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幾星霜越しの約束を  作者: 楪
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星月夜の貴公子(1)

少し、俺の話をしようか。



俺が今歩いているこの辺り一帯は、カイルス伯爵家が治める領地の一部。

カイルス伯爵には三人の子供が()()


長男で次期伯爵のクルイーク。彼は幼少からなんでもできる天才肌で、貴族社会でも一目置かれている。

長女のエリシア。特別目立つ容姿ではないが、優しい性格で領民達からの人気が高い。


そして、次男のリゲル。勉学、剣術、馬術等全てにおいて不出来なのだが、伯爵夫人にいっとう可愛がられていたのは他でもない、次男だった。

次男は伯爵の子の実の子ではなく、伯爵夫人が見目をいたく気に入ったという理由だけで、庶子から伯爵家の養子になった子だった。


リゲルは、星のない夜空を凝縮したような濃紺の髪に、青を帯びた銀色の瞳という珍しい色彩を持った子供──このリゲルが、俺だ。


俺はどこにでもいるような、いち庶民の子供だった。生家は貧乏な家で、両親は朝から晩まで一日中働いていた。

しかし残念な事に生活は変わらず、十歳になった頃、体力に自信のあった俺は親の知り合いの道具屋で配達員として働かせてもらう事になった。少しでも家の足しになればと、町の隅から隅まで走り回ったものだ。

両親は事あるごとに苦しい生活をさせている事を詫びてくれたが、俺からすればまだ"子捨て"が普通にある時代に俺を捨てずに一生懸命育ててくれようとしただけで、十分幸せだった。



俺が働き始めてからちょうど二年後、十二歳の夜。最後の配達を終えて帰っている途中、たまたま横を通りすがった馬車の中にいたのがカイルス伯爵夫人───俺を養子として引き取った義母だった。


正直、ただ色彩が珍しいだけの子供だったら貴族にだっているし、いくら見目が良くてもわざわざ庶子から引き抜こうとしないだろう。

けれど、ほかでもない"夜"に見つかってしまったのが、俺の運の尽きだった。


俺の髪はずいぶん特殊で、朝から昼の時間帯は星のない夜空色…つまりただの濃紺なのだが、夫人に見つかる少し前だったか、突然俺の髪が『星空』になっていた。…比喩でもなんでもなく、本当に言葉通りの意味だ。夜になると、ごく小さな光が星のように髪の中で点々と瞬くようになったのだ。


まず普通ではありえない現象だったから、それはもう驚いた。両親はもっと驚いて、どこか悪いのかと身体中調べられたり、鑑定魔法で調べられたりしたが全くといっていいほど何もなく、更に朝になると瞬きは消えあっさりと元の髪色に戻った。

その日から、夜の間だけ俺の髪は『星空』になるようになった。


驚きはしたが特に害があるわけではなかった為、気にしないようにして普段通りの生活を続けた。

ただ、悪目立ちを避ける為に日が暮れるとぼろ布をフードのようにして頭から被るようにはなった。



あの日は、夜会帰りの伯爵夫人が近道の為に()()下町の道を通って、その時俺が()()近くを歩いていて、更に()()強い風が吹き俺のぼろ布が飛んで行った。

正直、こんな奇跡的なタイミングで重なる偶然は、できればもっと違う時にもっと良い感じに起きてほしかった…と思うくらいは許してほしい。


まあ、そんな偶然が重なり、美しい物好きで有名な伯爵夫人にばっちり星空の髪を目撃されてしまったのだ。

一晩で俺を探し当てたのか、次の日の朝には伯爵家の私兵が俺の家を訪ねてきた。貴族の情報収集力怖い。

伯爵夫人が俺を引き取りたいと仰っている、と私兵は淡々と告げ、ぼろいテーブルの上に重たそうな革袋を置いた。ジャラリ、と鈍い音が響いた。中身を確認するようにと促された両親が恐る恐る革袋を開けると、平民は一生を使っても稼げないような額であろう大量の金貨がぎっしりと詰め込まれていた。

引き取りたいという言葉を使ってはいるが、ようは『高く買ってやるから息子を売れ』という命令だ。


───そこで目の色を変えるような親だったら、俺はその場から全力で逃げ出していただろう。しかし両親は革袋を閉じて兵に押し返すと、息子は売らないと声を揃えて言った。

それがどれだけ、嬉しかった事か。


なんとか両親を説得しようと言葉を発する兵とそれを睨み続ける両親を尻目に、俺は色々考えた。

本音を言えば、優しい両親の子供でいたい。平民のままでいい。貴族になんて、なりたくはない。…けれど、最近父や母が身体を壊し始めていた事に俺は気づいていた。

あの金があれば、十分な治療を受けられて、尚且つ贅沢をし過ぎなければ一生困らないような暮らしができるだろう。



俺は覚悟を決め、言い合う大人達の間に滑り込むと、兵に向かって買われてもいいと申し出た。

兵はほっとした顔をし、準備ができたら声を掛けてくださいと家の外に出た。後ろの両親を振り返ると、母は涙目で、父は困ったような顔をしていた。

母と父の手を取って、今まで育ててくれた礼と、貰った金を使ってしっかり身体を治す事を約束させた。

俺の考えを悟ったのだろう。両親はやり切れないといわんばかりに唇を噛んで俯いていたが、やがて顔を上げ、どうか元気で、いつでも帰っておいでと、言ってくれた。



そうして俺は伯爵家に引き取られ、リゲルという名を与えられる。

カイルス伯爵家の次男、リゲル・カイルスとして生きていくことになったのだった。


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