僕達の後編
次の日の水曜日。
いつも通り休み時間に漫画を描いていると、夢野君が声をかけてきた。
「おう、今ちょっといいか?」
そわそわする夢野君に「うん、いいよ」と快く返事した。
「このキャラの登場シーン、どう思うよ」
声色はぶっきらぼうだが、少し畏まってもいる夢野君。
渡されたノートに目を通して、意見をまとめた。
「うーん、歩いてくる時は足だけをアップで描いて、それから立ち止まったら背後から抜いて、最後にここで正面の絵、にする方がいいと思うな」
なるほど、と納得するように深くうなづく夢野君のが目が輝いている。
「うん、それいいな、うん、そうしてみる」
お土産を渡された時のような軽やかな調子で、夢野君は席に戻っていった。
前の席で集まって話す池谷が、不審そうな目でその様子を眺めていた。
木曜日の昼休み、夢野君はまた慎太の席にやってきた。
「あのさあ、この悪役なんだけどさ」
今度は隣の空いた椅子をこちらに拝借して、座り込んでの質問だった。すっかり心を許したような気安さに気づき、慎太も精一杯応える。
「いいと思うよ、このセリフなんて最高じゃん」
「だろ!ピンと来たんだよな昨日の夜。」
自然と二人から笑い声が漏れる。
「やっぱ中川は将来漫画家になりたいのか?」興味深そうに尋ねる夢野君に、慎太は照れながら応える。
「うん、まあ一応、成れたらいいなって」
「ふーん」眩しいものを見るように眼を細めた夢野君に、また少し照れる。
遠い前方の席にたむろする池谷軍団は、会話は聞こえはしないものの、彼らの和やかな空気に面白くなさそうな表情だ。
「なんだあいつら」
池谷が言うと、同調のしるしに他が鼻で笑った。
その池谷が、放課後先生にこっぴどく叱られた。隣のクラスのある生徒をいじめていたのを、告げ口されたのだ。
「お前の人生の為を思って言ってるんだぞ」
皆の前で諭される池谷は、「はい」と不服そうに下を向きながら返事をする。
説教から解放された池谷は、先生が居なくなったのを見計らうと、窓側の壁をどん!と蹴飛ばして、教室を出て行った。池谷軍団の他の二人も、肩を怒らせてその後ろに続く。
夢野君は座ったままだった。軍団の一人が夢野君の方を振り返るが、付いてこないことを知ると、大きく舌打ちを残していった。
その鬱憤を晴らそうと目をつけられたのか。
次の日の金曜日、昼休みに夢野君がクラスを出て行ったタイミングで、池谷が詰め寄ってきた。
「お前さあ、最近夢野とつるんでなんか調子に乗ってねえか」
難癖をつけられた慎太は、やっとのことで言葉を返した。
「いや、そんなことはないけど」
池谷はイラついていた。
「おい、漫画出してみろよ」
「え…いやそれは」
「早く出せコラ!」
恫喝されて、机の中からノートを引っ張り出して渡す。池谷軍団はにやついている。
「ま~たこんな幼稚な話描いてるのかお前。こんなん描いても無駄だぞお前」
ノートを持ち上げバサバサと乱暴に振り仰ぐ。他の二人もせせら笑っている。
「漫画家になろうとか思ってんじゃねーだろうなあ」
三人になじられてどうすることもできずただうつむくしかない慎太が、黙って耐えるその時、引き扉を開けて呼ばわる声がした。
「おい」
そこには夢野君がこわい目をして仁王立ちしていた。
「なんだ夢野」
池谷が振り向く。
「お前まさかこいつの味方するんじゃねーよな」
詰め寄る池谷を睨みつけると、夢野君は淀みない声で言い放った。
「人の夢を笑うんじゃねーよ、悪者」
言われて池谷は呆気にとられたように立ち尽くした。まるで初めての人間を見るような目で夢野君を眺める。
「はは、悪者だってよ」
仲間に同調を求める声も、どこか不安げで頼りない。
「行こうぜ、中川」
夢野君の悠然とした態度に促された慎太は、「うん」と席を立つ。二人は池谷達の間を縫い、ずんずんと廊下に進んだ。
後ろから慎太は声をかける。
「あの、でも、行くってどこに行くの? 」
言われた夢野君は自嘲するようにさらっと笑って振り返った。
「さあ、わかんね」
その言葉に、慎太も思わず噴き出してしまった。
教室の扉からクラスの女子たちが顔をだしてその様子をのぞいている。
校舎の窓の日差しが作った二人の影は、笑いあうたびにさざめき、角を曲がるまで皆の瞳に残った。