33 アーチボルド、語る
ヒースに抱えられたまま別室に移動した私を出迎えていたのは、数名の侍女たちだった。
「お疲れ様です、カティア様」
「すぐにお召し替えをいたしますね」
「え? ……あの、着替え?」
「その服、あんまり着心地よさそうじゃないからね。君にぴったりの一着を準備するようにとクロムウェル神官長が命じたんだ」
私の疑問にヒースが答えてくれた。神官長様……ということは?
「まさかヒース、神殿に行っていたの?」
「そういうこと。……じゃあ、まずは着替えをしておいで。俺は続き部屋で待っているから、焦らなくていいよ」
「う、うん。分かった」
神官長様のご命令となれば、侍女たちも無下にできないんだろう。いろいろ気になることはあるけれど、今は大人しく着替えをするべきだ。というか、さっさとこのエロドレスを脱ぎたい。
侍女たちは私のドレスを手早く脱がし、濃い化粧も落としてくれた。分厚い化粧とじゃらじゃらするばかりの髪飾りを外されると、一気に気分も軽くなった心地だ。
そうして侍女が見せてくれたのは、秋の晴れた空を思わせるような水色のドレスだった。フリフリしているわけでもきわどいところにスリットが入っているわけでもない。光沢のある布地は上品そうで、私は思わず目を奪われてしまう。
「きれい……」
「こちらでよろしいでしょうか?」
「うん。……あの、さっきは我が儘ばかり言ってごめんなさい」
私は侍女たちに詫びの言葉を述べた。
さっき、というのはフリフリドレスを着せられそうになったときのことだ。このドレスは嫌だ、クソ野郎の首を落とす、とさんざんな暴言を吐いた。あのときはそうでもしないとクソ野郎のペースに巻き込まれてしまいそうだったから強気でいたんだけど、彼女らはぶっちゃけ被害者だ。
でも侍女たちは顔を見合わせると、穏やかな表情で首を横に振った。
「何をおっしゃいますか。当時のカティア様のお心を考えれば、それも致し方ないことです」
「侍女長も、ラルフ殿下に迫られるあなたをお助け申し上げたいとお思いになって、神官に助けを求められたのですよ」
侍女長? ……ああ、ひょっとしてさっきの部屋に最後まで残っていた年かさの侍女か。
そういえば途中から顔色が悪くなっていて、最後には姿が見えないと思っていたけれど――こっそり逃げて助けを求めに行ってくれたのか。クソ野郎の命令に背いたことがバレたらとんでもないことになると分かっていたはずなのに……。
「侍女長が神官の保護を受けて、すぐさまヒース様が駆けつけられたのですよ」
「ええ。城内だと見張りを倒すのが大変だから、窓を蹴破ることにされたのだと伺いました」
……そういやヒース、窓ガラスを破壊して入ってきたんだっけ。あのときは私も頭の中が混乱していたからそれほど不思議には思わなかったけれど、今考えるとなかなかダイナミックな入室をしていたんだな。
さっきよりずっと和やかな雰囲気の中で私の着付けが終わると、ドアがノックされた。てっきり、別室で待っているヒースが来たのだと思いきや――
「……元気そうで何よりだ、ケイトリン――じゃなくって、カティアだったかな」
入ってきたのは、神官の平服姿の青年。
ヒースより身長が高くてちょっとだけ目つきの鋭い彼は――
「アーチボルド! 来ていたの!?」
「ああ。神官長の代理として、ヒースと一緒に来ていたんだ」
私の兄代わりのような存在の神官アーチボルドはそう言い、向かいのソファに座って心配そうに目尻を垂らした。
ああ、この目。子どもの頃、訓練で大怪我するたびに、彼にこんな表情をさせてしまったっけ。その都度回復魔法を掛けてくれて助かった。
「本当は、クソ王子の部下より先に僕たちが君を保護するつもりだったんだ。でも君は王都より手前で捕まってしまったんだね。……手を打つのが遅くなり、すまなかった」
「何言ってるの。私こそ……迂闊だったもの」
