなかった。


 無理もない。

 当の僕も閃光剣の威力に驚いたくらいだから、騎士の戦闘になじみのない一般人には驚天動地の光景だったはずだ。


 僕が顔の前で何度か手を振っていると、


「――ひゃっ!?」


 ようやく反応があった。

 目の焦点が合い、僕を見つめ返す。


「あっ、はい、大丈夫です。危ないところをありがとうございました、騎士様――」


 彼女はまたしてもポーッとしてしまった。

 僕の顔を凝視したまま「ほぅ」と熱っぽい吐息をこぼす。


「ええと、どうかした?」

「――! い、いえっ! なんでもないですっ!」


 言いつつ顔をそむけてしまう。

 僕としては、女性にこういう態度をとられるのは慣れきっている。

 頬が真っ赤になっているのが謎だが、まあ気にしないことにする。


「あ、あのっ。騎士様はどこからいらしたのですか? このあたりでは見慣れないお姿ですけど……?」

「そういえば名乗ってなかったね。僕はルブルム王国の騎士ルシスだ」

「ル、ルブルムですか? 東の果ての国の騎士様がどうしてここに?」


 そう訊かれると困ってしまう。

 なにせ僕自身、なぜここにいるのかよくわかっていないのだから。


「うん? ちょっと待って、東の果ての国だって?」


 たしかにルブルムは大陸の東端に位置する国だ。

 とはいえ「東の果て」という表現は初めて耳にした。

 当然だ。人は誰しも自分のいる場所を「中心」に考えるのだから。


「ね、ねえ。ひとつ教えてほしいんだけど――」


 ある種の予感をおぼえながら僕は訊ねた。


「ここは一体どこの国なの?」


 女の子はきょとんとして答えた。


「もちろんブラウ王国ですけど……」


 耳にした瞬間、軽いめまいに襲われた。

 ブラウ王国。大陸の西端に位置する国。


 僕の祖国、帰るべきルブルム王国は、およそ一万キロの彼方だった。

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