6 君は誰?
シャワーで汗を流して、着替える。
家にあるシャワーや食料庫などは全て、魔法使いたちが魔力を込めて作った特殊な家具だ。自分が魔法使いだったら自力で魔力を補給できるけれど、誰もが知る脳筋な私にチャージはできない。しかも前の持ち主だった老夫婦は最新の家具を持っていなかったので性能もよくないので、しょっちゅう誰かにチャージしてもらいその都度代金を支払っていた。
魔力があるかないかで生活水準が大きく変わってしまう、この時代。私のような人間でも住みやすいようになればいいんだけど……文句は言ってられない。身体能力強化魔法のおかげで仕事をやっていけるんだから、感謝しないといけない……よね。
髪を拭きながらキッチンに戻ると、既に夕食の準備が整っていて、振り返った青年がふわりと微笑んだ。さっきから思っていたけれどこの人、すごく柔らかく笑うよね。
「ちょうどシチューができたところだよ。……あれ、ひょっとして髪、乾かさずに来ている?」
「う、うん。ドライヤーはあるけれど、あんまり性能はよくないし私じゃ魔力をチャージできないから……あんまり使わないようにしてる」
「それじゃあ髪が傷んでしまうよ。せっかくのきれいなブルネットなんだから」
そう言うと彼は持っていたお玉を置き、私の方に歩み寄ってきた。
……思ったより背が高いな。ぱっと見た感じはふわふわした美青年だけれど、肩幅はあるしこちらに向かって差し出された手は男の人らしく大きくて、ごつごつしている。
彼はタオルを首に掛ける私の顔の横に両手をかざした。とたん――ふわっと熱風に包まれたので、思わず目を見開いてしまう。
「これって……魔法?」
「うん。熱くない?」
「え、ええ。……防護壁だけじゃなかったんだね」
「うん。炎でも風でも氷でも、なんでもできるよ。身体能力強化に関しては君にはとうてい及ばないけれど、たいていの魔法なら使える」
「そ、それってすごいことじゃない!?」
つい声を上げてしまった。
魔法の素質は先天的なもので、訓練してある程度コントロールや威力を高めることはできても、自分の限界を越えることはできない。また扱える魔法の種類も人によって決まっている。
王都の神官だったら神聖魔法や回復魔法が使えるのが最低条件だし、城の騎士なら身体能力強化魔法に加え、何か一つ攻撃可能な属性魔法を使えることが望ましいとされている。非戦闘員である一般市民だって、何らかの魔法を扱えることが多い。
それにしても、「たいていの魔法なら使える」って……あれ? 私、この人は神殿関係者で神官のような立ち位置だと思っていたんだけど……ひょっとして、違うの?
頭の中で疑問符が浮かんでくるけれど、そうしている間に青年は熱風で私の髪を乾かし終え、手櫛で軽く髪型を整えると満足そうに頷いた。
「うん、やっぱりきれいな髪だね。日頃からちゃんと手入れをすればもっときれいになるはずだよ」
「え? あ……その、ありがとう」
「どういたしまして。……それじゃあ、食べようか」
「はい」
彼に促され、私は椅子に座った。
彼も向かいの席に座るけど……あれ? このキッチンに椅子は一人分しかなかったはずだけど。物置に置いていた椅子を、いつの間にか持ってきていたいみたいだ。
彼が作ってくれたのは、ほかほかと湯気を上げるホワイトシチューとパンにサラダ。……すごい。すごくおいしそう。
私が夕食をじっと見つめているからか、茶を淹れて向かいの席に座った青年は眉根を寄せて少し困ったような顔になる。
「簡単なものしか作れなくて、ごめん。俺もあんまり手持ちがなくって」
「何言ってるの! 私はパンを焼くことすらできないのに……えっ、ひょっとしてこのご飯代、あなた持ち? 後で払うから!」
「いや、気にしなくてもいいよ。それじゃ、冷める前に食べようか」
彼に促され、私はおそるおそるシチューに銀のスプーンを沈める。具材は……うわぁ、鶏肉に、カブに、芋に……キノコまで入っている。
神殿生活時代に試しに「シチューなら大丈夫だと思う」と言われて作ってみたことがあるけれど、ギットギトに濃くて野菜も肉も生煮えのものができてしまった。あのときのクロムウェル神官長様は虚無の表情になりながら食べてくださった。その節は大変ご迷惑をおかけしました。
「っ……おいしい!」
「口にあったようでよかった。おかわりもあるよ」
「いただきまっす!」
体を動かす仕事をしているし、身体強化魔法は結構体力を消耗する。おかげで私はよく食べよく斬りよく寝る子に育った。太らずにいられるのは、栄養素を仕事でいい感じに消費できているからだろう。ご飯おいしい。
がつがつと食べる私を、青年は穏やかな眼差しで見つめてくれていた。そして私がおかわりを所望していると悟るとさっと席を立ち、自らよそってくれた。
……あ、そうだ。
「あの、私まだあなたの名前を聞いていなかったよね」
三杯目のシチューを平らげた私が今さらなことを切り出すと、彼はきょとんと灰色の目を瞬かせた後、微笑んだ。
「それもそうだったね。……俺はヒース。家名はないから、ヒースと呼び捨ててくれていいよ」
「ヒース、だね、了解。ちなみに私の名前は……分かっているよね?」
「もちろん。女勇者ケイトリンもとい、ファブルのギルドに所属する女冒険者カティア。カティアの方で呼ばせてもらってもいいかな」
「もちろん、そっちの方がありがたいし」
「了解。……それじゃ、お腹も膨れたし本題に入ろうかな」
全ての食器が空になったところで切り出され、私は姿勢を正す。
ヒースは食後の茶を淹れると、片方のカップを私の方に差し出してふと真剣な眼差しになった。
「……事前に知らせることもなく俺が押しかけて、びっくりさせてしまっただろう。その点、申し訳ない」
「いや、気にしないで。きっと神殿から言伝でもあったんでしょう」
私がそう言って茶を受け取ると、ヒースは軽く首を横に振った。
えっ、違うの?
「あなた、神官じゃないの?」
「違う。洗礼を受けただけで神官ではない」
「……普通、神官になるために洗礼を受けるものだって教わったんだけど?」
「そもそも俺が神殿の洗礼を受けたのは、神官になるためじゃない。クロムウェル神官長の世話になったのも流れ的にそうなっただけで……俺は君に会うために、遠路遙々やってきたんだ」
「……何か特別な用事があったとかじゃなくて?」
「用事? うーん……あえて言うなら、君が幸せに暮らせているかどうか確認するため、そして君の助けになるため、かなぁ」
ヒースの物言いに、私は眉根を寄せた。
私とヒースは初対面のはずだ。それなのに彼は、まるで知己の間柄であると示唆しているようだ。
「……私たち、初対面だよね?」
念押しで尋ねると、ヒースは柔らかな笑みを浮かべてまたしても首を横に振った。
……おかしいな。こんな美形と会ったことがあれば記憶に残りそうなものなのに。
「一年前に出会ったんだよ。覚えている?」
「一年前……いや、申し訳ないけれど」
「俺たち、死闘を繰り広げた仲なんだよ。まあ、あのときの俺は今とはちょっと見た目が違ったし名乗ってもいないから、分からなくても仕方ないかもね」
あの頃が懐かしいなー、なんてのたまうヒース。彼が淹れた茶をちびちび飲んでいた私の脳に、突如警鐘が鳴り響く。
今、ヒースは何と言った?
『死闘を繰り広げた仲』
『一年前』
『見た目が違った』
……私が一年前に死闘を繰り広げた相手は、誰?
まさか――