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幾星霜越しの約束を  作者: 楪
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旅のはじまり

「ーいい加減、我が伯爵家ではお前を庇いきれなくなった。申し訳ないが、今日を限りに勘当させてもらう。」


豪奢な鉄門の内側に立っている痩身の男が、ゆっくりと告げた。

優しいオリーブ色の瞳に、丁寧に撫で付けられた鈍い金の髪。上品なダークブラウンのスーツを自然に着こなす姿は、いかにもな貴族だ。しかしながら、その男の顔には憔悴の色が滲んでおり、貴族らしい威厳は感じられない。


「妻が可愛がっていたお前を追い出すのは心苦しいが、これ以上我が家の評判を落とすわけにはいかないのだ。わかっておくれ。」


男が見つめる先に立っているのは、星のない夜空を凝縮したような濃紺の髪に青を帯びた銀色の瞳の、どこか神秘的な雰囲気を持つ一人の青年。

青年は悲しそうにする事も怒る事もなく、ただ黙って男の言葉を聞いている。


「…私もお前の事は本当の息子のように思っていた。餞別としていくつか宝飾品を入れておいたから、売るといい。」


男が話終えて一息つくと、今まで表情を変えなかった青年は初めてゆるく微笑んだ。


「…出来の悪い、義理の息子である俺を今まで育ててくれた父上達には、感謝の言葉しかないよ。恩を仇で返すような真似をして、本当に、ごめん。」


青年は一度言葉を切ると、姿勢を正し、深く頭を下げた。


「今までありがとうございました、カイルス伯爵。伯爵夫人にも、どうかお元気でとお伝えいただけますか。」

「…ああ、伝えよう。」


頭を下げたままの青年に男が告げると、控えていた門番が重い鉄門をゆっくりと閉めた。暫く男は動かなかったが、青年が体勢を変える気配がない事を悟ると、石畳を鳴らしながら歩き出した。しかし男が去っていく足音を聞いても、青年はまだ頭を上げない。

やがて、足音が完全に消えた頃、ようやく青年は頭を上げた。


その顔には、この場に漂っている空気とは明らかに不釣り合いな喜色を滲ませていた。



* * * * * *



青年はほんの少しだけ男が去った方を眺めると、足元に置いていた革袋を手にして身体の向きを変える。

そうして一切振り返ることもせず、全力疾走で小さな林を駆け抜けた。


林を抜けた先、広い草原で足を止める。

人の姿が見えない事を確認してから、青年は勢い良く大の字に寝転んだ。

そのまま大きく息を吸って、叫ぶ。


「やっと……やっと自由だ~~~~~!!!!」


寝転んだ際に勢いをつけすぎて背中を強かに打ったが、今はその痛みが心地よい。

上等な生地の服が草まみれになる事も気にせず、青年は暫くごろんごろんと草原を転がり続けた。途中、どこかにぶつけたのか「痛った!」と呟いている。

その姿には、普段彼が纏っている儚げな雰囲気は欠片もなく、嬉しくて仕方がないとはしゃぐ子供そのものだった。


目が回りそうになったのか、若干顔色を悪くした青年は転がるのをやめ立ち上がった。

服についた草を払いながら、草原をぐるりと見渡す。視線の先に小さく見える町らしき影を確認すると、青年はゆっくりと歩き出した。


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