第1話
本作品は、以前に短編小説として投稿した同タイトル作品の連載版となります。
序盤の展開は基本的に同じです。
「悪いなルシス、お前とはここでお別れだ」
次の瞬間、僕はダンジョンのフロアに突き落とされた。
落下の衝撃は全身をつつむ『闇の鎧』が吸収したためダメージはない。
だが、僕の心はひどく動揺していた。
「ど、どういうつもりなんだ、ガレア……?」
「見てのとおりだ。お前はもう仲間でもなければルブルム王国騎士団の一員でもない」
ガレアにつづき残る二人のパーティーメンバー、シグスとジャンニも口を開いた。
「ま、もともと仲間だなんざ思っちゃいねえけどな」
「そうそう。呪われた暗黒騎士なんかと小隊組んでたら、ボクらの評価まで下がっちゃうしさ~」
「そ、そんなっ……」
突然の裏切りに呆然とするしかない。
たしかに僕はパーティーのお荷物で、ガレアたち三人から疎まれていることは知っていた。
けれど、さすがに死を望まれているとは思っていなかった。
――グォオオッ!
地の底から響いてくるようなうめき声。
背後を振り返ると、そこには巨大な肉塊がうごめいていた。
腐乱した肉から無数の骨が突き出した醜悪な姿。
「レヴナント……!」
暗黒騎士の僕にとって天敵のアンデッド。しかも上級モンスターだ。
こいつと独りで戦うだなんて、あまりにも絶望的だった。
「僕を嫌うのはいい。だけどこんな騙し討ちをするなんて、君たちはそれでも騎士なのか!?」
僕が言うと、ガレアたちは露骨に顔をしかめた。
「ふん、卑怯だとでも? お前こそ騎士道をわかっていないようだな。騎士とは主君の命に従う者だぞ」
「主君って……ま、まさかっ!?」
心臓が締めつけられる思いだったが、それでも口に出さずにはいられなかった。
「このことはベアトリス様も……女王陛下も承知しているのか?」
「そのとおりだ」
ガレアが酷薄な笑みをうかべて答えた。
「ルシス、最期だから教えてやる。陛下は我ら三人にこう命じられたのだ。『暗黒騎士ルシスを試練の神殿に置き去りにしてこい』とな」
「なッ……!?」
ただならぬ衝撃。
もしそれが本当だったなら、僕にとって最大で最悪の裏切りだ。
「嘘だ……!」
僕は言った。
自分自身に言い聞かせるように。
「たしかに僕は陛下の期待に応えられず失望させてしまった。だけど、それでも、陛下が僕の死を望んでいるなんて信じられない……!」
「はんっ、勝手に言ってろ! どのみちてめえはここで死ぬんだからな!」
「死んでもアンデッドになって復活とかしないでよね? 気色悪いからさ~」
「暗黒騎士にお似合いの墓場だ。ルシス、陛下に感謝しながら逝くといい」
その言葉を最後に、三人は来た道を引き返した。
出入り口の扉が固く閉ざされる。
逃げ道はない。レヴナントを倒す以外に僕が生き延びる方法はなかった。
「やるしかないか……!」
レヴナントに向き直る。
相手もまた僕を敵と認識したようだ。
「――『ブラックヴェイン』!」
暗黒騎士の固有スキルを発動。
ピキキッ! 鎧の両腕部から黒い血があふれ出し、それぞれ剣と盾を形作った。
「いくぞっ!」
先手を取ってレヴナントに攻撃をしかける。
――暗黒剣・三式『澱』
右手の血刀が闇の波動をまとう。
ゾブッ。鈍い感触、浅い斬りこみ。
だがこれで構わない。
暗黒剣はダメージを狙った技ではないからだ。
闇の波動がレヴナントに吸いこまれる。
直後、敵の動きが緩慢になった。
三式『澱』は斬りつけた対象の「素早さ」を奪う技だ。
つづけて別の技を放つ。
――暗黒剣・二式『蝕』
こちらは防御力を奪う技。
初手で敵を弱体化させるのが暗黒騎士の基本戦術だ。
ガレアたちに言わせれば「卑怯」で「騎士らしくない」戦い方。
だけど僕はこれ以外の手札を持ち合わせていなかった。
――暗黒剣・一式『錆』
さらにレヴナントの攻撃力を奪取する。
これで準備は完了だ。
返す刀で通常の斬撃を繰り出した。
ゾブンッ。初撃と大差ない鈍い感触。
