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幾星霜越しの約束を  作者: 楪
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夜と朝の邂逅

「──ナハトは、わたしの探しているひとによく似ているわ。」


黙り込んでしまった俺に気を遣ったのか、フィーは再びくるりと表情を変え、明るく笑った。

感じた小さな痛みを忘れようと、変えてくれた話題に即座に乗っかることにした。


「…へえ、そうなんだ。俺に似ているってことは男性…でいいのかな?愛しいひとと言っていたけど、もしかして恋人?」

「いいえ、私の旦那様よ。」

「そっか、旦那…………え、旦那様?!」


素っ頓狂な声を上げてしまったが許してほしい。衝撃のカミングアウトだ。

目の前にいる人物の見た目は、どんなに控え目に見たとしても、成人手前の少女だというのに。

…あれ、ということは見た目に反して彼女は俺より年上…?いやでも、この国は確か女性は十四歳から結婚は可能で、仮に見たままの年齢だったとしたらむしろ旦那さんのほうの嗜好が若干……、いや、やめよう。これ以上考えてはいけない。


「ええと、答えたくなかったら答えなくていいんだけど…、どうして探しているひとが旦那さんなんだ?一般的に夫婦は一緒に暮らしているものだろう?」


黙っているとまた余計な邪推をし始めそうなので、おもむろに辺りに出しっぱなしにしていた調理器具諸々の片付けを始める。

フィーはすぐには答えず、なにか考えるような素振りを見せていた。


とりあえず彼女が口を開くのを待ちながら、水魔法で食器を洗い、風魔法で乾燥。汚れが落ちている事を確認してから魔法鞄に放り込む。ごみは…野菜くずくらいしかなかったからひとまとめにして、今晩野菜スープにでもしようと決めこちらも鞄へ。


ちらりと目だけでフィーを見ると、まだ口を開く様子がない。

しまった、他人のくせに痛い所を突いてしまっただろうか。浮気して逃げられたとか、戦いに出たまま帰ってこないとか、そんな重い理由を出されたら俺はどう反応すればいいんだ。もう少し考えてから聞けばよかった。


「……今度は、わたしが絶対に見つけると、約束したからよ。」


焦り始めた俺に届いたのは、そんな言葉。思わず頭ごと動かして彼女を見遣ると、ほんの少しだけ顔を伏せていた。

聞いたことに対しての答えには一切なっていないのに、はっきりと言い放った声からは反論を許さないと言わんばかりの強い意志を感じて、ただ「そうか」としか答える事ができなかった。


…なんだか、彼女と話していると、調子が狂いっぱなしだ。

貴族時代の名残である女性不信は彼女の前ではあまり顔を出さなかったが、やはり相手のペースに巻き込まれてばかりなのは些か心地が悪い。


一つ息を吐いて空を見上げると、太陽は真上ではなくやや動いている。そろそろ動き始めなければ、予め定めていた到達点まで行けるかどうか分からない。

そろそろ潮時だろうと思い、ゆっくりと立ち上がると、服についた草を軽く払う。


「どこかいくの?」


フィーはしゃがんだまま、俺を見上げている。先程の仄暗い表情は欠片も残っていなかった。


「どこって、旅の続きだよ。俺は旅人だからね。結構時間が過ぎてしまっていたから、そろそろ出発しないと。…なんか、立ち入った事を聞いて悪かったよ。忘れてほしい。」


手を差し出すと、意図も説明していないのに、彼女は何の躊躇いもなく俺の手を掴む。

少し力を入れるだけで、見た目通りの軽い身体はあっさりと立ち上がった。


「君も、旦那さんを探すんだろう?直接力になることは難しいけれど、せめて少しでも早く逢えるよう、祈っているから。」


何故かぽかんとした顔をしている彼女の手を離し、じゃあねと軽く手を振ってから、計画していた道を歩き出した。


* * * * * *


歩きながら、次の町に着いたら小さな手帳を買おうかとぼんやり考える。


「ねえ。」


フィーは不思議な子だった。初めての旅の、最初に起こった彼女との出会いを、記憶だけで終わらせてしまうのは少し惜しい気がした。せっかくだから、一日数文程度の旅日誌をつけていくのはどうだろうか。いつか旅の終わりを迎えた時に、読み返して思い出に浸るのも悪くないだろう。


