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賭けごと  作者: 美都
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「加藤くん、ちょっとお願いがあるんだけど」

「……何?」


 翌日、朝のHRが始まる前、私はにっこりと笑みを浮かべて加藤くんに声をかけた。加藤くんは無表情のままではあるものの、珍しく素直に返事をしてくれる。昨日、私を置いて帰ったことを多少は気に病んでくれているようだ。


 気にするならくらいなら逃げないで欲しかったのだが。


「今日の放課後、少し付き合ってくれないかな? 生徒会室に……」


『生徒会室』と聞いた途端に、加藤くんはぶんぶんと大袈裟に首を横に振った。いきなりどうしたのかと驚いたが、加藤くんの表情は真剣そのものだった。


「嫌だ。昨日のことは悪かったと思ってるけど、生徒会室だけは行かない」

「どうして? 行ってくれないと私、困ったことになるんだけど……」

「あいつに言われたんだろ。あいつのことは無視していいから」

「あいつって、生徒会長のこと?」


 加藤くんは私の質問に答えずに、机に突っ伏した。無視することに決めたらしい。それでは困る。


 ねぇ、と再度話しかけたとき、運悪く始業のチャイムが鳴った。「席に着けー」と言いながら担任が入ってくる。私は溜息をついて、とぼとぼと自分の席に向かった。



「珍しいね、朝から加藤に話しかけるなんて。委員会昨日あったばっかりでしょ」

「うーん、なんか面倒事に巻き込まれたみたい……」


 HRが終わり机の上にぱたりと伏せると、依ちゃんが話しかけてきた。ちらりと加藤くんの方を一瞥すると、こちらも相変わらず机に突っ伏している。私の視線の先を追いながら、依ちゃんは面倒事?と不思議そうに尋ねてきた。


「うん。迷惑極まりない事。ねぇ、生徒会長ってどんな人?」

「話が飛ぶね。いきなりどうしたの」

「いや、その面倒事に関係があってだね」


 はーっと長い長い溜息をつくと、依ちゃんは私の頭をよしよしと撫でてくる。


「なんか、大変そうね。うーん、生徒会長か……。成績優秀、眉目秀麗、完全無欠の優等生って、噂は知ってる」

「じゃあ、顔と名前はわかる?」

「苗字は知ってるけど、顔はねぇ……。うん、わからない」


 ほら、私以外にも知らない人いるじゃない、と心の中で悪態をつく。


「で、何があったの?」


 あのね、と昨日の出来事を話そうとした途端、1限の始業のチャイムが鳴り響いた。思わずはぁ、と肩を落とすと、依ちゃんはくすくすと笑った。笑わなくても、と口を尖らせたが、すぐに先生が入ってきたので2人とも慌てて授業の準備に取り掛かった。


*****


 昼休み。教室の隅でお弁当を食べながら、昨日の一部始終を依ちゃんに話した。最初は興味深々と言った様子で話しを聞いてくれていたのに、徐々に呆れたような顔に変わっていく。その眼差しに耐え兼ね、最後はほとんど言い訳のような話し方になってしまった。


「あんた、馬鹿でしょ。何でそんな怪しい話に乗っちゃうの」

「いや、だってよ? 本気で離してくれなそうだったんだもん。面倒になっちゃってさぁ。同じ学校の人だし、まぁいっかって……」

「変なところで楽天的よねぇ……」


 間抜けよねぇ、と言いながら、依ちゃんはお弁当を口に運ぶ。


「……ちょっとくらい、慰めてくれないかな?」

「どこを慰めろと?」


 期待を込めて言ってみるも、自業自得だと冷ややかな目で返された。わかってるよと呟きながら何度目かもわからない溜息をこぼすと、依ちゃんは同情の眼差しを向けてきた。


「まぁ、冗談よ。流石に可哀想だと思うわ。……阿呆だなとも思うけど」


 頭を撫でられるも、付け加えられた言葉に思わずその手をはじいてしまう。


「一言余計よ」

「まぁまぁ。というか、生徒会長ってそんな変な人だったのね。噂とは全然違うじゃない」

「うーん、私、噂も知らないんだよねぇ」

「それはないわぁ」


 私を馬鹿にしながらも、依ちゃんはその噂とやらを教えてくれた。


 曰く、1年の時から学年トップを譲ったことがなく、そこそこの進学校のくせに全国模試でも優秀な成績を修めている。


 曰く、体育ではどんな種目も卒なくこなせる程度に身体能力が高い。


 曰く、文芸部で書いた小説が何かの賞の最優秀賞を受賞し、コンクールで入賞できる程ピアノが上手い。


 曰く、見目麗しく背も適度に高い上、細身のくせに実は引き締まった体つきで、校内にはファンクラブなるものが存在する。


 曰く、誰にでも優しく、ボランティアにも積極的に参加しており、人助けで表彰されたこともある。


「で、どこまでが本当なの?」

「知らないわよ。噂って言ってるでしょ。噂なんて尾ひれ背びれが付いて回るもんなんだから、どれも誇張されてるに決まってるじゃない。まず、ファンクラブなんて現実的にあり得ないし」

「それもそうね」


 とは言うものの、どこの完璧超人かというくらいの噂の人物と、昨日会った変人とが一致する要素が見当たらない。


「で、イケメンだったの?」

「うーん、そう言われてみれば、そうかも」


 確かに、会ったばかりの佇まいはなかなか格好良かったような気がしないでもない。ふーん、と依ちゃんは興味なさげに相槌を打つと、やっぱり1人でご飯を食べている加藤くんを見た。


「で、加藤は行かないって言ってるんでしょ?」

「それなんだよねぇ。どうしよう」


 箸を置いて頭を抱える。連れて行かないと酷い目に遭わされそうで非常に怖い。


「生徒会室に行かないって言ってるから、別の場所にしてくれってメールを送ってみようかな……」

「いいんじゃない? まぁ、どの場所だって加藤はついてこないと思うけどね。もう真帆のこと警戒してるでしょ」

「そうだよねぇぇぇ」


 話ながらスマホを触り、行かないと言われた旨をメールで送る。どうせすぐに返信なんてこないからとスマホを机の上に置くと、ブーっとスマホが短く振動した。慌ててスマホを掴むと、そこにはあの人からの返信が来ている。


「おー、お早いことで。……どうしたの?」


 あまり興味なさそうに依ちゃんだったが、すぐに心配そうに私のスマホを覗き込んだ。


『生徒会室で』


 それだけ書かれているメールは、見ているだけで胃が痛くなってくる。これは本当に噂の生徒会長と同一人物なのだろうか。本当に、なんて厄介なことに足を突っ込んだのだと、昨日の自分を本気で呪った。

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