36 「まだ」です そう、「まだ」なんです
その後、私たちはしばらくの間王都に留まり、諸々の事後処理を手伝うことになった。
まずは、クソ野郎の始末。国王陛下はたいそうお怒りで、クソ野郎の身分の剥奪と一生幽閉を命じ、第二王子のライアン様を王太子にすることが公表された。
どうやら陛下は最初からライアン様を王太子にするつもりだったようで、頭は悪くないはずなのに高飛車で俺様なクソ野郎にはかなり早い段階で見切りを付けていたそうだ。でも今回、陛下が各国との会議に臨んで城を離れている最中に派手にやらかしたみたい。親の目があったら悪さできないからって、留守中に派手にやらかすとは、本当に……。
私と婚約している頃はまだ猫を被っていたので本性を知るのはごく一部の人間だったけれど、私に逃げられてからは失態ばかりやらかしていたんだって。ライアン様にも八つ当たりばかりするから信頼も失墜。もし今回の事件が起きなくても近いうちに身分は剥奪されていたそうだ。
ちなみに、王族として最大の恥辱を味わうことになったクソ野郎だけれど、陛下に言われる前に自ら隠居宣言をしたそうだ。どうやらそれは、「とても人前に出られるような顔ではなくなった」かららしいけれど……あらー、それはどうしてでしょうね? よく分からないやー。
さらに、神殿の大粛正。これまでにも俗な派閥対立はあったそうだけれど、今回クソ野郎に荷担したあの神官だけでなく、協力者が複数いることが判明された。クロムウェル神官長様やアーチボルドたちがそういった連中をあぶり出し、「洗礼の剥奪」を行ったそうだ。
「『洗礼の剥奪』……?」
「俺たちは左胸に洗礼の証を受けているだろう? これは神聖魔法を使うための許可書代わりでもあるし、同時に俺たちの命を繋いでいる。だからこれを剥奪されるということは――簡単に言うと、極刑だ」
ヒースの言葉に、私は息を呑んだ。
ヒース曰く、以前彼が立てた「カティアの嫌がることをするとヒースが死ぬ誓い」のようなものは高位神官たちの許可さえあれば解除できるけれど、洗礼の証そのものを消すことはすなわち死を意味する。クソ野郎に与したあの神官も、洗礼の証を奪われることで極刑を受けたのだそうだ。
それでもまだ神殿内はごちゃごちゃしているし、変な思考にとりつかれている神官は粛正を受ける前にとんずらしてしまったらしい。これからアーチボルドたち若い神官が中心になってそういう連中を捜し回らなければならないらしく、この前会ったときの彼は不機嫌そうだった。
あ、ちなみにヒースの例の「カティアの嫌がることをしたら心臓が止まる誓い」は、私の必死のお願いで取り消してもらった。彼が私を傷つけるつもりがないってのはよく分かったから、むちゃくちゃな誓いなんて立てなくてもいい。そう頼んだら――かなり渋られたから最後には必殺泣き落としで――神殿に行き、「誓い」を解除してくれた。
解除担当してくれた高位神官によれば、「まあ、これから共に生きるのならばそういった類の『誓い』は残さない方がよかろう」とのことだったらしくヒースは少し照れていたけれど……ここ、照れるところか?
