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32 ヒーローは窓からやってくる

 ぐっとあごを掴まれ、無理矢理口を開かせられた――その時。

 

 ガシャン、とバン、の中間のような音を立てて、部屋の巨大な窓ガラスが粉々に砕け散った。

 幸い私たちからはちょっと離れた位置の窓だからガラスの破片を浴びずには済んだけれど、突然の出来事にぎょっとして振り返った。


「な、何事!? おい、警備はどうなって――」


 立ち上がったクソ野郎の言葉は、途中でとぎれた。


 こつん、とブーツの先を鳴らせ、ほぼガラスのなくなった窓枠をまたいで降り立った人物。金色の髪は日光を浴びて柔らかく輝いていて、ガラスの海に立つそのすらっとした姿は優美。いつものシャツとエプロン姿ではなく、どこで調達したのか物語に出てくる王子様みたいな白い軍服を纏ったその姿は、ひとつの芸術品みたいだ。


 彼はきょろきょろと辺りを見回した後、私を見るとほっとしたようにその美貌をほころばせた。


 会いたいと思っていた。

 謝りたいと思っていた。


 その人が今、すぐに駆け寄れそうな位置にいる。


「よかった――カティア、迎えに来たよ」

「……どうして、ここに?」


 そんな情けない言葉しか返せない自分が情けない。彼に再会できたら、もっともっといろいろなことを言おうって決めていたのに。

 彼は私の言葉に目を見開いたようだけれど、すぐにいつものような柔らかな笑みを浮かべた。


「もちろん、君を助けに来た。……ああ、そこの君。下っ端神官程度の神聖魔法、俺には効かないからね?」

「な、なぜ――!?」


 振り返ると、腐れ坊主が慌てたように両手をバタバタさせていた。どうやら侵入者を拘束するべくさっきと同じ魔法を使ったのに全く効き目がなく、焦っているようだ。


 ……当たり前だ。

 私を助けに来たこの人は、そんじょそこらの魔法で束縛することはできない。


「……ヒース」

「カティア」


 ガラスを踏みしめ、彼が駆けてくる。そうしてソファにへたり込んだままの私を縛る拘束魔法を解除し、片腕で抱き寄せてくれた。


「よかった、怪我はなさそうだね。……なさそうだけど、この服は何?」

「趣味悪くない?」

「すごく悪い」

「き、貴様何者だ!?」


 下の方から苦しそうな声がする。あ、そういえばいたんだった。

 クソ野郎はヒースに魔法を掛けられていたらしく、四つんばいの姿勢のまま顔だけこちらを向いて硬直していた。なんかすっごい間抜けなポーズだし顔色が悪いし、無様だ……。


「私を何者だと思っている!? ただでは済まさな――」

「お初にお目に掛かります、ラルフ王子殿下。俺はヒース。まあ、俗に言う元魔王というやつです」


 ヒースがやけに丁寧な仕草でお辞儀をすると、クソ野郎はその言葉の意味を把握するためか表情を消して、「魔王……こいつが、魔王?」と惚けたように呟いている。


 そんな中、ヒースは身につけていたマントを脱いで私の肩に掛けてくれた。肩章とか飾緒がたくさん付いているからか結構重いけれど、今はこの重みと暖かさ、そしてふわりと漂うヒースの匂いに包まれているとこれ以上ないくらい安心できた。


「まったく、どうして君にこんなきつい赤色で趣味の悪いドレスを着せるんだ」

「あの、ヒース。……私、ね……」

「うん、大丈夫。君は気にしなくていいよ」

「違うの、私、本当は――」

「カティア」


 優しく名を呼ばれ、呂律も怪しくなっていた私はぐっと唇を噛んでヒースを見上げる。

 彼は手袋の嵌った細い指先を私の口元にあてがい、優しく――それでいてどこか憂いの籠もった眼差しを細め、私を見つめてきていた。


「俺、知っているから。だから――大丈夫だよ」

「……ヒー、ス」

「行こう。ちゃんと話をしないといけないし、君にはもっとふさわしいドレスがあるはずだからね」


 そう言うと、彼はひょいっと私を抱えた。いきなり視線が高くなって色気のない悲鳴を上げてしまったけれど、ヒースは気にした様子もなくきびすを返した。


「お、おい! 待て、魔王! そいつは『破壊の――』」

「うるさいなぁ、君。あとで仕置きをするけれど、今はちょっと黙っててくれるかな?」

「馬鹿言え! なあ、おまえが異世界から呼び出された勇者なのだろう!? では今度こそ、その女を始末し――」

「黙れと言っている」


 とたん、背筋をゾクッとするほどの殺気がヒースから溢れ、彼の怒りの矛先にいるわけではない私でさえぎょっとしてしまった。


 見上げた先にあるヒースは、思ったより表情が落ち着いていた。でも灰色の目はぎらりと輝いていて、薄く開いた口元から今にも、とんでもなく物騒な魔法が唱えられそうで――


「ひっ、ヒース! 私、疲れちゃったから休みたいなぁ!」


 このまま彼のなすがままにさせると城一つどころか王都全てが消滅してしまいそうで、らしくないとは分かっていても甘えた声を上げて彼の胸元に頬ずりをした。うわぁ、ぶりっこで我ながら気持ち悪い。えぐいものを見せてしまってごめん、ヒース。

 でもヒースはとたんに殺気を収め、私を抱き寄せる腕に微かに力を込めたようだ。


「……そうだね。大丈夫だよ、カティア。まずはゆっくり休もうね。そこに転がっている連中の始末は後で一緒に考えようか。ね?」

「ワ、ワカリマシタ」

「うん、いい子」


 そう言って安心したように微笑むヒースの眼差しは、ケーキに添えられたホイップクリームのように甘ったるくて――胃もたれがしそうだった。


 ……ヒースって、こんなキャラだっけ?

ダイナミックお邪魔します

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