僕達の前編
篠原中学校、3年4組の昼休み。
中川慎太は後ろの席で一人ネームノートを開き、筋肉隆々の青年の姿を描いていた。
友達はいない。こうして空いた時間は、こそこそと漫画を描くことに費やしている。
「それでそいつに思いっきり飛び蹴りしてよお」
馬鹿でかい声で笑いあって、慎太の席に近づいてくる4人グループがいた。
池谷軍団だ。金髪の髪に、規則であるネクタイを外した池谷のいでたちは、見るからに悪そうだ。
慎太は慌ててノートを隠す。
「おー中川、今日も暗いなお前は」
ポケットに手をつっこんで、池谷は机を蹴る真似をした。
「はは、どうもです。」
やっとのことであいまいな返事を返す。
「やめてやれよ、怖がってるじゃん」
楽しそうに池谷を制するのは、夢野君だ。左耳に嵌められたピアスが小さく光る。性格もからっと明るいから、不良だけど女子にも人気だ。
「あっそうだ、3組の久保田は今日来てるかな?」
もう一人が話題を変えて、慎太の席から去っていった。
ほっと安心して、またノートを机からそろそろと出した。
そんな慎太の楽しみが、ある日ついに見つかった。描写に夢中で池谷の存在に気付かなかったのだ。
「なにこれ、なんか描いてるぞこいつ」
ノートを取り上げ、仲間内に見せるようにする。
「うわ、漫画書いてるよこいつ」
もう一人が鬼の首をとったように言う。と、後方にいた夢野君の顔が少し曇った。
「え~何々、『夢を笑うんじゃねえ、悪者』だって、ぎゃはは」
主人公のセリフを池谷が読み上げて笑うと、あとの二人も笑う。
「『悪者!』なんてガキしか言わねえっつーの」
そうしてノートを放り投げて寄越すと、池谷軍団はまた廊下に消えて行く。
夢野君だけがぎこちない顔で後をついていった。
その不自然の理由がわかったのは次の月曜日だった。
以前貸していた歴史の書き取りノートを夢野君が返してきた。池谷軍団にはテスト前になるとこうしてノートを貸すのが通例だ。
そのノートを家に帰って開いた時に異変に気づいた。
逆立つ髪の毛。炎のようなオーラ。角の生えた化物。
どれも下手くそで、だけど勢いだけはある。読んでみるとどうやらヒーローものの勧善懲悪な短い漫画のようだ。
物語の始めのページで「-ヒロシに捧げるー」と題されていた。
ノートの表紙が一緒だったので、取り違えていたのだろう。慎太は何か非常に自分に近い生物を発見したような気持ちになった。
あくる日の放課後、慎太は夢野君を呼び止めた。
「あの、これ、昨日間違えてたよ」
夢野君はノートを受け取ると、初めはきょとんとしていたが、すぐにそれを理解して、顔が赤くなった。
「お、おう、あれだな、今日天気いいよな」
突然訳のわからないことを言い出し、帰り支度をしだした。わかりやすくうろたえる夢野君は、「ほいじゃ」と逃げ出すように帰っていった。
置き去りにされた慎太は少し考え、そして勇気を出して後を追った。校門を過ぎて下り坂に入る信号の前で、夢野君を捕まえた。
「ちょっと待って夢野君」慎太は肩で息をした。
何を言われるんだと不安そうな夢野君に慎太は聞いた。
「あの、ヒロシって誰?」
直後、黙り込んだ夢野君だったが、あきらめたというように口を開いた。
「ああ、弟だよ、小学生の」
信号が変わり二人は前に進む。
「ふーん弟さんか、じゃあそのヒロシ君の為に描いたんだね」
何かを迷っているような夢野君だったが、意を決したように咳ばらいを一つして言った。
「弟は耳がちょっと悪くてな。おまけに家は貧乏だからヒロシが好きな漫画も買えないわけよ。だから見よう見まねで描いた。」
二人は横並びになった。夢野君がちょっと石ころを蹴飛ばした。
「ふーんそうだったんだ。あ、あの話わかりやすくて良かったよ。絵はもう少し頑張ったほうがいいと思うけど」
創作者の先輩として思わず少し駄目だしもしてしまった。
夢野君は少し不服そうに下唇を少し突き出したが「おう、サンキュ」と最後は笑った。