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9  それはやりすぎだと思う

 テーブルに頬杖を付いたヒースは、微かに目を細めて私を見つめてきた。


「……結論は出た?」

「うん」


 数度深呼吸。

 私がしたいのは――


「……ヒース!」

「はい」

「私は、家事全般を担ってくれる家政夫がほしい! おいしい料理を提供し、家に灯りをつけて私の帰りを待っていて、掃除をしてくれて、買い出しにも付き合ってくれる人がいるとすごくありがたい! それが私の願望!」

「よく分かったよ」


 拳を固めて主張する私と、穏やかな笑みを浮かべて頷くヒース。


「つまり、俺は家政夫として君の日々の生活のお手伝いをすればいいんだね?」

「そういうこと! ただし、あくまでも家政夫! 雇い主と従業員の立場ということを厳守してもらう!」


 びしっと指を立てて宣言。

 そう、この人は何を思ったのか、剣と魔法をぶつけ合う間柄だった私のことを「好き」だとのたまいやがったのだ。清めの札が警戒を促した様子もないし、彼の胸には洗礼の証もある。「何か」は起きないだろうけれど、念には念を、だ。


「もしこの契約を破って……えーっと、まあ……いろいろと、その……」

「カティア、顔を真っ赤にして可愛いよ」

「うるさいっ! と、とにかくあなたが私のことをどう思っていようと、この立場を崩すようなことは絶対にしないと誓ってもらう!」

「もちろん。この洗礼の証に誓うよ」


 どこか厳粛な雰囲気でそう告げた彼は、自分の左胸に右手をあてがった。騎士が誓いを立てるときのポーズみたいだな、と思っていたら――にわかに彼の右手が淡い光を放ち、その光はすぐに彼の胸に消えていった。


「……今の、何?」

「何って……神聖魔法の一種?」


 小首を傾げて、また、この人はとんでもないことを言った。


 神聖魔法は洗礼を受けた神官のみに許された魔法だ。私にはその理屈はよく分からないけれど、なんか……なんかこう、とてもすごい魔法だってのは教わっている。

 そんな神聖魔法を、いくら洗礼を受けたとはいえ神官になったわけでもないらしい元魔王が……?


「俺、洗礼を受けたときにいろいろサービスを付けてもらったみたいでさ、こういうのもできるようになったんだよね。あ、それはいいとして今、俺はこの洗礼の証に誓いを立てたから」

「……どういう誓い?」


 嫌な予感しかしなかったけれど、念のために聞いておく。


「簡単に言うと……紳士であり続ける誓い、かな? 俺は君のことが好きだなぁ、って思うけれど、もし俺が君の意志を無視して乱暴を働こうとしたり君の嫌がることをして泣かせたりしたら、俺の心臓止まるから」

「はぁっ!?」


 思わずダァン! と両手でテーブルを叩いて立ち上がってしまった。身体能力強化魔法は使っていないけれど、頑丈なテーブルがびしっと悲鳴を上げた。すまない、テーブル。今度修理する。


「心臓って……ちょっと、なんてことを、そんな……!」

「大丈夫。俺だってぽっくり逝くのは嫌だから、そうならないように気を付けるさ。そのための誓いなんだから、ね?」


 ヒースは私をなだめるような口調で言うけれど……そんな、いくら元魔王の人間生活一年生だからって、その程度のことで命を賭けるなんて――


 ……私が、信じなかったせい?


 ふっと湧いてきた己を責める気持ちに、ヒースは聡く気づいたようだ。彼は椅子から立ってテーブルを回ると、中腰のままだった私の両肩に手を載せてそっと私を椅子に座らせた。


「君のせいじゃないよ。ま、この誓いもその気になれば解除できるし。……本当なら、いくら人間の体を得て人間らしい思考を持つようになったとはいえ、俺は君にとって憎むべき相手だ。一刀両断されても追い出されても仕方ない存在なんだ」

「……そうかも、だけど」

「でも、君は俺の言葉をひとまず信じてくれた。それだけで……俺は十分だよ」


 私の肩を支える手のひらは大きくて、温かい。あのグチャグチャグロイ見た目だった魔王と同一人物であることが、本当に信じられないんだけど。

 元魔王は中性的に見えるかんばせを緩ませ、ふわっと微笑む。


「俺のこと、嫌になったら捨てていいから。俺が役に立たないと思ったら。放っておいていいから。……そうならないように気を付けるから、君が俺の働きを満足してくれるまで、ここに置いてください」

「……」

「だめ……かな? もう命は賭けちゃったし、他に賭けられそうなものがないんだけど……」

「もうこれ以上賭けなくていいからね!?」


 慌てて突っ込むと、ヒースは嬉しそうに頷く。こっちは混乱しているし焦っているのに、どうしてこの人はこんなにほけほけとしていられるんだ……?


「よかった。……それじゃあ、カティア。まずは試行期間でいいから、俺のこと使ってくれないかな?」

「使うって……いいの? 私、本当にこき使うよ?」

「いいよ。そのために俺は人間になったんだから」


 ……好きだと思っている人にこき使われるのを喜ぶなんて、この人案外――いや、まあそれは個人の自由だから置いておくとして。


 元魔王を側に置くというのはすんなり受け入れられる話じゃない。でも、神官長様もああおっしゃっていたんだ。それに洗礼を受けたというのは、神のお許しも得ているということ。

 神の言葉は最高位の神官にしか聞き取れないそうだけれど、この世界を創造し、見守っているという神に認められたのなら、元魔王でも……一応存在を認めることはできるんじゃないかな。


 何と言っても、私自身も神の選定を受けた人間だ。あくまでも神の言葉を受けた神官が私を勇者として引き取っただけだけど、私にだってそれなりに信仰心はある。だから、「神が許した」とか「神殿の洗礼を受けられた」というのは、私にとって――そしてこの世界の人間にとって、とてつもなく大きな意味を持っている。


「……分かった。まずは様子を見るだけだからね。それでいい?」

「もちろん! これからよろしく、カティア」


 心底嬉しそうに言われるものだから、私は思わずため息を零してしまった。

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