侍女が三人分の茶器を準備している。……つまり、もうすぐヒースが来るんだね。
アーチボルドは目を細めてあごに手をやり、「それにしても」と唸る。
「まさかクソ王子が禁書に手を出しているとは……」
「えっと、なんか王子に味方する神官が勝手な行動を取ったようだね」
「ああ、おかげで神殿も大騒ぎさ。神殿に派閥があるのは承知だったが、ここまでぶっ飛んだことを堂々としでかすやつがいるとなれば、一斉粛正も考慮せねばならないだろう。もちろん、とんでもないことを暴露したクソ王子も同様だ」
クソ王子って……そういえばアーチボルドは昔から、「君がいいならそれでいいんだけど……僕、あんまりあの王子との結婚は薦めないな」と呟いていたっけ。物腰が柔らかくて丁寧そうなアーチボルドだけど、王子の正体をかなり早くから見破っていたのかも。
そうしていると、ヒースがやってきた。白い軍服のヒース、緑を基調とした神官服のアーチボルド、水色のドレスの私がその場に揃う。
「あの、ヒース。いろいろと言わないといけないことがあってね……」
「……そうだね。俺も、君と話をせねばならないと思っていた。アーチボルドも、諸事情を伝えるために来てくれたんだよ」
私たちが言葉を交わしている間に、アーチボルドが侍女たちを下がらせた。クロムウェル神官長の代理って言っていたから、彼にはかなり発言力があるみたいだな。
「……まず、一番の話の肝について述べておく」
アーチボルドと並んで座るヒースが真剣な顔で言ったので、私はごくっと唾を呑んだ。
一番の肝。それは間違いなく――
「……私が『破壊の子』で、ヒースが神に呼ばれて異世界から来たっていう……?」
私が小声で問うと、ヒースとアーチボルドは顔を見合わせた後、頷いた。
「……それだ。アーチボルド、説明頼む」
「僕は神官の中でもちょっと特殊な力を持っていて、結構特殊な地位に就いている。だからクロムウェル神官長の直属の部下として、『この世の真実』をある程度聞かされていた。十年前、僕がよく君の遊び相手になったのも同じ理由だ」
……確かに、数多く在籍していた神官の中でも、私に一番親しくしてくれたのはアーチボルドだった。偶然私の担当になったのかな、くらいにしか思っていなかったけれど、ちゃんと理由もあったし彼もそれ相応の地位を持っていたのか。
「それじゃあアーチボルドや神官長様たちは、私たちのことを最初から知っていたんだね――?」
「……そういうことだ」
そうしてアーチボルドが語ったことによると。
クソ野郎が自慢げに語っていたことの大半は真実で、「勇者伝説」は「破壊の子」を守るための偽りのおとぎ話だという。
約百年に一度の割合で、この世界に人間離れした魔力を有する子が生まれる。これはこの世界の創世時から存在する一種の「呪い」のようなもので、魔力を制御しきれなくなったその子はいずれ世界を滅ぼしてしまう。
神は、どうすれば世界を滅亡させずに済むか考えた。神は高位神官に己の言葉を伝えることはできるが、この世界の生物に自分の力を分け与えたりすることはできないのだそうだ。よって、神自身の力で直接「破壊の子」を救うことは不可能。
「カティア、君は何代目の勇者だと言われていた?」
話の途中でアーチボルドに問われ、私は首を傾げた。
「えーっと……四代目じゃないの?」
「そう。記録に残っている限り、君は四代目だ。……だが、あくまでもそれは『勇者が世界を滅ぼさずに済んで』四代目であるにすぎない」
――歴史書に残る、今から五百年近く前に存在したという勇者。それが初代だと言われているが、その前にも勇者――いわゆる「破壊の子」は存在していた。何人も、何十人も、いた。だが神は、そういった「破壊の子」を救うことに失敗していた。
ある「破壊の子」はあまりにも特異な能力から、幼い頃人間たちによって殺された。その瞬間魔力が暴発し、国一つが吹っ飛んでしまったという。