いろいろなことにかたが付くまで、結構時間が掛かった。王家や神殿がらみのみならず、クソ野郎とクソ神官のせいで「勇者ケイトリンが帰ってきた」と喜んでいる国民たちを説き伏せる必要もあった。
王都で暮らしている間、ヒースとは別々の場所で生活していた。私は王城の一等客間だけど、ヒースは神殿関係者ということで専ら神殿の客間で過ごし、何かある時にはこうして城か神殿の応接間で話をすることにしていた。
「そういえば……さっき、エイリーから速達が届いたんだ」
お茶を飲みながらそれぞれの近況報告をしていたとき、私は鞄から出した手紙を広げた。まだヒースは文字を読むのにも書くのにもかなり時間が掛かるそうなので、私が読み上げることにした。
「ファブルの町では、私の正体が既に知られているんだって」
「そっか……さすがにこれほどの騒ぎになれば、ファブルにも情報が行き渡ってしまうよね」
「うん。でもエイリーは、『いつでも戻ってきてね』って書いてくれているよ。それに……ほら」
私は封筒の宛名書きと手紙の数カ所を指先で示す。そこに書かれている名前は全て、「カティア」だった。
「……私、これからもカティアとして生きていけるんだね」
「そうみたいだね。……あの、さ。カティア」
寄り添って手紙を眺めていると、ヒースは改まった様子で咳払いした。
神殿暮らしの彼は、アーチボルドたちとおそろいの緑色の神官服を着ている。「アーチボルドに無理矢理着せられた」というあの白い軍服も格好良かったけれど、落ち着いた色合いとデザインの神官平服もスマートな感じでよく似合っていた。……本人には言わないけどね。
「俺、考えたんだ。ファブルの町に戻った後……俺も、ギルドに登録しようって」
「それは……冒険者として?」
「そう。やっぱり俺も自分で使えるお金がほしいし、カティアの助けにもなりたい。君が勇者だということは知られてしまったけれど、早めに手を打ったおかげで勇者伝説のことや俺が元魔王、異世界人であることはばれていない。だから俺は万能型魔法使いとして登録し、兼業主夫として君を支えていきたいんだ」
兼業主夫って……まだ、結婚していないんだけど……いや、それは今は置いておいて。
「それは……私の方から何も言うことはないよ」
「そう? ありがとう。あ、もちろん家事も手は抜かないから、安心してね」
「……。……あの、さ。そのことだけど」
せっかくヒースも自分の決心を伝えてくれたんだから、私も城で過ごしている間に考えていたことを告げることにした。
普段着代わりのシンプルなドレスのスカートをきゅっと握り、私は穏やかな眼差しで先を促すヒースを見てこくっと唾を呑み込む。
「……あの、私もちょっとは努力してみようって思って……料理、作ってみたいんだ」
「えっ……カティア手作りの料理?」
「う、うん。あの、実はこの前も侍女に手伝ってもらって挑戦してみたの」
以前、私はヒースを元気づけようと朝食作りに挑戦し――そして、惨敗した。
同じ失敗を繰り返すまいと、今回はちゃんと侍女たちに側についてもらい、調理器具の使い方や竈の使い方などを一つ一つ教わりながらやってみた……んだけど。
「ちょっと、焦げすぎちゃって……でも、コツが分かったらなんとかなりそうなんだ! 試食してみたら、ちょっと苦かったけど問題なく食べられたし!」
「なっ……! そんなの、俺は聞いていないよ!?」
「いやそりゃあ、言ってないし。その時のヒースは神官長様たちと一緒にいろいろやっていて忙しかったみたいだし」
「それはそうだけど……カティアの手料理、食べたかった……」
あ、そこなんだ。
私は拍子抜けてしまったけれど、ヒースは本当に残念だったようで両手で顔を覆い、「カティアの料理……料理……食べたい……」とぶつぶつ唸っている。
えーっと……これは、喜んでもいいところ……なんだよね?
「あ、だからさ、もうちょっと訓練して、私も……ヒース並みとまではいかなくても、ちゃんと食べられるようなご飯を作れるよう頑張るから」
「……俺は、君がそう言ってくれるだけで嬉しいよ。……それじゃあ、家に帰ったら一緒に料理をする?」
顔を上げたヒースはいつも通りの笑顔に戻っていた。
一緒に料理……か。
「……うん、いいね。私もいい加減、自分用のエプロンを買わないとね」
「そうだね。……あ、あの、できたら君とおそろいがいいなぁ、なんて」
さっきまではふわりと微笑んでいたのに、自分で言っておきながらヒースは頬を赤らめて照れている。この人は本当に、私より乙女度数が高い。
「……うん。町に帰ったら、一緒に買いに行こうね」
だって私も、それを望んでいるのだから。