防御力を弱体化させてなお、僕の攻撃はほとんどダメージを与えられなかった。
レヴナントが腕を薙ぎ払う。
僕はいったん回避して距離をとった。
「くそっ! やっぱり相性は最悪だ……!」
『ブラックヴェイン』によって生み出された血刀は、物理的な強度も切れ味も鉄の剣に劣る。
そのかわり、攻撃した相手の生命力を吸収するという特性を持っていた。
通常のモンスター相手なら見た目以上の大きなダメージを与えられる。
が、その特性ゆえにアンデッドは天敵だ。
すでに「死んでいる」敵は、奪い取る生命力を最初から持っていないからだ。
「それでも、やるしかないんだ」
相性は最悪。
下級のゾンビやグールなら首を刎ねるか頭を潰せば一撃だが、このレヴナントは体内の「核」を破壊しない限り倒せない。
間違いなく、これまで経験した中でもっとも長く苦しい戦いになる。
だが、死ねない。
こんなところで死ぬわけにはいかないかった。
「生きて帰るんだ、必ずっ……!」
ダッ! 僕は床を蹴ってふたたびレヴナントに斬りかかった。
◇◇◇
――暗黒騎士。
ルブルム王国の秘宝である『闇の鎧』の装着者にのみ、与えられる称号だ。
一世代に一人しかなれない、特異で特別な存在。
しかし暗黒騎士に対して人々がいだくのは、尊敬や憧れではなく恐怖と嫌悪だった。
頭の天辺から足の爪先まで漆黒の鎧に覆われた、恐ろしげで異様な姿。
『闇の鎧』は「生きて」おり、装着者の体の成長に合わせて大きさが変化していく。
ひとたび身につけたら最後、肉体となかば融合して外すことはできない。
かわりに暗黒騎士は食事も睡眠も必要としなくなる。
だからといって、羨ましがられることは決してない。
そんなものは「呪い」だと誰もが口をそろえて言う。
暗黒騎士は人間よりも化物に近い存在ではないか。
そんな陰口もよく耳にした。
……本音を言えば、僕だってそう思う。
それでも、自分の意志で暗黒騎士になると決めたのは、彼女の役に立ちたかったからだ。
「ルシス。わたしはそなたを暗黒騎士に推挙したい」
主君であるルブルム王国女王ベアトリス四世――いや、唯一の「家族」であるベアトリス姉さんのために。
孤児院で一人ぼっちだった僕を、初めて「見つけて」くれた人。
僕を世話係に任命し、これからは自分を姉だと思えと言ってくれた。
剣術の稽古をつけてくれたのも彼女なら、騎士団に抜擢してくれたのも彼女だった。
早逝した先王の後を継ぎ、わずか二〇歳の若さで即位したベアトリス姉さん。
彼女の力になりたい。一番近くで支えられる存在になりたい。
だから僕は暗黒騎士になる覚悟を決めた。
大きな代償を支払ってでも強くなりたかった。
それが五年前、一五歳の時のことだった。
しかし――僕は期待していたほど強くはなれなかった。
騎士団のトップに立つどころか、パーティーの中でも主力にはほど遠い。
戦闘での役割はもっぱら敵の弱体化で、前衛に立つことは稀だった。
くわえてアンデッド戦ではほぼ役立たず。
しかも間の悪いことに、近年ルブルム領ではアンデッドの出現数が激増していた。
ただでさえ僕は孤児院の出身で、女王陛下の贔屓で騎士になれたと目されている立場だ。
「飯も食わなけりゃ寝ることもないんだって? あいつ本当に人間か?」
「ルックスはどう見てもモンスターよりだよね。しかも気色悪いアンデッド系」
「実力は完全に見かけ倒しだな。敵を弱体化させているというが……本当に効果があるのか?」
騎士団内で風当たりが強くなるのは避けようがなかった。
それは仕方がない。甘んじて受け入れるしかないと思った。
そう遠くない将来、騎士団から追放されることも覚悟していた。
だが――「その時」は思ったよりも早く、思いもよらない最悪の形で現実化した。
今日この日、ガレアたちに突き落とされることによって。
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