ある「破壊の子」は溜まった魔力を昇華するために魔物と戦い続けていたが、それでも魔力を尽くすには至らずに暴発させ、一つの大陸を沈めてしまった。
五百年前の初代勇者と呼ばれる者より前は、「破壊の子」を救う手だてがなく、もし見つけたとしても失敗していた。その都度国が、大陸が、滅んだ。
でも、それを歴史書に真実として記すことができず――結果、先人たちは「世界が何度も滅びかけたのは、魔王が存在したからだ」と信じるに至ったそうだ。
そうしているうちに、神はついに一つの方法にたどり着いた。それは、異世界の人間を呼び寄せて自らの力を分け与えること。神の世界のルールはよく分からないけれど、身内贔屓になるから神は自分の世界の人間に力を与えることはできないが、よその世界の生物には力を貸すことができるという。
異世界から呼び寄せたその人に、神に等しい力を与える。そうして「破壊の子」と異世界の使者を戦わせるのだ。それは実質、神同士の戦いに等しい。
異世界の使者との激しい戦いの中で、勇者の持つ魔力は劇的に減っていった。人ならざる者との戦いを終えた勇者はそれ以降、「普通の人よりはちょっと魔力が高め」というレベルに落ち着き、魔力の暴発を起こすことなく天寿を全うすることができたのである。
そうしてそこから、歪められた真実である「勇者伝説」が始まった。
「……だから、神はヒースを呼び出したの?」
「そういうこと。神がヒースたち異世界の使者に使命を託している間、僕たち神官にはすることがあった。それが、勇者の保護と教育だ」
神は異世界の使者を呼び、使命を託さなければならない。その間、世界中の神官たちが協力して勇者を捜し出す。クレイ王国の神殿は世界でも最大級だから、発見された勇者はそこに送られて育てられる。ぎりぎりまで魔力を抑える教育を施すのはもちろん、異世界の使者の元にたどり着ける前に事故死することを防ぐための力を身につけるためでもある。
「……そうしてヒース側の準備が整い次第、勇者に出立を命じる。ヒースにも、君の魔力に耐えるだけの力を蓄える時間が必要だったんだよ」
勇者を傷つけないため、世界を滅ぼさないため、神官たちは嘘の伝承を伝えることにした。真実は「勇者の歩んだ奇跡と、神の御言葉・神託」のみに記され、ごく一部の神官しか知らない。歴代の勇者でさえ、真実を知らないまま寿命を終えたそうだ。
――話を聞いても、胸の中はもやもやする。世界を救う存在だと思っていた自分は、実は真逆だった。ヒースに助けられていたなんて――思ってもいなかった。
さて、とアーチボルドは茶を飲み立ち上がった。
「神殿側から伝えることは伝えたし、僕はこれから、クソ王子と裏切り者の身内の始末を手伝いに行ってくるよ。陛下がかなりおかんむりらしくてね、王子含めた一味には相応の罰を下すらしい」
「身分剥奪とか?」
「王子は間違いなく王族から除名して、一生幽閉。神殿も『大掃除』しないといけないし――それと、禁書を読んだのみならず部外者に漏洩した神官は、極刑だろうね」
「極刑――」
つまり、死罪だ。
へらへら笑っていた神官の顔が過ぎって思わず顔をしかめたけれど、アーチボルドは肩をすくめただけだった。
「王子の罰だって、軽いくらいだ。……もし君の方から何か王子に伝えたいことがあったり重罰化を依頼したりするようなら、遠慮なく申し出てほしいとのことだ。後ほど陛下からのお話もあるだろうから、覚えておくように」
「分かった。……ありがとう、アーチボルド」
「気にしないで。可愛い妹代わりのためだからね」
アーチボルドは微笑むと平べったい帽子をちょいっと摘み上げ、部屋を出て行った。
……アーチボルドも神官長様も、全部知っていて黙ってくれていたんだ。私は勇者なんかではなく、災いの元。うっかりすれば、私の魔力でアーチボルドたちを傷つけていたかもしれないのに、私を守り育ててくれた。




