4 ビームは出せません
「ただいま! 核四つ持って帰ったよ」
ぱんっとドアを叩き開けると、華やかなベルの音が鳴り響く。
夕暮れ時のギルドは、仕事を終えた冒険者たちのくつろぎの場となっていた。夜の仕事に向けて準備する者の姿もあるけれど、大半の者はジョッキいっぱいの酒をあおっている。あー、酒臭い。
ギルドに登録している冒険者は、七割が男性だ。残りの三割の女性もほとんどは火炎魔法や援護・回復魔法などが得意で、自ら大剣を担いで魔物をぶっ飛ばすのは私くらいだ。
各地に設立されているギルドには魔物討伐や旅の護衛、お遣いや家の修繕などいろいろな仕事が舞い込んでくる。そういった仕事をギルドで管理し、登録している冒険者たちに割り振るようになっていた。まあ、簡単に言うと日雇いの仕事だね。
お遣いや護衛は比較的賃金が安いけれど、魔物の討伐となると給金も跳ね上がる。特に、今回私も持って帰ったような核は高額で取引されるので、大粒であればあるほど私たちに支払われる賃金も高くなる。だから腕に自信のある冒険者は積極的に魔物討伐の仕事を請け負うんだ。
「おかえり!」「無事で何よりだ!」「たまには酒に付き合ってくれよー!」と声を掛けてくる冒険者仲間たちに挨拶をしながらカウンターに向かい、ポーチから出した核を受け皿に置く。
「ただいま、エイリー。今回の成果。中級魔物が四体だったよ」
「お疲れ様です、カティア。割り当てが出たら後日報告しますね」
受付嬢エイリーはルーペを手に核を調べ、それが偽物でないのを確認すると笑顔で頷いた。
カティア、というのが今の私の名だ。
勇者ケイトリン・ハワーズは一年前から失踪している。勇者の名はこの町でもたまに耳するけれど、おしなべて「大女」「拳だけで人間の頭くらいある」「目からビームを出す」ととんでもない噂ばかりなので、全体的に地味な見目で、黙っていればその辺の町娘に紛れることもできる私がケイトリンだとは誰も思わない。そういうわけで私は心おきなく女冒険者として生計を立てていられた。
まあ、もしバレても何一つ後ろめたいことはないし。名前を言いたくないあの人との婚約破棄は国王陛下の承認も得られているし、案外国民にもすんなり受け入られたっぽい。王都を離れて分かったんだけど、名前を言いたくないあの人は思っていたほど国民からのウケがよくなくて、「王子が脳筋女と結婚せずに済んでよかったね」という派閥と「勇者があんなボンクラと結婚せずに済んでよかったね」という派閥ばかりだった。つまり、私たちの結婚は最初からあんまり支持されていなかったわけね、ハハッ!
魔王を倒した今も、身体能力強化の魔法は健在だ。一年前よりは弱くなったけれど、化け物級だったのが超人級に変わった程度。体を動かす仕事や中級魔物の討伐くらいなら一人でも難なくこなせた。物理特化魔法万歳。
今日持ち帰った核の価値判定は後日知らされるので、ひとまず仕事達成分の賃金をもらう。給料袋代わりの革袋に入っている貨幣の重みに、思わず笑みが零れそうになった。
「今日もお疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね」
「了解。それじゃ、また明日ね」
エイリーとは同い年の女同士ということで仲がよく、何かと彼女に心配されている。あまりにも自炊をしない――というよりできない私のことを思って何度もご飯の差し入れを持ってきてくれていたりしていた。いつもありがとう、エイリー。おかげで私はまともな生活を送ることができている。
私はへらっと笑ってエイリーに手を振り、周りで酒盛りをしている冒険者たちにも挨拶をしてギルドを出た。
仕事を終えた後にちょっと書類を書いたから、さっきまでは夕暮れ色だった辺りは、ほんのり闇の色に染まっていた。日が落ちるのが早くなっているのを実感すると、秋が深まっているんだなぁ、としみじみ思われる。
……婚約破棄して王都を出たのが、去年の初夏。ファブルを訪れたのが去年の冬の頭だったから、ここで暮らすようになってもう少しで一年。そうこうしているうちに、私は十八歳になっていた。
十八歳といえば、結婚準備や相手の品定めが必要な貴族の令嬢ならともかく、一般市民の女ならそろそろ結婚して子どもの一人でも持っていてもおかしくない年齢だ。私の場合、十六歳で旅立ちの仕度が調って魔王討伐の旅に出たのだけれど、大半の女の子なら十代の半ばから結婚を考え始める。二十歳になれば行き遅れ確定で、金持ちのおっさんの後妻になるかいろいろと問題のある人の嫁になるか、いっそ一生独身を貫くかしか道がないと言われている。
私の場合、結婚関連は既に諦めている。勇者の名は捨てたとはいえ、私が脳筋であるのは事実だ。そんな女をわざわざ娶る物好きはいないだろう。……まあ、ギルドの冒険者の中には「おまえなら二十になろうと三十になろうと嫁にもらってやるよ!」と言ってくれる気さくなおにーさんたちもいるけれど、彼らだっておっとりした優しい若い子の方がいいはずだものね。
まあ結婚のアテはなくても、私には私を脳筋たらしめるこの能力がある。ギルドの給金は結構はずんでいるし、着々と貯金もしている。ファブルの町の人たちは皆気さくで、私のことも「カティアちゃん」と何の偏見もなく接してくれていた。名前を言いたくないあの人に言われた「脳筋」はカチンときたけれど、皆に「カティアちゃんはたくましくて素敵ね」と言われると嬉しくなってしまう私は、単純単細胞生物なんだろう。
ギルドの皆からは妹のように親しまれ、町の女の子の大半からはなぜか「カティアお姉様」と呼ばれ、「カティアちゃん、今日はこれがお買い得だよ!」と接してくれる人たち。
うん、結婚なんてしなくても全然大丈夫!
脳筋は今日もたくましく生きていけるんだ!
――カティアが出ていった数分後。
「よーっす。なあ、そろそろカティアちゃん戻ってきたか?」
カランカラン、とベルの音を立てて戻ってきた男性が、酒盛りでにぎわう室内を見回してそう呟く。
それまではぎゃんぎゃん騒いでいた冒険者たちだが、一斉に彼の方を向く。彼らは仕事で信頼関係や情報を大切にするからか、騒いでいたり話を聞いていなかったりするようでも、ちゃんと相手の話を聞くし微かな声も拾い上げるのだ。
「カティアちゃんなら、ついさっき戻ってきてエイリーちゃんに挨拶してもう家に帰ったぞ」
「どしたどした。何か用でもあったのか?」
「あー……そうか。入れ違いだったか」
戸口に立つ男性はぽりぽり頭を掻く。
「いやね、ちょっと前にカティアちゃんに会いに来たっていう旅の男がいてさ……ひとまず家の場所まで案内したんだ。まあ、途中で会えてるかもな」