「ねえ、ナハトってば。」


あとはペンだな。近頃、王都で開発された『ペン先を引っ込める事ができる』という流行りの機能的なペンが王都以外にも出回り始めているという噂を聞いていた。ペン先がしまえるのは有難い。持ち歩いていても汚れなくて済みそうだ。


「ナハト、無視は良くないわ。聞こえているのでしょう?」

「………。…あの、アルバフィーリアさん?俺、旅に戻るって言ったよね?じゃあねって言ったよね?」

「フィーって呼んでと言ったわ。」

「話を聞いて欲しいな、フィー……。」


何故ついてきているんだ、この子は。俺、結構速足で歩いていたはずなんだけど。俺より頭二つ分くらい背の小さい彼女がこの速度についてくるのは相当大変な筈なのに、隣を歩くフィーは涼しい顔をしている。


「ごめんなさい、ナハトがちゃんとお別れの言葉をくれたのも旅に戻ると言ったのも覚えているわ。でも、わたしがあなたについていきたかったの。」

「どうして?大切なひとを探しているんだろう?一日でも早く逢いたいのではないのかい?」

「そうね、逢いたくないと言ったら嘘になるわ。けれど、あのひとはどこにいるかすら分からないの。分からないまま、ただ彷徨っていただけなのよ。」


俺が立ち止まると、フィーも合わせて立ち止まった。見上げてくるフィーの瞳をじっと見る。

俺に何かするためにごまかしているのならばいっそ振り切って逃げてしまおうとも考えたが、彼女の瞳は真剣で、嘘を言っているようにはとても見えなかった。がっかりしたような、それでいてどこか安心したような感覚を覚え、思わずため息を一つ。


「…あのさ、俺の旅は目的があるわけじゃなくて、ただ気まぐれに放浪しているだけだよ。」

「構わないわ。その気まぐれで、出逢えるかもしれないし。」

「そして、偉そうに喋っておいて悪いんだけど、実はこれ初めての旅なんだ。正直ちゃんとした旅ができているのかは怪しい。男一人ならなんとでもなるけど、君は女の子だしもっとちゃんとした旅慣れた人と一緒の方が良いと思う。」

「そう、なら旅に関してはわたしのほうがずっと上級者ね。何でも知っているから、ナハトに教えてあげるわ。」


うわ、全然引かないよこの子。


「……仮に旦那さんを見つけた時、『浮気だ!』とか言って殴られるのはごめんなんだけど。」

「まあ、そんな事気にしなくていいわ。わたしの旦那様はとっても優しくて懐が広いのよ。」


最後の抵抗も虚しく、俺は敗北を察し白旗を上げた。なんだろう、この子に勝てる気がしない。


……まあ、いっか。少し話を聞いてくれない部分と時折よくわからない事を言う以外で考えれば彼女は割と話しやすく、自然体でいられる。何より既婚女性なら、万が一にでも男女関係になる事はないと安心していいだろう。


彼女に向って、手を差し出す。先程と違い意図が汲めなかったのだろう、フィーはきょとんとした顔をした。


「…フィーには負けたよ。俺で良いなら、好きなだけ付いてくるといい。これからよろしく。」


俺の最後の言葉を聞いた途端、フィーの顔がぱっと輝く。彼女は小さな両手で俺の手を包むと、軽く振った。


「ありがとう、ナハト!こちらこそよろしくね!」


彼女のこの、即座に感情を示してくれるところは嫌いではなかった。


さて、これからどんな旅になるのだろうかと思い描きつつ、今度はフィーと並んで、少しだけ歩幅を小さくして歩き始めた。


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